HOME 3

 

 

 

 

ディアッカは、夜道を全速力で走っていた。
目指すのは、ミリアリアの自宅。
両親とともに暮らしていると言う事もあり、さすがに中まで入った事は無かったが、何度か家の前まで送り届けた事があったディアッカの優秀な頭脳はしっかりとそこへの道を記憶していた。
 
 
ミリアリアの家まではあともう少し。
閑静な住宅街にある、緩いカーブになっている少し長い坂を登ると、よく手入れされた小さな花壇が印象的な彼女の実家が見えてくるはずだ。
ディアッカは、夜空に浮かぶ雲を追い抜く勢いで坂を駆け上がる。
コーディネイターとは言え、ホテルからここまで走り続ければさすがに息も切れ、呼吸も苦しくなる。
つ、と汗が額から流れ落ちた。
それでもディアッカはただ、前を向いて走った。
そして坂を半分程過ぎ、緩いカーブを曲がった瞬間。
 
 
十数メートル前をとぼとぼと歩く、跳ね毛の少女の姿がディアッカの目に入った。
 
 
 
「ーーーミリアリア!!ミリィ!!」
 
 
 
辺りを憚らず、大声でディアッカは目の前を歩く少女の名を叫ぶ。
びくん!と電気に打たれたようにその小さなシルエットが震え、ぴたりと歩みを止める。
そうして数瞬の後、ミリアリアはそろそろと背後を振り返った。
 
 
 
***
 
 
 
ーーー最初は、空耳だと思った。
自分のせいで、傷ついたままプラントに戻ってしまったディアッカ。
素直になれないままぐずぐずしていたせいで、引き止める事すら出来なくて。
次にいつ会えるかも分からないのに。いつ仲直り出来るかも分からないのに。
悲しくて、情けなくてどうしたらいいかわからなくて。
だからミリアリアは、突然耳に飛び込んで来た大好きな人の声が本当のものとはどうしても思えなくて。
 
そんな…でも…まさか?
 
びくん、と体を震わせ立ち止まり、ひとつ深呼吸する。
そうしてそろそろと後ろを振り返ると、自分から十数メートルの距離に、ここにいるはずのないディアッカの姿が、あった。
 
 
「…っ」
家を出る時に咄嗟に手に取ったバッグが、ぽすん、と足元に落ちる。
ミリアリアは気付けばディアッカの元まで一直線に走り出していた。
そして、端正な顔に汗を浮かばせ、肩で息をするディアッカの胸に子供のように飛び込み、首に両手を回して力一杯しがみつく。
ディアッカも、力強い腕でミリアリアの細い体を受け止め、ぎゅっと抱き締めた。
 
 
 
「…さよなら、なんて言うなよ…」
 
 
 
耳元で囁かれた苦しげな声に、ミリアリアは碧い瞳を大きく見開いた。
それはさっき、苛立ち紛れにミリアリアが口にした捨て台詞。
 
 
「コーディネイターの俺が恋人って周りに言いづらかったら、連れでも何でも構わない。
だけど…お前の口からさよならなんて、もう二度と聞きたくない。」
 
 
咄嗟に友人の前で口にした“連れ”と言う言葉。
ただの捨て台詞のつもりで口にした“さよなら”という言葉。
それがこんなにもディアッカを傷つけていたなんて思わなくて。
自分の気持ちしか考えていなかったと改めて気付かされ、ミリアリアの瞳から堰を切ったように涙が零れ落ちた。
 
「ごめ、なさい…ごめん、なさい…っ」
 
しゃくり上げながらやっとの事でそれだけ口にするミリアリアを、ディアッカはさらに強く抱き締めた。
 
 
「違う、の…そんなつもり、ない、のっ…!わた、しっ…自分の、ことしか…考えてなくてっ…ひ、くっ、ちゃんと、明日の事も…説明、すればいいだけ、だったのに…っ」
「…うん」
「あんたに、会えるのが…楽しみ、で、うれしかっただけ、なの。っく、でも、逆にあんたに…ひっく、気を使われ、て…。ひく、でも、わたし、は…」
「…無理に喋んなくていいって」
 
 
大きな手で頭を撫でられ、ミリアリアはディアッカの胸に顔を埋める。
やっぱり上手に気持ちを伝えるのは、とても難しくて。
でも、これだけは誤解されたくない。
ちゃんと、伝えたい。
必死で頭の中で言葉を整理して、ミリアリアは顔を上げ、泣きはらした瞳でディアッカを見上げる。
 
 
「自分の恋人、が…コーディネイターなこと、っく、わたしは…ちっとも、隠すつもりなんて無い。
さよなら、なんて…わたしだって、絶対に嫌、よ?」
「ミリィ…」
 
 
薄明かりの下でも分かる綺麗な紫の瞳が、その言葉にまん丸く見開かれた。
 
「でも…っ、わたし、いつもそうやって…ひっく、考えなし、に…そういうこと、口にして…ディアッカの事、傷つけて…ほんとに、ごめんなさい…っ」
 
必死で言葉を紡ぐミリアリアの泣きはらした瞳から、また新しい涙がぽろぽろと零れ落ちて。
ディアッカはたまらず、その涙に指を伸ばした。
 
 
「俺は、お前の恋人でいて、いいんだよな?迷惑じゃないんだよな?」
「…っ、恋人で、っく、いてくれなきゃ、やだ…っ」
 
 
小さな声で告げられた言葉に、ディアッカの心から不安がすぅっと消えて行く。
そしてディアッカは、止まらない涙を拭おうともせずされるがままになっているミリアリアの唇をそっと塞いだ。
触れるだけの優しいキスを、角度を変え何度も繰り返す。
 
「…俺の部屋、帰ろ?ミリィ。」
「…うん」
 
なぜディアッカが最終便に乗らずここにいるのか。
ふと疑問に思ったミリアリアだったが、それすらも今はどうでも良かった。
ディアッカの部屋でちゃんと向かい合ってーーーお互いに誤解やすれ違いがあればそれも解いて、なぜ自分があんなに苛立ってしまったのかも、うまく言えないかもしれないけどきちんと話そう。
 
 
そしてディアッカもまた、ミリアリアと同じようなことを考えていた。
サイの言う通り、愛し、愛されるだけが能じゃない。
売り言葉に買い言葉で喧嘩になるのはいつものこと。
それでも、自分のミリアリアに対する想いは変わらないから。
いじけて拗ねて、臆病になっているままじゃなく。
こうして向かい合って、ちゃんと話そう。
そうやって、分かりあっていけばいいのだから。
 
 

道に放り出しされていたまんまだったバッグを拾い上げたディアッカが、ふわりと微笑んでミリアリアに手を差し出した。
 
 
「…俺もごめんな。さっき、つい不安になっちまって…きつい事言った。」
「…ううん。私も、ひく、ごめんなさい…」
 
 
ミリアリアはそっとディアッカの手に自分の手を預けた。
片手にミリアリアのバッグを持ち、もう片手でミリアリアの手を取ったディアッカは、そっと長い指を絡める。
「行こうぜ」
そして、自分を見上げたミリアリアの唇に隙あり、とばかりにひとつキスを落とすと、やっと泣き止んだ愛しい少女は少しだけ頬を赤くした後、何か思いついたような表情になる。
そして、ポケットからハンカチを取り出すとディアッカの顔の汗を優しく拭った。
 
「…汗、かいてる…。たくさん、走ったの?」
「…まぁな。…サンキュ」
 
突然の行為に、少しだけ照れて目を泳がせるディアッカを見上げ、ミリアリアは花のようにふわりと微笑んだ。
 
 
「迎えに来てくれて、あの…ありがとう」
 
 
その笑顔と言葉に、ディアッカはぽかん、とミリアリアを見下ろし。
ふわり、と微笑み、もう一度ーーー今度は涙の跡が残る頬に唇を落とした。
 
 
 
 
 
 
 
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全3話、いかがでしたでしょうか?
先日移動中の車内で、ラジオからたまたま流れて来たのがB’zの『HOME』でした。
私、この曲(と言うか歌詞)大好きで!
この曲をモチーフに小噺書こう!と思い立ち、突発的に仕上げたのがこちらの物語です。
歌詞になぞらえつつ、どんな展開にするか悩みながら書いたので色々と穴があったり
分かりづらい所があるかもしれません;;
自己満足な作品ですが、皆様に少しでもお楽しみ頂けたら幸いです!

 

 

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2015,2,10up