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『ひさしぶり、ディアッカ。』
「ああ…。お前、留学してたんじゃねぇの?サイ。」
 
 
電話の相手は、停戦後軍属を離れ、スカンジナビア共和国のカレッジに留学した、とミリアリアから聞かされていた、サイ・アーガイルだった。
 
 
『ヘリオポリス時代の友人から連絡があってさ。やっと少しみんな落ち着いたから、一度会わないかって話だったんだ。ミリィにも連絡行ってたはずだけど、聞いてない?』
「…ああ。」
『またそんな怖い声出す。もう知ってるんでしょ?』
 
くす、と電話の向こうでサイが笑う気配がした。
 
「なに?ミリィの愚痴でも聞いてやってたわけ?お前こそどうせ知ってるんだろ、今日の事。」
『んー。そうとも言えるかもしれないけど…俺的にはお説教してた、かな。』
「はぁっ?!」
 
ふてくされたままベッドに転がっていたディアッカは、サイの意外な言葉にがばりとベッドから起き上がった。
AAでは常にミリアリアを庇い、友人として彼女を支え続けていたサイが、説教?!
「せ、説教?」
『そ。せっかくカレッジ休んでまでオーブに戻って来たってのに、損な役回りだよね、俺も。』
ふぅ、と溜息を吐くサイ。
その溜息を聞いて、ディアッカは急激にミリアリアの事が心配になった。
あれだけ怒って、泣いて帰ったミリアリアはきっとひどく傷ついているはずで。
そりゃ傷つけたのは自分だけれど、サイが何をミリアリアに言ったのかひどく気になって、ディアッカはいてもたってもいられなくなった。
 
「おい、お前あいつに何言ったんだよ?」
『気になる?』
「そりゃ…まぁ」
『じゃあ、自分で聞きなよ。』
「それが出来ねーからお前に聞いてんだろうが!」
 
苛々と声を上げるディアッカに、サイはもう一度溜息を吐いた。
 
 
『……なんですぐに、そうやって臆病になって諦めちゃうのさ?ミリィも、君も。』
 
 
サイの静かで鋭い声に、ひゅ、とディアッカは息を飲んだ。
 
『あれだけミリィの事を追いかけて、ミリィも君を受け入れて。そこに行くまでは確かに種族の違いやトールって壁があったかもしれない。
でも、よく考えてみなよ。君は大切な友達が死んじゃったら、その人の事すぐ忘れられる?無かった事に出来る?
大切であればある程、何もない顔で軽く墓前に会いに行くなんて、出来ないんじゃない?』
「あ…」
 
ミゲル、ラスティ…ニコル。
ディアッカの脳裏に、もう二度と会う事の出来ない戦友達の顔が次々と浮かんだ。
 
『別にミリィだって、誘ってくれた奴らが軽い気持ちでトールの墓参りの話をした訳じゃない、って分かってると思うよ?実際あいつら、そんな奴らじゃないし。
でもさ。それでも割り切れない時ってあるでしょ?』
「……ああ」
 
自分がいたら、友人達とトールの話が出来ない。
だから自分が邪魔者だと短絡的に思ってしまったディアッカは自分の浅はかさを恥じた。
『それとね、ディアッカ。』
サイの声が不意に真剣味を帯びた。
 
 
『ミリィは、君を好きだって想いとトールの事を大切に想う気持ちは別だ、ってきっぱり俺に言ったよ。
言葉足らずで、素直な態度もなかなか取れなくてディアッカを傷つけてばっかりでどうしたらいいかわからないけど、これだけは言える、って。』
「あいつ、が…?」
 
 
 
“コーディネイターだろうがザフトだろうが、そんなの関係ないじゃない。ディアッカはディアッカでしょう?
私だって、あんたのことが好きよ?悪い?”
初めてきちんと想いを告げたAAの部屋でミリアリアが口にしていた言葉が、ディアッカの頭の中に響き渡った。
 
 
 
『そ。だから言ってやったんだ。言葉が足りないんだか何だか知らないけど、ほんの少しのすれ違いだけでそうやって臆病になって諦められちゃうくらい、ディアッカへの想いは儚いものなのか?って。』
 
 
ディアッカはその言葉に、まるで頭を殴られたかのような衝撃を受けた。
「サイ…」
『で、君はどうなのさ?こんな事でいじけて、言われるままプラントに戻ろうとするくらい、君たちの絆は壊れやすいものなわけ?』
こんな時なのにディアッカは、ふと頭に浮かんだ疑問を口にしていた。
 
「…そういやお前、俺の居場所…」
 
サイはふん、と鼻を鳴らして言葉を続けた。
『今日オーブの使節団がプラントに行く事は知ってたからね。シャトルが満席な事くらいすぐに分かるさ。一応カレッジでも各国の政治関係のニュースには目を通してるからね。
あ、ミリィにはこの事言ってないよ。だからきっと、君は最終便に乗ったと思ってるかもね。』
「な、お前…ていうか、政治関係って…」
『あれ、ミリィから聞いてないの?俺、今は機械工学じゃなくて政治学を専攻してるんだ。』
「そう、か。」
『……で?さっきの質問の答えは?』
 
ディアッカは、ぐ、と言葉に詰まる。
自分とミリアリアの、絆。互いへの想い。
 
 
 
「……サイ。悪い。俺、行くわ。これで答えになってんだろ?」
 
 
 
先程までとは明らかに違う、強い意志が込められた声。
サイがまた電話の向こうでくすりと笑うのが分かった。
 
『ミリィにも、同じ事を言ったんだけどさ。ーーー愛されるばっかりが能じゃないだろ?ディアッカ。』
 
ディアッカは目を丸くし…ふっ、と笑って立ち上がった。
「ああ、そうだな。サンキュ、サイ。」
『どういたしまして。…頑張んなよね。』
 
 
そうして通話を終わらせると、ディアッカはホテルの部屋を飛び出した。
 
 
 
***
 
 
 
ミリアリアは息を切らせながら宙港に駆け込み、電光掲示板を見上げた。
プラントへの最終便はーーー?
掲示板に表示されている言葉は短い一言。
 
 
【本日のプラント行きシャトルの運航は終了致しました】
 
 
呆然と掲示板を見上げていたミリアリアは、がっくりと肩を落とし項垂れた。
 
 
 
 
先刻の電話の主は、サイ・アーガイルだった。
明日の集まりの事かと思い、出るのを躊躇ってしまったがなんだか逃げているような気がして、後ろめたくて。
勇気を出して通話ボタンを押し、気付けば問われるがままにディアッカとの出来事を話していた。
そして、事情を黙って聞いたあと深い溜息をついたサイから告げられた言葉に、ミリアリアは息を飲んだ。
 
 
『あのさ、愛されるばっかりが能じゃないだろ?ミリィ。』
 
 
言葉を失うミリアリアに、サイは優しい声でこう続けた。
 
『言葉足らずなくらいで…ほんの少しのすれ違いだけで全部諦めて、逃げて。
そうやってせっかく来てくれたディアッカをほったらかして、部屋にこもってるの?
ミリィは本当にそれでいいの?』
 
「…わた、し…」
『そんなかよわくて、儚い絆なの?二人の間にあるものは。』
「…っ、そんなこと、ない!」
『じゃあなんでそんなとこにいるのさ?あいつが来てくれるのを待ってるの?』
「それ、は…」
 
ミリアリアは言葉に詰まる。
そう、いつだって同じことの繰り返し。
優しいあいつを振り回し、後悔して謝って許してもらって。
どうしようもないのは、私。
 
 
『あいつがどう思ったかなんて、俺にはわかんないよ?でもさ、そうやって逃げてるだけじゃ良くないよ、ミリィ。』
「…会えて、嬉しかったの。」
 
 
ぽつりとミリアリアの口から本音がこぼれ出る。
「明日の事も、あいつのことがあってもなくても行く気にはなれなかった。
まだ、そこまでトールの事、割り切れてないの。だから一人でお墓参りも行った。
でもね、でも…」
『うん。何?』
 
 
「私、いつだって言葉足らずで、素直な態度もなかなか取れなくてディアッカを傷つけてばっかりでどうしたらいいかわからないけど、これだけは言えるわ。
あいつを好きだって想いとトールの事を大切に想う気持ちは別、なの。
だから…気を使ってくれて嬉しかったけど、ディアッカと会える事だって私はすごく嬉しくて、とても大切な事なのに、トールを優先しろ、って言われてる気がして…。
ううん、違う、うまく言えないけど、あのね…」
 
 
一生懸命自分の想いを伝えようとするミリアリア。
停戦して、こうして想いを通わせあっても、互いに恋をしている二人に足りないもの。
それは、会話だ、とサイは思う。
プラントと地球と言う遠距離恋愛では、それもままならないのはよく分かる。
短い逢瀬の度にきっと二人は、ありったけの想いを伝え合っているのだろう。
それでもこうした少しばかりのすれ違いで、互いの心に不安が生まれて。
素直になれないミリアリアと、やっとつかまえた大切な女性ーーミリアリアを大切にしたいあまり、時に空回りするディアッカ。
近くにいればすぐに解決する問題であっても、この二人にはそれをする時間が圧倒的に足りない。
 
それでもーーートールを失ったミリアリアを支え、絶望の淵から引っ張り上げ笑顔を取り戻させたディアッカと、脆いけれど懸命に前を向こうと努力し、自分を支えてくれたディアッカの想いを受け入れたミリアリア。
そんな二人の絆は、決してかよわくて儚いものではないはずだから。
 
 
『ミリィ。プラントへの最終便、今からならまだ間に合うんじゃない?』
 
 
ミリアリアの小さな手が、膝の上でぎゅっと握りしめられた。
 
 
 
 
 
 
 
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第二話です。
二人への電話の主は、サイでした。
サイはやっぱりミリアリアのお兄ちゃん的存在。

 

 

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2015,2,9up