信じてる 2

 

 

 

 

「バスターの調整はAAの整備クルーとパイロットの仕事です。そこで何をしてるんですか?」
 
 
きつい視線で男達を見上げ、ミリアリアはなおも問う。
男達は一瞬怯えたような表情になったが、相手がミリアリアだと分かると小馬鹿にしたように笑った。
 
「俺たちはこの艦の手伝いに来てるんだ。この機体を弄ってても不思議はねぇだろ。」
「…私、カレッジで機械工学を専攻していました。だから、MSについて少しは知識があります。
手に持ってるの、可動部分のパーツですよね?」
 
簡単には騙されない。そう言外に匂わし、震えそうになる足を叱咤しながら、ミリアリアは言葉を続けた。
 
 
「バスターの調整をされているんなら、ディアッカやマードックさんの許可も当然得ていますよね?
私、今からマードックさんに用事があって会いに行く所なので。あなた達の事、聞いてみますね。」
 
 
ミリアリアの仕掛けた罠に、男達はあっさりと掛かった。
 
「っ…おい、このオンナ…」
「ああ」
 
男達の目の色が残忍なものに変わる。
ぞわり、と悪寒が走りミリアリアは思い切り床を蹴ってその場を離れた。
バスターに取り付いている分、彼らが自分に追いつくまでには時間が掛かるはず。
とにかく誰でもいいから、この事を伝えなければ!
もし知らないまま戦闘にでもなって、ディアッカが出撃なんてしたらーー!!
夕食時なのか人気の無い格納庫をさっと見回し、ミリアリアは扉を開けブリッジへと走り出そうとしてーー。
 
「きゃあっ!!」
「どこへ行くつもりだ?」
 
ぐい、と腕を捻り上げられミリアリアは悲鳴を上げた。
 
「こっちの整備クルーもマードック軍曹も、あの忌々しいコーディネイターも、今頃ブリッジでブリーフィングだぜ?…さて、お嬢ちゃん。ちょっと話でもしようか。」
「離して!痛い!!」
 
もがくミリアリアを軽々と押さえつけ、男達は格納庫の扉を閉める。
ドアから引き離され、死角となる壁際に追いつめられ。
下卑た笑みを浮かべた男達に見下ろされるミリアリアの顔色が変わった。
 
 
「あなたたち…バスターに何をしたの?!敵が来たら、ディアッカはあれに乗って戦うのよ?」
「どうせこのくらいしたって実戦には対して影響なんて無いだろう?
何てったってパイロットはコーディネイターなんだから。」
「そうそう。バランサーのひとつやふたつ狂ってもどうにでもなるさ。」
「そ…それでも整備クルーなの?あなた達!」
 
 
青白かったミリアリアの頬が、怒りのあまり紅潮した。
MSはその特性上、ひどく繊細なものだ。
だからこそ整備クルーやパイロットは、細心の注意を払って機体を調整する。
それを怠る事は、戦場での死へと繋がるものだから。
自分たちだってM1アストレイの調整に携わっているはずだから、その事を知らないはずも無い。
なのに、なぜこんな事を?
 
「ディアッカはこの機体で戦ってるのよ?AAを…みんなを守ってくれてるの!それなのに、どうしてこんなひどい事するのよ!!」
「随分あのコーディネイターに肩入れしてるじゃねぇか。もしかしてお前…あいつのオンナか?」
「な…」
「案外当たってんじゃねぇの?ほら、これ見ろよ。」
「な…いやっ!」
 
ぐい、と無骨な指に軍服の襟元を掴まれ、はだけられる。
そこには、先程負った赤い傷跡があった。
 
「こんな痕までつけられちまうような関係なんだ?」
「ち…ちが…」
 
白い首筋に浮いた赤い痣は、見方によっては確かにそう言った類いのものにも見えただろう。
 
 
「そういや、オーブで戦死したMAのパイロット、やったのはイージスとか言うGに乗ってた奴だろう?
仲間を殺されたってのに、コーディネイターを庇うのか?
さぞかしいい思いさせてもらってんだろうなぁ?」
 
 
容赦なく落とされる言葉に、ミリアリアの頭の中は怒りで真っ白になりーー気付けば目の前の男に平手を見舞っていた。
 
 
「ってぇ!!何すんだてめぇ!!」
「うるさい!あんた達みたいな最低なやつらがクサナギに乗ってるなんて信じられないわ!!ウズミ様が知ったら泣くわね!!」
「てめぇらみたいにほいほいコーディネイター何ぞを信用するおめでたい頭とは違うんだよ!」
「ほんとだぜ!よく自分らを追っかけ回してた敵と仲良く出来るもんだぜ!一度裏切ったやつ何ざ、いつまた裏切られるか分かったもんじゃねぇ!」
 
 
ミリアリアは怒りのあまり、碧い瞳に涙を浮かべながらもさらに男達を睨みつけた。
親友と戦うと言う事に、あれだけ心を痛め悩んでいたキラをミリアリアは知っている。
ナチュラルだらけの艦で一人きりのコーディネイターであった彼の感じていた不安や孤独も、想像でしかないが少しなら理解している。
そして今、キラと同じ立場にいるディアッカだって、あんな風に不真面目で飄々としているけれど、自軍を離れて平静でいられるはずなどない。
キラの…そしてあいつの気持ちなんて、この男達にはきっと分からないのだ。
ナチュラルもコーディネイターも、同じように悩んだり泣いたりする、ただそれだけの事なのに!
 
 
「私は…あんた達みたいな卑怯者より何倍もディアッカを信じてる!
彼は生半可な気持ちでここにいるんじゃないわ!
あんた達こそ、そんな気持ちでいるんなら整備なんてしてないでクサナギで雑用でもしてるのがお似合いよ!!カガリさんもそう思うんじゃないの?」
 
 
ミリアリアが怒りに任せてカガリの名を出した途端、男達の顔色が変わった。
 
「コーディネイターに体まで差し出したオンナが、知ったような口聞いてんじゃねぇぞ!!」
「きゃ…」
 
男が振り上げた腕はミリアリアの額に当たり、衝撃を感じた瞬間、思い切り壁に突き飛ばされていた。
後頭部を打ちつけたのか、鈍い痛みとともにくらり、と目眩を感じる。
「俺達ともイイ思いすりゃ、こいつも黙ってるんじゃねぇ?貧相なのはタイプじゃねぇけど…しょうがねぇな。」
ずるずると壁際にへたり込んだミリアリアの眼前に男達が迫る。
 
 
「バスターの…パーツ、返しなさいよ」
 
 
痛みをこらえながら、それでも気丈にそう口にするミリアリアに男達はにやにやと笑うだけで返事をしない。
どうしよう、こんなことになるなんて…!
ーーー助けて…誰か、お願い…!!
 
 
「お前ら、何やってるっ!!」
 
 
不意に聞こえたマードックの声に、男達も、そしてへたり込んでいたミリアリアも驚きそちらに顔を向ける。
「あ…」
ミリアリアは小さく声を上げた。
そこには、怒気を漲らせたマードックを先頭に、フラガ、そしてディアッカが立っていた。
 
 
 
「お前ら、ここで嬢ちゃんに何してたのか説明してもらうじゃねぇか。」
「い、いや、その…」
狼狽える男達を目にし、ミリアリアは少しだけいい気味だ、と思う。
良かった。これでバスターのパーツ、返してもらえる……。
心から安堵したミリアリアだったが、止める間もなく男達に殴り掛かろうとしているディアッカに気付き目を見開いた。
 
「ちょ…だめ!ディアッカ!!フラガ大尉、やめさせて下さい!」
「おいコラ坊主!」
「離せよおっさん!!」
 
何とか最悪の事態を回避し、ミリアリアは胸を撫で下ろすとふらつく体を叱咤し立ち上がった。
 
「……パーツ、返して。」
 
壁に凭れながらも碧い瞳で男達を射抜くように見上げ、ミリアリアは手を伸ばす。
観念したのか、それでも悔しげな表情で男達はその小さな手にぽとり、とバスターのパーツを落とした。
その瞬間、ミリアリアの体は糸が切れたように崩れ落ちる。
「ミリアリア!!」
フラガの腕を振りほどき駆け寄って来たディアッカが、慌ててその体を支えた。
 
 
「…あんた達さぁ。オーブの理念もウズミ様の言葉も関係ないの?」
 
 
口調は穏やかだが、フラガの声は聞いた事がない程に冷たい。
ミリアリアは途切れそうな意識の中で、フラガ大尉ってこんな冷たい声も出せるんだ、などと思った。
 
 
「俺たちの仕事は、MSを最高の状態に仕上げてパイロットを送りだす事だ。そこにコーディネイターもナチュラルも関係ねぇ。
…お前らは、整備士として失格だな。」
 
 
やはり聞いた事がないようなマードックの声がそれに続き、そしてばたばたと複数の足音が聞こえる。
「こいつらをクサナギへ連行しろ!あと誰かブリッジに連絡してマリューにお嬢ちゃんの事を知らせてくれ!」
フラガのてきぱきとした指示に、ミリアリアは手の中にあるパーツの存在を思い出した。
…そういえば、ディアッカは?
起き上がってその姿を確認しようとした時、怒気をはらんだ低い声がミリアリアの頭上から落ちて来た。
 
「動くな。おとなしくしてろ。」
「………え?あれ?」
 
一瞬意識を飛ばしていたミリアリアは、自分を抱きとめ支えてくれているのがディアッカであった事にこの時初めて気付いた。
 
「お前…なんで…」
 
見上げたディアッカの紫の瞳は、何だかとても綺麗で。
バスターを守れた事が嬉しくて、そしてディアッカが彼らに手を出さないで済んだ事も嬉しくて、ミリアリアは無意識にふわり、と微笑んでいた。
その笑顔に驚いたのか、ディアッカの目が見開かれる。
 
 
「これ…はやく、つけ直して…」
 
 
随分と重く感じる腕を持ち上げ、ミリアリアはディアッカにバスターのパーツを差し出した。
 
「バスター…左足、の接合部分…可動パーツ…」
 
ああ、もっとちゃんと説明しなければきっと意味が分からない。
だがミリアリアには、その一言が限界だった。
「バスターの…可動パーツ?…って、おい、ミリアリア?ミリアリア!!」
ミリアリアはひどい目眩に襲われ、くたり、とそのまま意識を失った。
 
 
 
 
 
 
 
007

 

 

久し振りにミリアリアに危ない橋を渡らせてしまいました(滝汗)

きっとこんなクズ整備士(書いてる本人もいらっとした・笑)、本来は

クサナギにいないと思うのですが、そこは妄想と言う事でお許し下さい;;

次で最後のお話となります。

 

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2015,4,21up・一部改稿

2015,4,27一部改稿