ジュール隊執務室に待機していたイザークの携帯が鳴った。
着信画面にはミリアリアの名前。
イザークはひとつ息をつくと通話ボタンを押した。
「…話は済んだか?」
『…うん。ごめんなさい、時間もないのに…』
「あいつは、何と?」
『…わからない。驚いてはいたと思うわ。会話もあんまり…成立しなかった。
でも伝えるべき事は伝えたわ。』
「な…それでいいのか?お前は!?」
イザークは思わず立ち上がる。
『…いいの。ディアッカなら分かってくれる。信じてるから…私は大丈夫。』
どこか抑揚に欠けるミリアリアの声。
イザークがシホを振り返ると、察しの良い彼女は既に立ち上がりエアカーのキーを手にしていた。
「今シホを迎えにやる。自宅だな?」
『うん。ひと通り部屋を片付けたら、領事館に戻るわ。それよりシホさん…いいの?忙しいんでしょう?』
「気にする事は無い。大人しく自宅で待っていろ。勝手に動くなよ?」
こんな時に、何をやってるんだ、あいつは!
イザークはシホにミリアリアの迎えを命じ、頭を抱えた。
「ミリアリアさん…」
シホは、車に乗りこんだミリアリアを運転席からそっと抱き締めた。
ミリアリアはびくりと体を強張らせたが、すぐにふっと力を抜き、こてん、とシホの方に頭を寄りかからせた。
イザークがシホを迎えに行かせた理由。
それは、同性でもありプラントでの数少ない友人であるシホにならば、ミリアリアも心に溜めた思いをぶちまける事が出来るかもしれない、と言うものだった。
そしてその読みは、当たっていた。
あれ程にディアッカだけを想い続けるミリアリアが覚悟を決めて下した決断。
その想いは、イザークにも、そしてシホにも充分過ぎる程伝わっていた。
「話して下さい。辛い時は、溜め込まないでいいんです。」
ミリアリアは心細げに揺れる瞳でシホを見つめ、頷いた。
「…怖いの。」
「…プラントを出る事が、ですか?」
ミリアリアは首を振る。
「約束を破る事が、怖いの。」
意外な言葉に、シホは目を見開いた。
「私がどこにいても連れ戻す、探し出して、助けに来てくれるってディアッカは言ってくれた。
私も、ディアッカやお父様が私のせいで危険な目に遭うような事があれば、自分が身を引くって言った。
でも…私、ずるいのよ」
「ずるい?…どうしてですか?」
ミリアリアはぽろり、とまた涙を零した。
「ひとりで勝手に決めて、結局…ここで待ってるから、って約束を守れなかった。
信じてる、って自分の気持ちを押し付けて、ディアッカの言葉なんて全部否定して。
あんなに大変な思いをしているディアッカを、悩ませて傷つけた。こんなの…ずるい。」
シホは思わず目を閉じ、拳を握りしめた。
ーーーどうしてこの人は、自分の命の危険よりもあの男の事をこうまで思いやれるのか。
「…ディアッカも疲れていたのでしょうし、急な話に動揺したんでしょう。
そんな時に、冷静な受け答えが出来るような人間はそう多くはありません。」
シホはミリアリアを刺激しないよう、静かに答えた。
二人の会話など知る由もないが、この様子ではどうやら喧嘩に発展した訳ではなさそうだ。
…後で、シンに連絡してディアッカの様子を聞いてみよう。
シホは内心でそう決めると、肩を震わせるミリアリアに向き直った。
「ディアッカは、大丈夫です。確かに今は辛いかもしれません。
でも、あの男はあなたとの約束の通り、何があろうと必ずミリアリアさんを助けに向かうはずです。
これでも長年同じ隊にいるんです。私が保証します。」
「シホ、さん…」
ミリアリアが涙に濡れた瞳でシホを見上げる。
シホは、心細げな視線を受けとめ、安心させるようにふわりと微笑みミリアリアの細い体をもう一度抱き締めた。
「私、守りたいから…。ディアッカも、シホさんやみんなも、プラントも。
でも、どうしても考えちゃうの。ディアッカに…今すぐ会いたい。触れたい。離れたくない。
だけど、私がここにいるせいでディアッカがもしいなくなっちゃったら、私…また一人、に…」
堰を切ったようにミリアリアの口から零れて行く、本当の想い。
怖くないはずなど、無いのだ。
ディアッカがそばに居ればまだしも、今彼は地球にいる。
その上彼自身も全く余裕のない状態では、聡明なミリアリアは意地でも彼に甘えたりはしないだろう。
そして現在、ワクチンはまだ開発途中だ。その事もミリアリアは承知している。
いくら信じていても、どうにも出来ない事も、あるーーー。
その事をも、ミリアリアはきっと頭の片隅で理解しているであろう。
それでも彼女は行くのだ。ディアッカへの信頼だけを支えに。
せめてディアッカにもう少しだけでも余裕があればーーー!
そう思い唇を噛み締めたシホは、ミリアリアの異変に気付くのが一瞬遅れた。
「ミリアリアさん?」
ミリアリアは浅い呼吸を繰り返し、自分の胸元をぎゅっと掴んでいた。
「ディア、ッカ…」
ミリアリアの呼吸が荒くなる。
シホは慌ててミリアリアの様子を伺った。
「ミリアリアさん!大丈夫ですか?」
「…くる、し…」
これは…過呼吸?!
過去にミリアリアが過呼吸の発作を起こした事があると以前聞いて知っていたシホは、すぐイザークに連絡を取った。
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迷って、悩んで決めたプラントからの脱出。
しかしディアッカへの想いと自らの覚悟の板挟みに苦しむミリアリアの心は乱れ…。
2015,2,25up