43, 真夜中のコーヒー 1

 

 

 

 
灯りもついていない、真っ暗な執務室。
ディアッカは、軍服のままソファに寝転がり、ぼんやりと天井を見上げていた。
今日は天気がよかったのだろうか、驚く程明るい月明かりが大きな窓から差し込み、ソファに沈み込むディアッカを照らし出している。
 
 
もしもディアッカに危険が迫った時は、私が身を引きますーー。
 
 
かつてミリアリアが口にした言葉が、ディアッカの脳内をグルグル回る。
今が、その時なのか?
数時間前の通信でも、ミリアリアは同じ言葉を口にしていた。
そして、信じているから、とも。
だがそのミリアリアはあの通信の後ずっと治まっていたはずの過呼吸の発作を起こして、倒れたと言う。
きっと、自分とのやり取りのせいで、堪えていた緊張の糸が切れてしまったのだろう。
今すぐ駆けつけたい。会いたい。
あの細い体が折れるくらいに抱き締めて、誰にも見つからない場所へ閉じ込めて、隠してしまいたい。
 
 
ーーだが、そんな事など出来るはずも無い事は、ディアッカにもよく分かっていた。
 
 
どこにいても探し出して、迎えに行くと言ったのは、確かに自分で。
その言葉を忘れた訳でもないし、軽い気持ちで口にしたつもりも無い。
だが現実問題として、今の自分はここから動くことなど出来ない。
目の前には今も苦しむ兵士達がいて、ワクチンの完成まで後数日はかかる。
そしてディアッカは、隊長と言う責務を負っている。
 
今は、前にも後ろにも、動けないーーー。
だったら、どうすればいい?
ディアッカが拳を握りしめた時、ふと先程のシンの言葉が脳裏に蘇った。
 
 
『強がりに決まってるでしょ?怖くないわけないじゃないですか!
それでも守りたくて…あんたや、あんたの大事なものを守りたくて、プラントを出るってミリアリアさんは決めたんでしょ?
どうして分かんないんですか?なんで、応えてあげないんですか!』
 
 
自分を信じているから、怖くなんて無い。
そう言ってふわりと笑ったミリアリア。
ーーー怖くないはずなんて、無いのに。
優しいミリアリアが、悩まなかったはずなど無いのに。
そんなあいつに、俺は何と言った?
ただ狼狽えるだけで、シンの言う通り、行くな、強がるな、と自分の感情だけを押し付けて、あいつの想いを聞いてやることすら出来なかった。
 
「…マジ、情けねぇ…」
 
どうしてこんなに弱気になっているのか。
深い溜息をついたディアッカの耳に、かちゃり、とドアの開く音が飛び込んで来た。
 
 
 
「…シン?」
 
 
 
驚いてソファから起き上がったディアッカが音のした方を振り返ると。
そこには、先程ディアッカに怒りを露わにしたまま立ち去って行ったシン・アスカが、コーヒーカップを手に立っていた。
 
 
 
***
 
 
 
ことん、と目の前のテーブルにカップが置かれる。
無言のままディアッカを見下ろすシンに、ディアッカは戸惑いを隠せないままその無表情な顔を見上げる。
 
 
「さっきの事は謝りません。自分の事、不敬罪でも何でも処分したければどうぞ。」
 
 
ぽつりと落とされた言葉に、ディアッカは驚いた表情を浮かべた。
 
「間違ったことを言ったつもりはありません。ただ、自分に出来ることをしろ、といつも言ってる隊長が、その言葉の通りにしているミリアリアさんに何も言ってあげなかったことが悔しくて。
でも…俺にも出来ることがあるかも、と思って、戻ってきました。」
「お前に…出来ること?」
シンが何を言っているのかよく分からなくて、ディアッカは首を傾げた。
 
 
「俺が今出来ることは、こうして隊長の好きなコーヒーを淹れること。
これ飲んで、まずは落ち着いてもらって。言葉にすることで少しでも考えが纏まるなら…話してもらうこと。
いつも言ってるじゃないですか、隊長。何かあったら言えよ、って。
だから…今は俺が、隊長の話、聞きます。
俺は、エルスマン隊長の副官ですから。」
 
 
ディアッカは呆けたようにシンを見上げ。
やがて、ゆるゆると息を吐いた。
「…まさか、お前にそんなこと言われる日が来るなんてな。」
「っ…馬鹿にするなら…」
「怖いんだよ。無くすのが。」
 
不意に低い声で、ぽつりと落とされた言葉にシンは目を見開いた。
 
 
 
 
 
 
 
016

 

 
ディアッカの心に巣食う、喪失の不安。
シンの言葉をきっかけに、ディアッカは何を思い、何を語るのでしょう。

 

 

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