「カガリ様、お食事です。」
ドアロックの解除音に続いて現れたセリーヌを、カガリは無言で睨みつけた。
「そんな怖いお顔をなさらないで下さい。…そろそろお食事も召し上がって頂かないと、体調を崩されますよ?」
「軍人でもないくせにいっぱしに人質に気を配るのか?お前らは。」
カガリは捕らわれて以来、ほとんど食事を口にしていなかった。
食べなければいざという時体も動かない、とは分かっていたが、とてもそんな気分にはなれなかった。
ミリアリアにメールを送ってから数日が経過している。
セリーヌはあの日以来、食事を運ぶ以外ほとんどこの部屋を訪れる事は無かったので、カガリは現在の状況を知る術も無く内心焦っていた。
「お食事中申し訳ありませんが、少しやらなければいけない事があります。失礼させて頂きます。」
セリーヌが簡易デスクに置かれたラップトップの前に座るのを視界の隅に捉え、カガリはびく、と体を揺らした。
ミリアリアへのメールは送信後すぐ消去した。
添付した全てのファイルも、メールソフトも閉じてある。
大丈夫、彼女に自分のした事がばれる要素は、無いはずーーー。
カガリはスプーンを手に取り、スープを口に運んだ。
そうでもしなければ、動揺を隠しきれる自信がなかったのだ。
いきなり食事に手を付け出したカガリにちらり、と視線を送り、セリーヌはラップトップを慣れた手つきで操作する。
キーを叩く無機質な音が部屋に響き渡る中、ひゅ、と息を飲む音が混じり、カガリの手が止まった。
「ーーーカガリ様。…何か、弄りましたね?」
かたん、とスプーンがトレイの上に落ちる。
こんな時に咄嗟に嘘がつけない自分を、カガリは心底情けないと思った。
それでも、精一杯の抵抗を試みる。
「…何の話だ?」
くるり、と振り返り、琥珀色の瞳で真っすぐセリーヌを見つめる。
「油断していた私のミス、ね。あなたは機械に弱いと思い込んでいたわ。」
「だから何を…」
セリーヌは片っ端からラップトップの中にあるデータを開いて行く。
そして、あるファイルを開くと、僅かに目を見開いた。
「…送信メールは消去出来ても、ファイルを開いた時間の改竄までは頭が回らなかったようですね。」
カガリは僅かに狼狽え、目を逸らす。
セリーヌはばたん!と乱暴にラップトップを閉じるとカガリの腕をぐい、と掴み立ち上がらせた。
左手に光る指輪に気づき、セリーヌの目が眇められる。
「何をする!」
「メールを送った先はどこ?」
今までとは打って変わったセリーヌの口調に、カガリはきつい視線だけで応える。
「…プラント?それともそのリングの贈り主、かしら?」
「…何を言っているか分からないな。離せ!」
「失礼ながら、それは出来ません。このままブリッジにいらして頂きます。」
「何?」
「AAに連絡を取ります。ミリアリア・エルスマンをすぐこちらに寄越すようにと。」
琥珀色の瞳を大きく見開いたカガリに冷たい一瞥をくれると、セリーヌは彼女を連れ早足でブリッジへと向かった。
「AAに通信を。」
突然カガリとともにブリッジへと現れたセリーヌの言葉に、寄せ集めのクルー達は戸惑いの表情を浮かべる。
「おい…そりゃいきなりすぎじゃねぇか?雇い主からそんな指示は…」
「余計な事を喋らないで。事情が変わったの。あちらに確認を取っている時間も惜しいのよ。だから早く回線を開きなさい!」
セリーヌの強い口調に、クルーは渋々ながらAAにコンタクトを取り始めた。
カガリが誰に向けてメールを送ったのかは分からない。
ただ、ざっと確認しただけでもウィルスの組成に関わる複数のファイルの日付が更新されていた。
杞憂に終わればそれでいい。
だがもしもプラントにいる科学者達の手にウィルスの情報が渡っていれば、ワクチンの開発にそれほど時間は掛からないであろう。
ならば、ミリアリア・エルスマンに猶予など与えている時間も無い。
「計画に綻びが生じたら…全て無駄になるのよ」
カガリ以外には聞こえなかったであろう小さな呟き。
「AAと通信が繋がりました!」
クルーの声に、セリーヌはきっと顔を上げるとカガリの腕を引っ張り、モニタの前に進み出た。
『こちらはAA、艦長のマリュー・ラミアスです。ご用件は?』
きつい眼差しを向けられ、セリーヌは不敵に微笑んだ。
隙を見せてはいけない。内心の焦りを表に出してはいけない。
「ミリアリア・エルスマンと話をさせて頂きたいの。いいかげん、起きてブリッジに来ることくらいできるでしょう?」
『なぜですか?そちらの提示したリミットは明日の午前中のはずです。』
「事情が変わったのよ。こちらにいるカガリ様のおかげでね。これでも断るつもりかしら?」
モニタに映るよう、セリーヌはカガリの腕を引いた。
『カガリさん!』
「艦長…。すまない。」
カガリの打ちひしがれたような言葉に、モニタの向こうのマリューは眉を顰める。
その時、細くて小さな声がセリーヌ達の耳に飛び込んで来た。
『…私が、お話しします。マリューさん』
モニタの隅に映ったのは、オーブの軍服を着こんだミリアリアだった。
「ミリアリア!」
『ミリアリアさん!でも…』
「やっと、お出ましのようね。」
カガリの叫び声とともにミリアリアの姿を確認し、セリーヌは昏く微笑んだ。
『…いま、代わります。少し待ってちょうだい。』
そう言ってマリューは離席した。
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ついに露見してしまったカガリの行為。
事態は動き始めます。
2016キラカガ誕小噺に合わせ、内容を一部改稿しました。
2015,6,9up
2016,5,19up