信じてる 3

 

 

 

 
クサナギの整備士達が起こした事件から半日。
ミリアリアは、食堂の椅子に座り暖かい紅茶を口に運ぶと溜息をついた。
 
 
彼らに手をあげられた結果、軽い脳震盪を起こしたミリアリアはディアッカにバスターのパーツを渡したあとの記憶が無い。
聞けば意識を失い、そのまま医務室送りになったとの事だった。
整備士達はフラガとチャンドラの監視のもとクサナギに連行され、キサカ自ら尋問した上で拘禁室送りとなったらしい。
あちらはクルーの数も豊富な事だし、二人くらい整備士が欠けても何とかなるのだろう。
サイの話では、マードック達とディアッカがすぐに可動パーツをつけ直し、バスターも事なきを得た。
もっともディアッカはバスターに自分好みの緻密な調整を施していた為、再調整に明け暮れているとの事だったが。
それでも、これで戦闘時に不具合が起きると言う最悪の事態は免れたのだ、と思うとミリアリアは心からほっとした。
 
 
ミリアリア自身も軽い打撲と頭部にこぶがひとつ出来ただけの軽症で、しばらく医務室で休息を取った後、サイを説き伏せてデータ化作業の続きを引き継いだのだった。
体も特に痛まないし、頭のこぶも触れなければ特に問題ない。
それに、過度の緊張のせいもあり医務室でぐっすり眠ってしまったミリアリアはすっかり目が冴えており、このまま自室に戻っても無駄な時間を過ごすだけだと思ったのだ。
 
「サイったら…私よりよっぽど作業早いじゃない…」
 
ディアッカから受け取った追加分をあわせて4冊あったファイルは、半分程が既にデータ化されていた。
夜勤シフトに切り替わった艦内は静かで、食堂にももちろん誰も来ない。
作業するには格好の環境だ、とミリアリアはファイルを手に取った。
 
 
「……お前、馬鹿?」
 
 
静まり返る食堂内に突如響いた低い声に、ミリアリアは文字通り飛び上がった。
 
「きゃっ!!…な、なに?びっくりさせないでよ!」
 
食堂のドアにもたれかかるようにして腕を組んでこちらを見ていたディアッカは、つかつかとミリアリアの座るテーブルまで歩いてくるとどかり、と腰をおろした。
 
「なんで、こんな時間にこんな事やってんの。」
「へ?え、っと、医務室でたくさん寝たから目が冴えちゃってるし、それなら作業の続き、やっちゃおうかなって…」
 
頬杖をついてじろり、と睨まれ、少しだけ怯みながらミリアリアはそう返事をする。
 
 
「…あのさぁ、仮にもお前、頭打って意識失ってんだぞ?安静って言葉知ってる?」
「っ…知ってるわよそれくらい!馬鹿にしないでよね?」
「だったら目が冴えてようがなんだろうが、とっとと部屋戻って休めよ!」
「眠れもしないのに無駄な時間を過ごしたくないの!それよりあんた、バスターの調整終わったの?」
「あ?そんなん終わったに決まってんだろ。じゃなきゃここにいねぇよ。」
「…可動パーツを取り付け直すと、バランサーの調整も最初からになるでしょ?もし実戦になっても問題ないレベルまで戻せたの?」
 
 
ミリアリアの口から出た言葉に、ディアッカの表情が少しだけ変わった。
 
「随分…詳しいじゃん、お前。」
「あのね。前に言わなかったかしら?私のカレッジでの専攻は機械工学!
そりゃキラやあんたみたいに細かい事までは出来ないけど、理論上の話なら少しくらい分かるわよ。」
 
つん、とした表情のミリアリアをディアッカは意外そうな表情で眺めていたが、当初の目的を思い出したのか眉を顰めて溜息をついた。
 
「ああ、もう!それはまた今度ゆっくり聞かせてもらうからさ。とにかくお前、もう休めよ。明日やったっていいんだろ、それ。」
「…余計な事、考えたくないのよ。」
「は?」
 
ミリアリアはファイルをテーブルに戻し、俯いた。
 
 
「…あんな風に考えてる人が、味方であるはずのクサナギにいたなんて…ショックだったの。
この戦争を終わらせたくて私達はここにいるのに…どうして、あんなにこだわるのか、って…」
「しょうがねぇよ。俺はコーディネイターで、数ヶ月前までこの艦を堕とそうとしてた。誰もがみんな、すぐに考えを切り替えられるもんじゃない。」
「でも!あんたはいつも頑張ってくれてるわ!AAにいなくてもそれは分かる事じゃない!なのに、あんな…一歩間違えば…」
「俺が、やられると思った?」
 
 
静かな声に、はっとミリアリアは顔を上げた。
自分を見つめる紫の瞳は、その声と同じようにとても静かで。
一度合わせてしまったら、もう視線をそらす事など出来ないくらいにミリアリアを惹き付ける。
 
「…わからない。でも、もしそうなったら、と思うとそれだけは嫌だった。」
「どうして?」
「どうして…?」
 
ディアッカの言葉を反芻しながら、本当にどうしてだろう?とミリアリアは首を傾げた。
トールの事を馬鹿にされて、一度は殺してやりたいと思った相手。
いつも鬱陶しいくらいちょっかいをかけて来て、それでも何故かミリアリアがひとり泣いているとどこからともなくやって来て、どんなに拒否しても隣に居座って。
もしもあんな状態のバスターを駆って戦場に出て、万が一の事があったら、と……怖くて。
 
 
「怖かった、の。」
 
 
ぽつり、と無意識に零れ落ちた呟きを、ディアッカは黙ったまま受け止めた。
 
「それに…悔しかった。」
 
ディアッカは、確かにコーディネイターだ。
だがミリアリアは知っている。コーディネイターだからって、感情が無いわけでもなんでもない。
ここに至るまでに、きっと人知れない迷いや苦労だってあったはず。
それなのに、コーディネイターという事実だけでディアッカの全てを決めつけられた気がして、ミリアリアは悔しかったのだ。
 
「…そっか。」
 
テーブル越しに、す、と手が伸ばされ、そっと額にディアッカの手が触れる。
いつもならすげなく振り払うのに、何故か今日はそれが出来なかった。
 
「痛い?」
 
見つめあったまま小さなこぶをそっと撫でられ、ミリアリアは軽く首を横に振った。
 
「…冷たい手、してるのね。」
「さっきまで油まみれで作業してたから、手洗ったせいじゃない?」
 
労るように額に置かれた、冷たい手。
それを気持ちがいい、と思ってしまう自分は、やっぱりどこかおかしいのだろうか。
視線をそらせぬままディアッカの顔を見つめ、ぼんやりとそんな事を考えていると、ふわり、とその端整な顔が笑みを浮かべた。
苦笑まじりの、でも、柔らかくて優しい笑顔。
そうして離れて行く大きな手に、どこか寂しさを感じている自分に気付き、ミリアリアははっと我に返った。
 
 
「……邪魔して悪かった。でも、適当なとこで切り上げて休めよ。宇宙で一旦体内時計狂うと、戻すのに苦労するからさ。」
 
 
かたん、と小さく音を鳴らして椅子から立ち上がると、ディアッカはくるりと背を向け、出口へと向かいーーぴたり、と足を止めた。
 
「それ。捌ききれなかったら、明日手が空いたとき手伝うから。無理すんなよ。」
 
人の仕事に手を出さないでよ!
いつもならそう即答しているであろう言葉だったが、ミリアリアの口からは「…うん。」と勝手に言葉が零れていた。
 
「それと。」
「え?」
 
一旦言葉を止めたディアッカの背中を、ミリアリアはただじっと見つめ、その続きを待つ。
 
 
「信じてる、って言ってくれて…サンキュ。パーツ、取り返してくれたのも、助かった。」
 
 
しゅん、と言う扉の開閉音とともに、ディアッカの姿が消える。
ミリアリアは扉をじっと見つめたまま、ディアッカが最後に口にした言葉を頭の中で反芻していた。
ーーー男達に襲われかけたあの時。
助けて、と心で叫んだあの時、なぜ頭に浮かんだのが蜜色の金髪に紫の瞳、だったのだろう。
 
 
「トール…どうして?」
 
 
膝の上で拳をぎゅっと握りしめたミリアリアは、大好きだった人の名を口にし、そう問いかける。
そうでもしなければーーこの感情を制御する事など、出来そうになかった。
 
 
 
 
 
 
 
007

 

 

全三話、一挙にupしてしまいましたがいかがでしたでしょうか?

トールとディアッカ、それぞれへの想いに翻弄されるミリアリア。

そしてミリアリアの言葉を聞いていたディアッカの想い。

本当はディアッカの心理描写も入れたかったのですが、そうすると

中編になってしまうので(笑)、やや甘いシーンを入れるだけに

とどめました。

少しずつ心の距離が近づいている最中の二人のお話を久し振りに

書きましたが、お楽しみ頂ければ幸いです。

いつも拍手やコメント、ありがとうございます!

 

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2015,4,21up