51, 回り出した歯車 2

 

 

 

ミリアリアがサイとともにブリッジに駆けつけた時、モニタにはカガリを連れたセリーヌが映し出されていた。
セリーヌの表情に、ミリアリアは違和感を感じ眉を顰める。
短い期間でもジャーナリストとして多くの相手に取材を申し込んで来た経験のあるミリアリアには、彼女の内心の余裕の無さをしっかりと見抜いていた。
…焦ってる?でも、どうして?
 
『ミリアリア・エルスマンと話をさせて頂きたいの』
 
聞こえて来た言葉にミリアリアは一瞬息を飲む。
リミットを前にこんな申し出てをしてくると言う事は、何か突発的な出来事が起きたに違いない。
まさか、これも“あの方”の指示なの…?
そう思うと足が竦んだが、ミリアリアはきっ、と前を向き、自分が話をすると告げてマリューの座る艦長席まで歩みを進めた。
それに気付いたマリューが席を立ち、すれ違い様に呟く。
「あなたはここへ来てすぐ倒れた事になっている。それを忘れないで。」
小さな警告に視線だけで応え、ミリアリアはモニタの前に立った。
すぅ、と息を吸い、碧い瞳でモニタの向こうのセリーヌを見据える。
 
 
「はじめまして。ミリアリア・エルスマンです。ノイマンさんのお姉様、ですか?」
 
 
ノイマンはミリアリアのすぐ近くに立ちながら、内心舌を巻いていた。
怖くないわけがないだろうに、ミリアリアは落ち着いていて、声も全く震えていない。
マリューの言葉に話を合わせているのだろう。
声量もそれらしく、程々に抑えているようだ。
 
『…そう。アーノルドの姉の、セリーヌ・ノイマンよ。プラントで少しだけ顔を合わせたわね、あなた。カガリ様の出迎えに来ていたでしょう?』
ミリアリアは、ぼんやりと考えこむ様子を見せる。
 
「…ああ、そうでした。あの時はただ驚いてしまっていて…。失礼しました。」
『ミリアリア!大丈夫か?!』
カガリの泣きそうな顔がモニタに映し出される。
「カガリ…。ええ、私は大丈夫よ。」
心の中でカガリに謝りながら、ミリアリアは薄く微笑んだ。
 
『まだ、本調子じゃないようね。簡単に要件を伝えるわ。』
セリーヌの声に、ミリアリアは内心の動揺と恐怖を悟られまいと必死に平静を装った。
 
 
『今から3時間の猶予をあげる。3時間以内にこの艦まで一人で来なさい。
そちらにも小型のシャトルくらい積んであるでしょう?自動操縦にしておいてくれれば、責任を持ってこちらであなたを回収するわ。』
 
 
「…私は、そこで何を?」
ミリアリアの問いに、セリーヌの顔が急に険しくなった。
『そんな事、どうだっていいでしょう?あなたは黙って指定された場所に来ればいいの!』
 
やはり、何かある。
その位は、ミリアリアにも察しがついた。
『ミリアリア!来るな!』
『もし、3時間以内にあなたがここへ来なければ。』
カガリの悲痛な叫び声。
セリーヌの言葉がそれに被さった。
 
 
『カガリ様を殺して、その映像をプラントに、そして地球に向けて発信するわ。
そしてプラントにウィルスを撒く。ありったけ、ね。
あなたの旦那様の故郷はフェブラリウスかしら?だったら、まずはそこからにしましょうか?』
 
 
ミリアリアの顔色が変わった。
仮にもオーブの代表首長であるカガリを殺害するなど、正気の沙汰とは思えない。
それほどに彼女が焦る理由は?
必死に頭を回転させたミリアリアは、ひとつの可能性に辿り着いた。
カガリの送ったメールの件が露呈したのだ。
どこまでセリーヌがカガリのした事を把握出来ているかは分からないが、ワクチンのデータが外部に漏れた事は分かっているのだろう。
プラントの技術力をもってすれば、ワクチンの早期開発も可能な事を彼女は分かっている。
だからこれほどまでに焦って、自分の手元に切り札であるミリアリアとカガリを置いておこうとしているのではないだろうか?
もしもの時の、人質として。
 
ワクチンさえ完成すれば、ディアッカは必ずここへ来てくれる。
その思いは、ミリアリアの中で既に確信に変わっていた。
だが、そのワクチンが完成したと言う知らせはまだ無い。
人質としてミリアリア達を手中に収めたセリーヌが、次にどんな行動に出るのか予想は出来ない。
おそらくは“あの方”から指示を与えられて、その通りに動くのであろう。
事態がどう動くにせよ、ただ黙ってディアッカ達の助けを待っているわけにはいかない。
自分たちにもっとも必要なものは、時間だ、とミリアリアは判断した。
その為に私が出来る事は……?
ともすれば止まってしまいそうな思考をフル回転させ、ミリアリアは顔を上げるときっぱりと宣言した。
 
 
「…カガリに会わせてくれるなら…話をさせてくれるのなら、行きます。」
「ミリアリアさん!」
 
 
マリューが思わず叫んだ。
 
 
『…条件を出せる立場だと思ってるの?あなた。』
セリーヌの瞳が眇められる。
 
「条件と言う程のものでもないでしょう?同じ艦にいるんですよね?カガリ。
それに私はオーブの報道官として、アスハ代表の無事を確認し、報告する義務があります。」
 
ミリアリアの言葉に、セリーヌが呆気にとられた表情になり。
そして、くつくつと笑い出した。
 
『さすが、ザフトの高官が見初めただけあるわね。それとも、ただ楽観的なだけかしら?』
「…さあ?ご想像にお任せします。」
『…分かったわ。カガリ様に会わせてあげる。その代わり、こちらの条件も飲んで頂くわ。』
「…分かりました。くれぐれも、カガリに危害を加えないようお願いします。」
『当たり前でしょう?野蛮なコーディネイターと私達は違うわ。』
『ミリアリア!お前…』
 
相変わらず泣きそうな顔で自分を呼ぶカガリに、ミリアリアはまた微笑んだ。
「カガリ。心配いらないわ。あとで会いましょう。」
『それともうひとつ。これより貴艦は外部への通信を一切控えて頂きます。』
「姉さん!」
ノイマンが苦しげに叫んだ。
 
 
『プラントにも地球にも、私達の動きを知られるわけにはいきません。申し訳ないけれど、通信手段は断たせて頂くわ。』
「そんな事が出来るとでも?」
 
 
マリューの声に、セリーヌは勝ち誇ったような笑みを浮かべた。
『こちらにもハッキングやネットワークに通じているそれ相応のクルーがいるわ。だからどこかに通信をすればすぐこちらにも分かる。
通信をした時点で、ミリアリア・エルスマンの所在に関わらずカガリ様を殺害します。
あなた方の大事な代表首長はこちらの手の中にある。その事を忘れないで下さいませね。』
「姉さ…!」
ノイマンの呼びかけを断ち切るように、通信は断ち切られた。
 
 
 
通信を切るとセリーヌはブリッジクルーに、周辺宙域一帯に電波妨害の処置を施すよう指示を出した。
「全ての責任は私が負うわ。あなた方の雇い主から何か言われたら私に通信を寄越すよう伝えて。」
「り…了解した。」
鬼気迫るセリーヌに、寄せ厚めのクルー達は誰ひとりとして逆らえない。
セリーヌは言葉を失うカガリの腕を乱暴に掴み、ブリッジを後にした。
 
 
 
***
 
 
 
「ハウ…大丈夫なのか!?」
ノイマンの心配そうな顔に、ミリアリアは頷く。
「…大丈夫です。ディアッカやみんなの事、信じてますから。」
「大丈夫、って…お前…」
ノイマンは絶句した。
通信は絶たれ、地球にいるディアッカやプラントの様子、ワクチン開発の情報すら手に入らないこの状況で、何がどう大丈夫だと言うのだろう?
 
「ディアッカやイザーク、アスランも動いています。お父様達も。だから大丈夫です。ね、フラガさん?」
 
ブリッジ後方にいたフラガが、その言葉に微笑んだ。
 
「ミリアリアさん。あなた、何を企んでいるの?」
訝しげなマリューの言葉に、ミリアリアはくすりと笑った。
「人聞き悪いですよ、マリューさん。私はただ、時間を稼ぎたい、と思っただけです。
いくら私が信じていたって、ワクチンが無ければディアッカも他のみんなも動けない。
だから私、セリーヌさんの所へ行って時間を稼ぎます。」
「それはそうだけど…どうやって…」
「私に出来る事なんてたかがしれてます。でも、何も出来ない訳じゃない。私にだって出来る事もある。…私、セリーヌさんと話をしてみます。
なぜこんな事をしてしまったのかを直接彼女の口から聞いて…出来る事なら、説得してみます。これ以上彼女が罪を重ねる事の無いように。」
「ハウ!」
ノイマンが驚愕の表情を浮かべた。
 
「…昔、コーディネーターに大切な人を殺された。私も同じですよね?それに、根っから悪い人じゃないと思うんです。セリーヌさん。」
ミリアリアの碧い瞳がマリューを、そしてノイマンを映し出し、強い決意の光を浮かべる。
 
 
「私だって一応ジャーナリストの端くれだったんです。だから言葉で戦います。」
 
 
ノイマンは、ミリアリアのその言葉にぶるり、と体を震わせた。
姉の暴挙にただショックを受けるだけの自分に比べて、彼女はどうだろう。
ミリアリアは、この状況でもディアッカが必ず自分を助けに来てくれる、と信じている。
その想いが、彼女をここまで強くさせるのだ。
愛する男をただ信じ、そして自分の出来るやり方で困難に立ち向かい、戦う、とまで言ってのけたミリアリアの想いの強さを、ノイマンは改めて思い知った。
…こんな子に、そこまで思われるなんてお前は幸せ者だよ、エルスマン。
 
「…ありがとう、ハウ。俺も、出来ることは全て協力しよう。」
「はい!ありがとうございます、ノイマンさん。」
 
ミリアリアはにっこり微笑んだ。
 
 
 
 
 
 
 
016

 

 

「言葉で戦う」
この言葉をミリアリアに言わせたくて書きました。
次はディアッカサイドのお話です。

 

 

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