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「何度言えば分かるの?もう知らない!あんたなんてさっさとプラントに戻っちゃえばいいのよ!!」
 
 
碧い瞳に零れんばかりの涙を溜めたミリアリアは大声でそう怒鳴ると、きっ!と目の前にいる恋人を睨みつけた。
 
「……ああ、その方が良さそーだよな。どうせ俺はいない方が好都合なんだろ?邪魔者はとっとと消えますよ!」
「…っ、あんたなんて…あんたなんて大っ嫌い!ばかっ!!」
「馬鹿で結構。望み通り帰ってやるよ。最終便もまだあるだろうし?」
 
ディアッカの意地の悪い声に、ミリアリアは大粒の涙をぼろぼろと零し、さらに大声で怒鳴った。
 
 
「プラントでもどこでも、さっさと勝手に行きなさいよ!じゃ、さよなら!」
 
 
くるりと背中を向けて走り去る恋人をディアッカは黙って見送る。
引き止める気には、どうしてもなれなかったーーー。
 
 
 
 
 
「満席ぃ?」
「は、はい。生憎本日、プラントへの直行便にはオーブ行政府の視察団が乗船しておりまして…。
最速でチケットをお取り出来るのは、明日の夕方となります。」
「…んじゃ、それでいい。早く出して。」
 
ちっ、と行儀悪く舌打ちをするディアッカに、カウンターの女性は怯えながらも指定のチケットを手早く発行してくれた。
最悪な気分のままそれを受け取り、ディアッカは宙港の外に出ると、大きな大きな溜息を一つ吐く。
頭に浮かぶのは、ミリアリアの泣き顔と、投げつけられた言葉。
 
 
「…こだわっちまうのは、しょうがねぇじゃん。」
 
 
ぽつりと呟き、ディアッカはもう一度溜息を吐くと、滞在先のホテルまでとぼとぼと歩き出した。
 
 
 
 
 
ばたん!と勢い良く玄関のドアを閉めて、ミリアリアは自分の部屋まで駆け上がった。
幸いな事に両親は揃って留守で、普段と違う様子を見咎めるものは誰もいない。
 
「行かない、って言ってるのに…なんで、分かってくれないのよ、バカ…。」
 
久し振りに地球に降りてきたディアッカと二人で街を歩いている時、ヘリオポリスのカレッジでの友人に出くわしたのは本当に偶然だった。
 
「ミリィ?ミリィじゃない!」
「あ…」
 
嬉しそうに駆け寄ってくる友人に、ミリアリアは少しだけ戸惑った顔で微笑み、言葉を交わす。
「ねぇ、オーブにいるんならどうして明日来ないの?せっかくみんな集まるのに。」
ミリアリアがびく、と軽く肩を震わせるのが、背後にいたディアッカにははっきりと分かった。
さりげなく近寄り、振り返ったミリアリアに目で何事かと問いかける。
 
 
「あ、え…と。この人…?」
「あ、うん。私の連れなの。ごめんね、明日の事はもうだいぶ前に断りの連絡入れたんだけど…」
「そうだけどさ、せっかくだからケーニヒ君の所にもお参りするつもりだったのよ。でも、ミリィが来ないんならやめようか、ってみんなで言ってたの。」
 
 
ミリアリアの手が、ぎゅっと握りしめられる。
「…私は、別でお墓参りもすませたし。みんなに気にしないで、って伝えて?じゃ、私これから用事があるから。ごめんね。明日、みんなにもよろしく言っておいてね!」
 
ミリアリアは硬い笑顔のままくるり、と振り返るとディアッカの腕を取る。
「あ、おい…」
「行こ?ディアッカ。」
訝しげな表情をするミリアリアの友人を残し、二人は足早にそこを後にしたのだった。
 
 
 
 
 
「ーーー良かったのか?さっきの。」
「…うん。」
数分後、たまたま見つけた小さな公園の片隅でそう問いかけたディアッカに、ミリアリアは俯いたまま頷いた。
 
「でも、あれだろ?その…ヘリオポリスの、って…それに、墓参りだって…」
 
優しく、気遣うようなディアッカの言葉は、何故かひどくミリアリアを苛立たせる。
自分に気を使ってくれているのが痛いほど伝わってくる、優しい声。
 
「あー、もしかして…俺のせい?急な休みだったし、タイミング悪かったか…」
「ちがうわよ。別に…ディアッカのせいなんかじゃ、ないから。」
 
ついつっけんどんな口調になる自分に、ミリアリアの苛立ちはさらにつのった。
こうして気遣ってくれるのは、嬉しい。
本当だったら、ありがとう、気にしないで、と言うべきなのも分かる。
だがミリアリアの口からは、全く違う言葉が飛び出していた。
 
「いや、でもさ」
「……っ、いいって言ってるでしょ?!」
 
突然声を荒げたミリアリアに、ディアッカは一瞬目を丸くしーーむ、と表情を変えた。
 
 
「何で俺、怒られなきゃなんねーわけ?」
「しつこいからよ!トールの所には一人で行ったの!だからもういいし、明日の事はディアッカとの約束を優先させたの!それでいいじゃない?!
それとも何?一緒に行きたいとでも言うつもり?」
「はぁ?なんで俺がそんなん…」
「そんなん、って何よ!とにかく、行かないったら行かないの!!」
 
 
ああ、言いたい事がうまく話せない。伝えられない。
次第に激化して行く口論ーー売り言葉に買い言葉、ではあったが、いつもなら大抵の事は折れてくれるディアッカも、頭に血が上ったのかきつい言葉の応酬は続いた。
 
 
「まぁ、いいんじゃねーの?俺の事、恋人って友達に紹介出来ないんだもんな、お前。
そんな仲間内の集まり、行った所で話すのはあいつの事だろ?どうせ!
俺の事聞かれてなんて答えんの?また連れ?友達?知り合い?」
 
 
皮肉げな顔でそこまで口にしたディアッカは、ミリアリアの表情がさっと変わった事に気付いたのか、慌てて口を噤んだ。
 
 
そうして、冒頭の会話を経て、ミリアリアは黙り込んでしまったディアッカをその場に残し、走り去ったのだった。
 
 
 
 
 
「せっかく会いに来てくれたのに…帰れ、なんて最低よね、私…。」
 
 
こうして恋人同士になっても、どこかまだ素直になれない自分にミリアリアはただただ自己嫌悪し、着替えもせず潜り込んだベッドの中で丸くなった。
あいつ、ほんとに帰っちゃうのかしら。
オーブとプラントの間には、数本ではあるが毎日直行便も運行されている。
時計を見れば、まだ充分最終便には間に合う時間だ。
普段あれだけ優しいディアッカが、あそこまで怒ったのだ。
多分きっとーーーミリアリアと別れたその足で、彼は宙港に向かっただろう。
せっかく会えたのに。会える日を心待ちにして、何を着ていこう、どんな話をしよう、と毎日考えていたのに。
ミリアリアの瞳から、またぽろりと涙が落ちた。
 
 
と、微かに鳴り響く携帯の音に、ミリアリアはがばりとベッドから飛び起きる。
ディアッカーーー!?
慌てて部屋に放り出したままのバッグの元まで走り、ミリアリアは震える手で携帯を取り出した。
 
 
 
 
 
「……ああ、もう!」
 
 
就寝にはまだ早い、午後7時。
長期休暇を取るべく睡眠時間も削り頭も体も疲れていたディアッカは、ふて寝を決め込むべくホテルのベッドに潜り込んでいた。
だが、ミリアリアの泣き顔が頭をちらついて、眠る事も出来ない。
何度目かわからない寝返りを打ち、ディアッカはぐしゃぐしゃと髪をかき乱すとベッドからのそりと起き上がった。
冷蔵庫からミネラルウォーターを出すと一気に半分近くを飲み干す。
 
 
なぜ、あんなにもしつこく問いつめて、あんな事を言ってしまったのだろうか。
あいつの事を責めたって、どうにもならないのに。
 
 
ミリアリアが友人に自分の事を“連れ”と紹介した瞬間、ディアッカの胸がちくり、と痛んだ。
そして、聞かされていなかった友人達からの誘いの件、トール・ケーニヒの墓参りの話。
それを遮るかのように自分の腕を引き、逃げるかのようにあの場を後にしたミリアリア。
ディアッカの腕を掴むミリアリアの手は、少しだけ震えていて。
 
 
コーディネイターである自分が恋人だという事実は、ミリアリアにとって周囲に隠したくなるような事なのだろうか。
 
 
そう考えたディアッカは、いつもなら冷静に対処できるはずのミリアリアの挑発に乗り、売り言葉に買い言葉でひどい台詞をぶつけてしまった。
自分の存在は、ミリアリアにとって時に迷惑なもの、なのだろうか。
互いの想いを何度も確かめ合い、体も幾度となく重ね。
自分はれっきとしたミリアリアの恋人であるし、胸を張って彼女を愛している、と言える。
だが、ミリアリアはそうではないのだろうか。
ナチュラルのミリアリアにとって、やはり恋人がコーディネイターである事は、時にはーーー。
 
 
マイナスな考えばかりがマーブル模様のように混ざり合い、頭をぐるぐる回る。
視線を窓辺に向ければ、そこにはいつもと違う、自信の欠片も見えない暗い顔をした自分自身が映っていた。
 
「何でこんな、不安になっちまうんだろうな…。」
 
いつだって飄々と生きて来た自分。
それなのに、いざ好きな女の事になるとこれほどに弱く、臆病になってしまう。
ペットボトルをそっとサイドテーブルに置いた時、無造作にベッドに放り出していた携帯が鳴っている事に気付いたディアッカははっと顔を上げた。
 
 
「…ミリィ?」
 
 
ディアッカは大股でベッドまで戻り、携帯を拾い上げ着信画面を確認する。
そして、訝しげな表情になると通話ボタンを押した。
 
 
 
 
 
 
 
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急に書きたくなった突発小噺(にしては長い)です。
全3話となります。
冒頭からいきなり大喧嘩な二人。
それぞれがそれぞれの想いを抱えて悩む中、二人の元にかかって来た電話とは…?

 

 

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