「…で。お前どうやってここまで入って来た訳?それに、なんでロイエンハイムさんと一緒にいるんだよ?ラスティ。」
二人にソファを勧めつつ、ディアッカはオレンジ色の髪の青年に目をやった。
最後に会ったのは4年近く前、ミリアリアを攫ったテロリストを殲滅した後のAAで、だった。
どこかほんわかとした雰囲気とは裏腹に、アカデミー時代は自分に次ぐ5位でそのまま赤服となった優秀な男でもあるラスティは、人好きのする笑顔を浮かべた。
「ザイルさんから連絡貰ってさ。お前が地球に来てるなんて知らなかったからびっくりして、あっちでの仕事もちょうど片付いたから中東から直接ここへ向かったんだ。
したら、とある筋からの紹介で新しく仕事の依頼が舞い込んだんで、雇い主と一緒にここに来た、ってわけ。
…しっかし、疲れた顔してんなぁ、お前。」
呆れたような口調に、ディアッカはつい苦笑した。
「お前、ここの現状知ってんの?さすがに俺もこれでぐうたらしてる程人でなしじゃねぇつもりだけど?
で、雇い主って、まさか…」
「そう。この人。俺、ミリアリア程堪能じゃねーけどこれでも簡単な通訳位なら出来るから。…傭兵って、意外と頭も使うんだぜ?」
くい、と親指で指し示された先に佇むオズワルド・ロイエンハイムはその不遜な態度に少しだけ顔を顰めた。
『あー、お久しぶりです、ロイエンハイムさん。ええと、どうしてこちらに?』
ディアッカは、うろ覚えなドイツ語でどうにかそう声を掛ける。
「…もういいだろう。奥方に聞いていないかね?私は多少であれば公用語も話せると。」
「え?あ、はい。」
急に公用語を口にしたロイエンハイムに目を丸くしたディアッカだったが、何とか頷いた。
「基地内では不用意な発言も出来んから、ドイツ語で通していたのだよ。通訳と言う名目で彼も同行させられるからな。
…さて、まずは君が無事で何よりだ。私がここへ来た訳を、知りたいかね?」
ディアッカは、彼が少しだけ怒り口調な事に内心首を傾げながらも頷いた。
「はい。なぜラスティと一緒に…?」
「どうやら、奥方からのメールに目を通していないようだな。」
「……え?」
ディアッカは、執務机に置かれた端末をつい振り返った。
そこには、今しがた途中まで読み進めたミリアリアからのメールが表示されたままになっていたからだ。
「まず私がここへ来たのは、君の妻からのメールが切欠だ。
セリーヌ・ノイマン。今回プラントで起きた事件の犯人なのだろう?
彼女がベルリン出身と言う事もあり、もしかして私の経営する企業にセリーヌ・ノイマンと言う女性が在籍していないか、とミリアリアから連絡を受けたのだ。」
あいつが…そんな事を?
私に出来ることでディアッカの助けになりたい、とミリアリアはメールに書いていた。
その言葉通り、ミリアリアはすぐロイエンハイムに連絡を取ったのだろう。
「あいつからのメール…さっき気付いて、まだ、途中までしか読んでなくて」
「…そんな事だろうと思ったよ。続きは私との話が終わったら目を通すといい。
結果から言えば、彼女はうちの企業のスタッフだ。休職中とは言え、かなり優秀な女性だ。
……ウィルスの解析は、タッドが?」
突然父の名前を出され、ディアッカはこくこくと頷く事しか出来ない。
「は、い。組成式はこちらにもありますが、父が陣頭に立ちフェブラリウスのラボで解析とワクチンの生成を進めています。」
「で、君は?」
「…この基地の医療班や軍医とともに、感染した兵士達の治療に携わっています。」
「ウィルスの危険性を分かった上での行動かね、それは?」
すっ、とロイエンハイムの目が眇められた。
「ミリアリアと言う伴侶をプラントに残したまま、危険を伴う治療行為に従事する。
自分に万が一の事があった時、残されたミリアリアはどうなる?
君は、またあの子をひとりにするつもりだったのか?」
鋭い言葉にディアッカは息を飲む。
だが一瞬だけ紫の瞳を揺らしたものの、ディアッカはまっすぐロイエンハイムに向け口を開いた。
「危険な事は充分理解していました。でも、出来ることがあるのに何もしないなんて、それこそあいつに合わせる顔がない。そう思って、俺は医療班のサポートに入りました。
あいつは…ミリアリアはきっとひどく心配しただろうと思います。それでも、俺の決断を認めてくれて、背中を押してくれたと信じてます。今でも。」
強い眼差しをしっかりと受け止め、ロイエンハイムはひとつ息をつきーー微笑んだ。
いきなりの表情の変化に、ディアッカが目を丸くする。
「…あの子の事を、よく分かっているな。さすがミリアリアが信じて、選んだ男だよ、君は。
君の気持ちはよく分かった。私がここへ来た切欠は、君の妻からのメール。
そして目的は、ウィルスに感染した兵士達の治療とワクチンの解析のサポートだ。
それと…復興支援のサポートも、だな。」
「え…?!」
今度はぽかんとするディアッカに、ロイエンハイムはしてやったり、と言った笑みを浮かべた。
「我が社の遺伝子工学の精鋭スタッフ達を呼び寄せてある。彼らに、ウィルスの解析とワクチンの生成、そして兵士達の治療のサポートをさせて欲しい。」
ソファで成り行きを見守っていたラスティが、小さくひゅう、と口笛を吹いた。
「私も、治療には携わる事が出来んがタッドと協力してワクチンの生成チームに入る。
彼らはナチュラルだが、少なくともここの軍医達より知識もあり、何よりウィルスの脅威が無い。
そして我々の行為は完全なるボランティアだ。よって謝礼や見返りのようなものも求めない。
以上の件を、ここの司令官に君から話を通してくれ。
…そちらにとって、悪い話ではあるまい?」
ディアッカは突然振って湧いた話にパニックになりかけながら、頭の中で状況を整理した。
「…ありがとうございます、ロイエンハイムさん。その、俺、なんて言っていいか…」
「何も言わなくていい。ただ、一つ覚えておくんだな。
出来ることをする、それも大切だ。だが一人で出来ることには限りがある。
そんな時は、“頼ること”をすればいい。それだって立派な“自分に出来ること”の一つだ。
責任と言う言葉の意味を履き違えて、一人で全て抱えるなよ、ディアッカ君。」
ロイエンハイムの言葉にディアッカは目を見開きーーー真剣な表情で、頷いた。
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責任感の強さから全てを抱え込み奔走し、疲れきっていたディアッカ。
ミリアリアの働きによりカーペンタリアへとやって来たロイエンハイムの言葉は、
そんな彼の心にすっと入り込み、染み渡ります。
2015,4,15up