37, 愛しい人

 

 

 

 
一心不乱に端末に向かいキーボードを叩いていたミリアリアは、突然鳴りだした通信のベルに驚き、びくりと体を震わせた。
「はい、ハウで…ディアッカ!」
慌てて受けた通信の、モニタの向こうに。
ミリアリアがずっと心配していた、大好きな夫の姿があった。
 
 
「お待たせ。ごめんね、忙しい時に」
『そっちこそ。ずっと領事館に泊まってんだろ?体、平気か?』
アマギの計らいで別室で通信をさせてもらえる事になったミリアリアは、疲れているであろうディアッカの為に急いで通信機器をセットし話を始めた。
いつも通りに振舞っているが、ディアッカの顔に色濃く滲む疲労。
ゆっくり、休ませてあげたい。
ミリアリアは、こんな時にそばにいられない事が酷くもどかしかった。
 
『ラクスやイザークとも連絡取った。お前の事、ちゃんと話しておいたからさ。
何かあれば遠慮なくあいつらに連絡しろよ?』
「うん…私は平気よ。今のところ何もないし。それよりディアッカは?そっちはどうなってるの?」
 
 
ディアッカは一つ息をついて、まっすぐにミリアリアを見つめた。
 
 
「そっちで起きた事件の経緯は聞いた。ノイマンさんの身内が犯人らしい、ってことも。
ーーー俺は、こっちでウィルスに感染した奴らの治療にあたってる。医療班に混じって。」
「え……」
ミリアリアは驚きに碧い瞳を大きく見開いた。
タッドの話では、問題のウィルスは遺伝子操作の度合いによって感染した後の症状がかなり違うらしい。
それが本当であれば、人より緻密な遺伝子調整を施されているディアッカは、最も感染に気をつけなければいけない筈で。
「ディアッカ…でも、万が一感染したら…」
心配のあまり顔を曇らすミリアリアに、ディアッカは安心させるように微笑んだ。
 
 
『大丈夫だから。ちゃんと対策は講じてるし、オーブで連絡を受けて防護服を着用してこっちに戻ってきた。
俺は医療の知識もあるし、外科系に秀でた軍医よりこういうケースに馴染みもあるしな。』
「…そう、なの?」
『遺伝子学の権威の息子って肩書きは伊達じゃねぇよ。だから…何も心配すんな。』
 
 
いつもと同じ、優しい声と笑顔。
自分を安心させようとしてくれている、と分かったミリアリアは、にこりと微笑んで頷いた。
 
 
 
「…うん。ディアッカがそう言うなら、大丈夫だよね?」
 
 
 
本当は、泣いて縋ってでも止めたかった。
少しでも危険から遠いところにいて欲しい。
特に自分がすぐにそばに行けない、こんな時は。
だがディアッカは隊長としてカーペンタリアに赴任している。
軽く見えてその実責任感の強いディアッカは、その責務を全うすべく、頑張っているのだ。
ミリアリアと言う存在がある以上、いたずらに危険に身を晒す人ではない。
それでも果敢に困難に立ち向かい、自分の出来ることをしているディアッカを目の当たりにして、自分は何が出来るだろう、とミリアリアは思った。
一方ディアッカはミリアリアの様子に安心したのか、柔らかく微笑み、頷いた。
 
 
『そ。だからミリィは何も心配しなくていいから。OK?』
「…うん。」
 
 
疲れ果てているディアッカに、少しでも安心してほしい。
休息の合間をぬって顔を見せてくれた事が、緊張で張り詰めたミリアリアの心を溶かしてくれた。
だから、今は笑顔で。
ミリアリアが笑えば、ディアッカは安心してくれる。
 
 
「それより…ディアッカの方がよっぽど大変なんでしょう?
時間を作ってちゃんと休んでね?」
『ん。さすがに俺もキツいしな。でもとりあえず、マジで感染の危険性はないはずだ。
軍医も俺も相当厳重に防護しながらあいつらの様子を見てるから。
それに、親父がラボでワクチンの開発に取りかかったんだろ?だったら、そう時間もかからず特効薬が出来上がると思う。』
 
 
タッドとは、事件の日以来話をしていない。
きっと今頃、懸命にワクチンの生成に取り組んでいるのだろうと思うと、ミリアリアから連絡をする事も憚られた。
ーーあの人は、メールを読んでくれただろうか?
ふとそんな事を思い出したミリアリアは、ディアッカに告げなければいけない大切な事を思い出し、慌ててモニタの向こうのディアッカを見つめた。
 
 
「…うん。あの…あのねディアッカ…」
 
 
ラクスから託されたターミナルの許可書の件。
ディアッカと人生を共にする、と決めた時点でラクスに預けたそれを、また使う事になるかもしれない。
いや、使う事になるだろう、とミリアリアは考えていた。
嘘をつきたくはない。
だからちゃんとディアッカに言わなければ、とミリアリアが口を開こうとした、その時。
 
『隊長!すみません!リアンの容態が急変しました!』
 
ディアッカの背後から、ディアッカを呼ぶ切迫した声が聞こえてきた。
 
 
『防護服貸せ!すぐ行く!』
さっと表情を変えて指示を出すと、ディアッカはモニタ越しに振り返った。
 
『悪い、俺、行かないと。また連絡するから、お前は何も心配すんな。…気をつけろよ。』
 
「…うん。ディアッカも気をつけてね。」
ミリアリアは、同じようなことしか言えない自分を情けなく思いながら通信を終わらせた。
 
 
 
 
そして、翌日。
ミリアリア達は相変わらず、オーブとの連絡や調整、今後の対応などの協議に追われ、領事館に缶詰状態だった。
ディアッカとの通信は、昨晩の一度きり。
きっと今も、不眠不休で医療班とともに兵士達の治療にあたっているのだろう。
イザークから、何かあればシンに伝言すればいい、と言われてもいたが、そのシンも、ミリアリア達と同じくワクチン開発を前提に作戦会議を重ねており、通信ひとつままならない状態らしかった。
 
 
「館長、よろしいですか?」
改まったミリアリアの言葉に、アマギだけでなくサイも顔を上げた。
「なんだ?どうかしたのか?」
「今夜、一度帰宅しても宜しいでしょうか?…こんな時に申し訳ないのですが。」
「構わないが…」
 
「…自宅の端末に、過去の資料を保存しているんです。それを元に、ターミナルに入って、情報を集めてみようと思います。」
 
アマギは優しく微笑み、頷いた。
「…不安だとは思うが。許可する。今日はもう帰宅しなさい。
ここの端末を持ち帰れば、自宅でもこちらとやり取りが出来るだろう?」
その言葉に、ミリアリアは黙って頭を下げた。
 
 
 
 
 
 
 
016

ディアッカとの短いやり取りを経て、ターミナルの利用を決意したミリアリア。
奮闘するディアッカの姿を見て、ミリアリアも“今出来ること”を懸命に探します。

 

 

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2015,1,27up