38, 過去の傷跡 1

 

 

 

 
コンコン、と軽やかなノックの音が部屋に響き、シホはジュール隊隊長室のドアを開けた。
 
「こんにちは、シホさん。」
「忙しい中ごめんね。イザーク、戻ってるかな?」
「はい。わざわざご足労頂き恐縮です、アーガイルさん。ミリアリアさん。」
 
目の前に立つ、オーブの濃紫の首長服を纏ったサイとその後ろに立つミリアリアに、シホはにこりと微笑み入室を促した。
 
 
 
帰途につこうとしたミリアリアを咄嗟に引き止めたのは、オーブにいるであろうノイマンとサウンドオンリーで通信をしていたサイだった。
ノイマンから自分やイザークに大事な話がある、と言われたミリアリアは、アパートに帰る前にここジュール隊の隊長室にやって来たのだ。
「俺は、彼とはほぼ面識がないんだがな…。」
訝しげな顔をするイザークに、サイはくすりと微笑んだ。
「まぁね。でも向こうが君をご指名なんだ。話した事くらいはあるだろ?」
そう言ってシホが用意した通信機器に手早くサイはコードを入力する。
程なくしてスクリーンにノイマンの姿が映し出された。
「…ちょっと、ここって…!」
ミリアリアの驚いた声に、シホが首を傾げる。
「どうしたんですか?ミリアリアさん。」
 
 
「ノイマンさん!どうしてAAのブリッジにいるんですか?!」
 
 
ミリアリアの声に、イザークとシホは言葉を失ったままモニタを凝視した。
『さすがだな、ハウ。…ああ、呼び方を変えた方がいいか?』
「そのままで大丈夫です。アマギさんもそう呼んでくれているので。」
くすり、とミリアリアが笑う。
ノイマンも、ほんの少し微笑んだ。
 
 
『そうか。では、早速だが話に入らせてもらう。ジュール隊長、多忙の中申し訳ない。オーブ軍第二宇宙艦隊所属、アーノルド・ノイマン一慰です。』
「ザフト軍ジュール隊隊長、イザーク・ジュールです。
…あなたがそこにいるという事は、オーブはAAを動かした、と取っても?」
 
 
単刀直入に投げかけられたイザークの問いに、ノイマンは複雑な表情になった。
 
『…オーブ軍から“正式な”通達は出ていない。今回我々がここにいるのは、まぁ…いわゆる独断に近い形だ。』
「な…」
 
イザークの驚きように、サイは思わず笑みを漏らす。
自分たちやディアッカは何度となく目にしているからともかく、マリュー・ラミアス艦長のあの思い切りの良さは、普通の軍人には理解しがたいものなのだろう。
 
 
『カガリ様を拉致した犯人は、私の姉、というのはもうご存知でしょう?
昨日姉から私宛に通信がありました。今日はその事をお話したく、こうして無理に時間を作って頂きました。」
「話が出来たんですか?姉上殿と』
イザークの言葉にノイマンは頷いた。
『…ええ。だから、あなたに話がしたかったんです。』
「お…私に?」
訝しげな表情のイザークの後ろで、シホが表情を引き締めた。
ノイマンが、モニタの向こうからイザークをじっと見つめる。
 
 
『今回の事件の、動機についてです。
ーーー姉は、先の大戦時、ザフト軍の行った戦い…パナマで、婚約者を亡くしました。』
 
 
ミリアリアの目の前が、一瞬暗くなった。
 
 
 
「パナマ…で?」
イザークの表情が苦しげに歪む。
あれはおよそ四年前、ディアッカがAAに捕虜として身を寄せていた頃。
クルーゼ隊で唯一生き残った赤服として、イザークもあの戦いに出撃していた。
そして目の当たりにした、虐殺とも言える行為。
無抵抗のナチュラルを構わず屠っていく自軍の兵に、イザークは内心嫌悪感すら感じていた。
 
ディアッカがいたら、こんな時どうするのだろう。
そんな風に考えた事を思い出す。
 
『姉は…婚約者を殺され、心を病んだそうです。…元々、ブルーコスモスの思想に傾倒していた人でした。
私は軍に入り家を離れてしまっていたので、直接姉に会ったのはヘリオポリスに赴任するよりも前です。
そして現在はオーブに亡命した身でありますから、顔を見て話をしたのは5年以上ぶりでした。』
「それで、私たちコーディネイターを…」
シホが痛ましげに呟く。
 
 
ミリアリアやサイと違い、連邦軍においてそれなりの肩書きを持っていたノイマンやマリューは、自軍を裏切ったとして今もなお処罰の対象だ。
オーブに亡命しているのは既に周知の事実だろうが、オーブ軍属となった彼らを引き渡せ、と迫る程の余裕も連邦軍にはないのだろう。
それに、カガリがそれを許す筈もない。
 
 
「ノイマンさん。セリーヌさんは、単独で今回の犯行に及んでいる訳ではありませんよね?その事について、何か聞いていませんか?」
 
 
サイの落ち着いた声。
イザークはふと我に返り、モニタの向こうのノイマンに目を向ける。
 
「…協力者がいる、と言っていた。」
「協力者?」
 
おうむ返しに言葉を発したイザークに、ノイマンは複雑な表情で頷いた。
「自分の境遇を知って、復讐に手を貸してくれた人がいる、と。そして…自分はその話を受諾した、と言っていた。」
「協力者って…ブルーコスモス絡みかな?無差別にコーディネイターに攻撃をしようと考えるのなんて、あいつら位しか…」
そう言って首を傾げるサイ。
だが、イザークの頭には、別の答えが浮かんでいた。
 
 
「ハウとエルスマンの結婚についても、地球でも大きく報じられたからな。当然姉も知っているはずだ。
だからハウを寄越せ、と言っているのかもしれないな。と言っても、そこまで話す前に通信は切られてしまったが。」
 
 
言いづらそうに言葉を続けるノイマンに、ミリアリアは微笑んだ。
「気を使って頂かなくても大丈夫です、ノイマンさん。
そういった風に思う人達がいるってこと、私もディアッカも承知の上ですから。」
コーディネイターとナチュラルと言う種族を乗り越えての結婚。
ふたつの種族の架け橋と言われる反面、互いを忌み嫌う主義を持つ者達に取って、それは憎悪の対象でしかない。
以前婚姻届を提出する為、新婚旅行も兼ねてオーブに降りた時にも、嫌という程思い知らされたその事実。
だがミリアリアもディアッカも、その件については既に乗り越えていた。
 
「いや…それだけじゃない。」
 
低い呟きに、ミリアリアはイザークを振り返る。
 
 
 
「それは巧妙に隠された罠だ。ノイマン一慰。あなたの姉君に協力者がいるんじゃない。
姉君が、協力させられて…利用されているんです。俺やディアッカを狙う輩に。」
 
 
 
ミリアリアの脳裏に、黒いカードに書かれたメッセージが浮かんだ。
 
 
 
 
 
 
 
016

弟であるノイマンに通信を寄越したセリーヌ。
その言葉から、そしてイザークの言葉から“あの方”の存在がだんだん
色濃く浮かび上がり始めます。

 

 

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2015,1,29up