50, アンジェラ

 

 

 

 
ミリアリアとサイがAAに収容されてから丸一日が経とうとしていた。
ラスティとの再会の後もう一人の傭兵の件について上から了解を取り付け、促されるままにディアッカは自室のベッドに倒れこみーー次に目が覚めたのは、なんと十時間以上も後の事だった。
慌ててシャワーもそこそこに軍服を羽織り執務室へと駆けつける。
 
「あ、おはようございます隊長」
 
そこには、落ち着いた様子のシンがラスティと会話を交わしていた。
「おまっ…なんで起こさねぇんだよ!仮眠するだけっつったろ?!」
「あー、ディアッカ。俺が寝かせとけって言ったの。だからそんな怒んなって」
にっこりと笑うラスティに、ディアッカは毒気を抜かれる。
 
 
「お前さ、マジでほとんど寝てなかったろ?いくら俺たちコーディネイターが頑丈に出来てるからって、疲労が溜まればいっぱしに体調だって崩すんだぜ?軍人は自己管理も任務のうち、ってアカデミーで習っただろ?」
「う…ま、まぁ。そうだけど。」
「そういうこと。いざミリアリアのところへ、って時に熱でも出してたらシャレになんないだろ。で、どう?ちょっとは疲れ取れた?」
 
 
ディアッカはそう言われて初めて、久し振りに自分の体が軽く感じる事に気付いた。
カーペンタリアに戻ってからずっと気を張り詰め、隔離棟にほぼ籠もりきりでいたのだ。
身体能力に特化されている、とは言え、自分でも気付かぬうちに体力の限界を迎えかけていたのだろう。
 
「…ああ。さすがに今回はきつかったみてーだな。でも、もう大丈夫だ。シン。あれから状況はどうなってる?」
「はい。ロイエンハイム氏に同行した医療スタッフが交代で兵士達の治療にあたっています。重篤な症状が出ていた何人かの兵士もひとまず落ち着きを取り戻しました。ロイエンハイム氏は別室でフェブラリウスとの直通回線を使って、エルスマン議員とワクチンの生成を進めています」
「そうか。…つーかラスティ、お前ここにいていいのかよ?一応護衛として雇われてんだろ?」
 
ミリアリアの勧めに従い、ロイエンハイムはラスティを護衛として雇い入れたはずで。
それなのに、こんな所にいていいのだろうか、と怪訝な顔をするディアッカに、ラスティはにやりと笑った。
 
「ああ、お前はまだ会ってないんだったな。ロイエンハイム氏の事は、俺が連れて来たやつと交代で護衛してんの。今はそいつが護衛に当たってる。でも、そろそろ…」
と、まるで見計らったかのようなタイミングで隊長室のドアがノックされた。
「あ、来たかも。ちょうど良かった、紹介するよ」
どうぞ、とシンが声を掛けると、かちゃり、とドアが開く。
 
 
「あ…」
 
 
つい、ディアッカは声を発していた。
そこに立っていたのは、先日スカンジナビア共和国のコミュニティでちらりと見かけた、左右の瞳の色が違う少女、だった。
 
 
 
 
「…交代の時間よ、ラス」
人形のように綺麗に切りそろえられた厚めの前髪に、背中の真ん中まであるふんわりとした癖毛の色は淡い茶色。
そして瞳の色は、左がグレー、右が水色。
コーディネイターらしい整った顔立ちに、その色彩は異様な程によく映えていた。
 
「アンジェラ。その前にご挨拶は?」
 
ラスティのからかうような口調に少しだけ顔を顰めた少女は、ディアッカに視線を移した。
「…アンジェラ、です。よろしくお願いします」
ぺこり、と申し訳程度に少女は頭を下げた。
「ザフト軍エルスマン隊、隊長のディアッカ・エルスマンだ。…スカンジナビアで、会ったよな?」
「…そう、なんですか?」
無表情だったアンジェラの顔が、不思議そうな表情に変わる。
あれから1週間も経っていないはずなのに…?とディアッカもまた不思議に思った。
 
 
「アンジー。お前の事、こいつに説明してもいいか?」
 
 
ラスティの声に、アンジェラと名乗った少女はこくり、と頷いた。
 
 
 
***
 
 
 
「記憶障害?」
 
あまりにも曖昧な表現に、ディアッカは首を傾げた。
「そう。何て言うか…表現が難しいんだけどさ」
「ラス、もういい、自分で話すから」
アンジェラは、くるりとディアッカに向き直った。
 
「まずここへ私が連れて来られた理由。それは私が親に捨てられた経緯と、これまでどうやって生きて来たかを、プラントに行って証言する。それでいいんですよね?」
「あ、ああ、そうだ」
 
きっぱりとした口調、そして色違いの瞳にじっと見つめられ、ディアッカは少しだけたじろいでしまった。
 
 
「私が捨てられたのは、十二歳の時です。理由は…記憶障害、この瞳の色、それと突然変異的に発達した運動能力のせいでした」
「じゅ…十二歳?!」
そう声を上げたのはシンだった。
シンの驚いた顔に、アンジェラは微かに微笑み言葉を続ける。
 
「ええ。私はあらかじめ意識していなければ自分の経験したことや見たものを忘れてしまいます。だから一度しか会っていないあなたの顔を、私はもう覚えていませんでした。コミュニティにザフトの軍人が来た、と言う事は何となく覚えていても、です」
 
ディアッカは納得がいったように頷いた。
「そう、か。でもそれは…生きてく上で支障がない程度、と思っていいのか?じゃなきゃ傭兵なんて出来ないんじゃ…」
「そうですね。生きて行けない事はありません。自分なりに気をつけてもいます。ただ、コーディネイターとしては明らかな欠陥ですよね?」
確かに、彼女の言う通りであれば、それは一般的なコーディネイターの定義から外れている。
 
 
「両親は…ナチュラルを毛嫌いしていました。コーディネイターと言うのは全てにおいてナチュラルよりも優れていて当然。その為の遺伝子操作であり、自分たちこそが世界を動かすべきなのだ、とよく言っていました。それなのに、生まれて来た私はナチュラルと同等かそれ以下の記憶力しか持たない。代わりに与えられたのは、尋常じゃない程の運動能力とこの瞳。きっと…両親は耐えられなかったのではないか、と思います。遺伝子操作の失敗も、私の存在にも。両親は私を医師に診せようとはしませんでしたから」
 
 
「記憶障害はともかくとして…その瞳の色は?後天的なものなのか?」
 
 
ディアッカはアンジェラのグレーと青の瞳をじっと見つめ、問いかけた。
「瞳の変色は後天的なものです。元はどちらもグレーでした。記憶障害は生まれつき、運動能力の発達は瞳の件よりも少し前です。多分…この瞳の件が決定打となって、私は捨てられたんだと思っています。記憶力や運動能力は隠せても、瞳の色はそう簡単に隠すなんて出来ませんから。カラーコンタクトも試しましたけど、やっぱり駄目だったんです」
まるで人ごとのように語るアンジェラに、ディアッカとシンは複雑な表情になった。
 
「あの…地球に来てからは、どうやってあのコミュニティに…」
 
遠慮がちなシンの問いかけに、アンジェラは何でもないような顔で答えた。
 
 
「両親に置き去りにされた街で拾われて、娼婦をしていました。三年?四年程…だったかしら。生きて行く為には仕方なかった。だから後悔はしていません。自慢出来るものでもないけど。どうせ何をされても忘れてしまうんだし、別にいいと思ってました。そうやって暮らしていた所へ、私の噂を聞きつけたザイルさんがやって来て…そのままスカンジナビアに連れて行かれました」
 
 
そのあまりにも壮絶な事実に二人は絶句した。
十二歳から、身体を売って、生きて来た?!
プラントでは十五歳で成人と見なされるが、その価値観を持ってしても、十二歳と言うのはまだ子供と呼んでいい範囲だった。
 
 
「…お前らが求めてる事がどういうもんか、実感した?」
 
 
ラスティの声に二人ははっとそちらを振り返る。
「アンジェラに対面して、話を聞いて。お前らどう思った?同情?困惑?」
「ラスティ…」
ディアッカは図星を突かれ、少しだけ狼狽えた。
知識として知ってはいても、実際目の前でこうして特異な姿を見て過酷な半生を語られ、正直な所どう扱えばいいのか迷っていたからだ。
 
 
「不特定多数の前でアンジェラはもう一度この話をしなきゃいけない。衆目に晒されて。こいつの両親だってきっと糾弾されるだろう。傍観者であるミリアリアやイレギュラーな事情の俺が証言するのと、捨てられた本人であるアンジェラが証言するのとでは、似ているようで違うんだ。それでもアンジェラは、自分のような存在が少しでも減るのなら、とこの話を受けてくれた。そこの所…お前らには忘れないで欲しい。ラクス・クラインやイザークにもそう伝えてくれ」
 
 
真摯な表情のラスティに、ディアッカはしっかりと頷いた。
そう、証言者を見つけて終わりではない。
彼らに起こった事、ダストコーディネイターの現状をプラントの民衆に訴えかけ、知ってもらう。
そこまでして、初めてこの問題は第一歩を踏み出した事になるのだ。
 
 
「私はもう割り切ってるから大丈夫よ。ありがとう、ラス。それより…早く交代しないと護衛の意味が無いんじゃないかしら?」
「やべ、そうだな。じゃあディアッカ、こいつは任務の時以外与えられた部屋から基本的に出ないから。何かあれば声をかけてやってくれ」
「ああ、分かった。え、と…」
「お二人とも、私の事はアンジェラ、と呼んで下さって結構です。それと、気を使わないで下さい。本当にもう、割り切っていますから」
 
 
そう言ってふわり、と微笑むアンジェラはとても綺麗で。
ディアッカもまた、笑顔を浮かべた。
「分かった。よろしくな、アンジェラ。…ほら、シンも」
「よ、よろしくおねがいします!アンジェラさん」
少しだけ慌てたようなシンは、きっとアンジェラの笑顔に見とれていたに違いない。
そんな事を考え、ディアッカはラスティと目を見交わし、くすりと笑った。
 
 
 
 
 
 
 
016

 

 

50話目にしてオリキャラ登場です。
アンジェラは今後、色々な意味でキーパーソンとなりうる存在です。

 

 

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2015,5,29up