44, 明け方のミルクティー 1

 

 

 

 
カーテンから、朝日が差し込んでいる。
結局深夜に目が覚めてから一晩中まんじりとも出来なかったミリアリアは、ふぅ、と息をつくとゆっくりと起き上がった。
突然再発したか呼吸の発作に驚いたのは、周囲同様ミリアリアも同じだった。
最後の発作は、停戦直後AAでディアッカと喧嘩になり、飛び出した矢先の事で。
あの時は、偶然通りかかったイザークが解放してくれて、自室まで運んでくれたのだった。
 
 
「…あの状況、今更だけどディアッカが知ったら大変な事になるわね…」
 
 
こんな状況なのに、ミリアリアはくすりと笑った。
…目覚めたのは確か、自室のベッドの上。
壁に凭れたイザークの胸に体を預け、ぎゅっと白服の袖を握りしめていた。
あれだけひどい喧嘩をしたと言うのに、口から出た言葉は最愛の彼の名前。
今思えば、イザークには随分と失礼な真似をしてしまった気がする。
それでも甘んじて、ディアッカの代わりとなるべく自分を支えてくれたイザークに、ミリアリアは改めて感謝しなければ、と思った。
 
あの時イザークが言った言葉。
 
ーーお前らは、雑なようで互いを思いやりすぎている。互いに何かを与えるだけしか考えていない。
ーーそれでは、いつの日か関係にひずみが生まれる。
 
確かに、そうかもしれない。
よく考えれば、ミリアリアは別離の間に自分が経験した事を、ディアッカにほとんど話した事がない。
それによって、ディアッカが悲しい思いや苦しい思いをしてしまうかも、と思うと、話す事が躊躇われていたのだ。
そしてそれはディアッカも同じだったのか、あえてミリアリアにその事を尋ねてくる事も無かった。
 
 
自分が何を思って戦場を巡っていたか。
テロの話だけではなく、そもそものダストコーディネイターとの関わりの中で感じた事。
戦場を回ろうと思った、全ての理由。
悲惨な戦争の光景を写真と言う形で世界に伝え、皆に知って欲しい。
同時に、自分に出来る形でディアッカの助けになりたかったこと。
ラベンダーの画像とともに送ったタレコミにより未然にテロが防がれて、自分にも出来ることがある、と調子に乗ってしまったこと。
 
 
テロの後静養している間、ずっと会いたいと、この苦しみから助けて欲しいと思っていた事。
でもそれは、ディアッカを傷つけた自分の発言への責任放棄だと感じ、出来ないでいた事。
 
 
自分たちは夫婦になったのだ。
イザークも言っていた。お前はあのディアッカ・エルスマンに選ばれたのだから、と。
もう少しあいつを信頼し、そして自分に自信を持て、と。
愛されている自信は、ある。
だが、過去の話をミリアリアが避けて来たのは、やはりまだどこか、遠慮があったのではないだろうか。
ミリアリアの喜怒哀楽全て受け止める、と言ってくれたディアッカ。
それでも無理に過去の事を聞いて来ようとしなかったのは、彼の優しさだったのだと今のミリアリアには分かる。
 
 
そしてもう一つ、今回の事件によって気付かされた事も、ミリアリアにはあった。
ここに戻って来たら、今まで話していなかった色々なことも、昨夜の通信で伝えることが出来なかった想いも、ディアッカにちゃんと話そう。
ディアッカならきっと、受け止めてくれるはずだから。
 
 
そこまで考えたミリアリアの耳に、控えめなノックの音が飛び込んで来た。
時計に目をやれば、早朝と言える午前6時。
こんな時間に、誰だろう?
一瞬躊躇ったが、自分にはきっちり警備がついているはずだし、危険は無いはずだ。
それでもミリアリアは慎重に、小さな声で「はい」と返事をした。
 
 
「失礼する」
 
 
返事をしてすぐにドアが開きーー入って来たのは、イザークだった。
 
 
 
 
「おはよう、ミリアリア。早朝からすまない。気分は?」
「お、おはようイザーク。えと…もう、大丈夫。苦しくもないし、無理しなければ普通に動けるはずよ。」
「そうか。」
ほっとしたように微かに微笑んで頷くイザークに、ミリアリアは意を決してある願いを口にした。
 
「イザーク…あの、お願いがあるの。」
「なんだ?」
「……前に淹れてくれた、ミルクティーが飲みたいの」
 
その言葉に目を丸くしたイザークだったが、それがいつの事なのかはすぐにピンと来たようで、微笑んで頷いた。
「ああ。キッチンを借りるぞ。」
「うん、多分ミルクと茶葉くらいは揃っているはずだから。お父様が持ち込んでくれたみたいで…。」
「エルスマン議員は気配りの出来る方だからな。母上もよくそう言っていた。」
程なく甘い香りが病室に漂い、ミリアリアの目の前にカップが差し出される。
「ありがとう、イザーク。…いただきます。」
にっこり笑ってカップに口をつけるミリアリアを、イザークは小さなソファに座りただ眺めていた。
 
 
「……ほんとうに、行くのか」
 
 
ミリアリアは、カップを手にしたままイザークのアイスブルーの瞳を見つめた。
 
「行くわ。プラントに、ウィルスを撒かれるわけにはいかないから。」
 
きっぱりと宣言したミリアリアに苦笑を浮かべたイザークは、手にしていた鞄から携帯端末を取り出した。
「……先程、ディアッカから連絡があった。」
突然落とされた言葉に、ミリアリアの目が見開かれる。
 
 
「お前が倒れた事は、俺から伝えた。
昨夜行われた、ラクス嬢とセリーヌ・ノイマンとの交渉結果ももう話してある。
…あいつは、お前と話がしたい、と言っていた。どうする?」
 
 
ミリアリアは、柔らかい色のミルクティーにじっと目を落とした。
ーーーあの時も、このミルクティーを飲んで、心を落ち着ける事が出来た。
家を出る前、ディアッカにはターミナルで調べた内容をメールを送った。
きちんと話も出来なかったけれど、今はそれでいい、と思っていた。
でも。メールだけじゃなくて。
戻って来たら、でもなく、今伝える事が出来るのなら、その方がいい。
もう一度、ディアッカの顔が見たい。
直接触れて、会う事は出来なくても、どんな顔をされても、声を聞いて言葉を交わしたい。
 
 
「……これを飲んだら、ディアッカと話すわ。ここを出る前に、伝えたい事があるの。」
 
 
顔を上げてそう告げると、イザークはまた苦笑し、手早く携帯端末を操作してミリアリアに差し出した。
 
 
 
 
 
 
 
016

 

 

「手を繋いで」19話『雨宿り』でのエピソードを盛り込みました。
ミリアリアもまた、再会してからこれまでの二人について振り返り、新たな決意を固めます。

 

 

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2015,3,22up