36, 誰? 

 

 

 

 
『ディアッカさん。ご無事で何よりです。』
「ありがとうございます。そちらもご無事で何よりです。」
モニタの向こうで柔らかく微笑むラクス・クラインの姿に、ディアッカも自然と微笑んだ。
 
 
まだディアッカがザフトに入隊する前から、プラントの歌姫ーーアイドルとして自らの姿を観衆の前に晒し続けたラクス・クライン。
その天使のような歌声と美貌は、多くの人々を癒し続け、二度の大戦を終えてもなお、ラクスの言葉はプラント全土に大きな影響を与える。
ディアッカはラクスと共に戦火をくぐり抜けて来た経緯もあり、彼女の年相応の無邪気な姿もそれなりに知ってはいるが、当時と全く違った立場に置かれている今、こうして差し向かって話すこと自体最近は稀であった。
 
 
『イザークと話をした?ディアッカ』
 
 
ラクスの隣に立つキラの言葉に、ディアッカは我に返った。
「ああ。そっちで起きた事件の内容は聞いた。この後ミリィにも連絡するつもりだ。あいつ、総領事館にいるんだよな?」
キラは物憂げに微笑み、頷いた。
『うん。一応今回の件はまだ公にはされていないんだけどね。オーブの行政府にはもちろん連絡が行ってるから、そっちが大変みたい。みんな泊まりがけで対応してるよ。』
オーブ総領事館は、人員を増やすと言いつつもなかなかそれが実現せず、当初就任した三名で全ての業務を切り盛りしている。
それはひとえにそれぞれが優秀である事の証でもあるのだが、この状況下で激務に追われるミリアリアを思い、ディアッカの胸がぎゅっと締め付けられた。
 
 
「ディアッカさん。まずはカーペンタリアの状況をご説明頂けますか?」
 
 
ラクスの凛とした声に、ディアッカは居住まいを正した。
 
 
 
 
 
先程イザークにしたのと同じ話を繰り返すディアッカに、ラクスとキラは真剣な顔で聴き入り頷いた。
 
『そちらの状況は分かりました。現在エルスマン議員を中心に、フェブラリウスでウィルスの解析が進められています。
議員のお話ですと、あれだけのデータがあれば数日のうちにワクチンの生成が可能では、との事でしたが…』
「多分、手こずってるんでしょうね。ああいうものはちょっとした事ですぐ先が見えなくなる。
予定通りに事が進めば、プラントの医学はもっと発達してます。」
 
父の遺伝子学に対する情熱は、ラボの職員は別として、息子であるディアッカが一番良く知っている。
きっと不眠不休に近い形で、今もワクチンの生成、開発を続けているのだろう。
 
 
『ワクチンさえ出来れば、こちらもカガリさんの救出に動く事が可能になります。
ミリアリアさんをプラントから出さずに事を進める為にも、わたくしたちも可能な範囲で支援をしています。』
 
 
ラクスの言葉にディアッカは少しだけ目を見開いた。
ミリアリアを、プラントから出すーーー。
 
「そういう、話も出てるって事…ですか」
 
確かに、一番早い解決策はあちらの要求の通りミリアリアを引き渡し、オーブ総領事館を撤退させる事だ。
カガリさえ無事に戻れば、犯人検挙の後、時間はかかるかもしれないが国交の回復も可能であろう。
だが、それはミリアリアを命の危険に晒す事。
ディアッカに取って最もあり得ない選択肢で、今の今までひとかけらも考えた事の無い事であった。
 
 
『いいえ。わたくしたちはミリアリアさんを全力で守ります。
プラント側がそのような決断を下す事はあり得ませんし、このわたくしが許しません。』
 
 
決然としたラクスの声に、ディアッカはそっと詰めていた息を吐いた。
そして、一番尋ねたかった話を切り出す。
 
「ラクス嬢、今回の事件、あなたはどうお考えですか?」
 
率直なディアッカの言葉に、ラクスの表情がふわりと緩んだ。
 
『ディアッカさん。…以前のようにお話して頂けませんか?』
「は?」
 
きょとん、とするディアッカに、キラがくすりと微笑む。
 
 
 
『昔のあなたは、わたくしに対してそのように堅苦しい言葉遣いではありませんでしたわ。
立場は違えど、わたくしは今でもミリアリアさんの友人であり、その夫であられるあなたとも同じ関係だと思っています。…ですから、ね?』
 
 
 
小首を傾げて微笑むラクスの言葉をようやく理解したディアッカが、今度はゆっくりと息を吐き出す。
緊迫した状況の中で、知らず知らずのうちに固くなっていたディアッカの体がゆっくりと解れて行った。
 
「…了解。で、ラクス嬢。今回の事件、俺は例の“あの方”が一枚噛んでるんじゃないかと思ってる。
イザークも同じ意見だ。」
 
ラクスの水色の瞳が、すっと真剣な色を帯びた。
『……わたくしも、そう考えています。と言いますか、多分“あの方”がこの事件の黒幕と言って間違いは無いでしょう。』
「キラは?」
ディアッカはキラに視線を移す。
 
『…ミリィを指名して来た時点で、もしかして、とは思ったんだ。相手の狙いはよく分からないけど、二年前のメッセージの事を考えると、君たち二人に何か仕掛けてくるつもりだろうな、って気がしてたから。』
「やっぱり…そうだよな。」
 
“あの方”の狙いは、ディアッカとミリアリアを引き離す事。
同じメッセージがイザークにも届いているという部分に引っかかりを覚えるが、今起きている事件に関しては、自分たち二人を引き離す事が目的の一つなのだろう。
 
 
『あとね、ディアッカ。イザークから聞いたかもしれないけど…』
「イザーク?何だよ?」
 
 
少しだけ言いにくそうに戸惑った表情になったキラにディアッカは続きを促した。
 
 
『カガリを拉致した犯人の素性はもう、分かってるんだ。
セリーヌ・ノイマン。ドイツ出身の女性で…アーノルド・ノイマンさんの実の姉、だって。』
「ーーーは?アーノルド、って…AAの操舵士の、あのノイマンさんの?」
 
 
ディアッカの紫の瞳が大きく見開かれる。
『うん。…これが偶然なんて事、もうあり得ないでしょ。全ての要素が、君かミリアリアに繋がってる。』
キラの言葉に、ディアッカは口に手を当て思案に耽る。
ミリアリアが二度の大戦で乗艦し、ディアッカ自身もバスターと共に仲間として戦った艦、AA。
その艦の操舵士であるノイマンの、姉が犯人?
 
ディアッカの脳内で、一つの考えがパズルのように整然と組合わさって行った。
 
 
「…間違い、なさそうだな。今回の件、“あの方”が確実に関わってる。」
『やはり、そう思われますか。』
 
ラクスの綺麗な声に、ディアッカはずっと聞かなければと思っていた事を思い出す。
「そうだ、ラクス嬢。オーブにいるミリィの両親の事だけど。実は…」
ディアッカが先日オーブを訪れた際に感じた不穏な気配の事を話すと、ラクスは表情を引き締めて頷いた。
 
 
『…ご安心下さい。ミリアリアさんのご両親の元には、今年に入ってから新たに護衛を送り込んでいます。
確かに、不審な人物の報告も受けてはおりますが、何事も無く今に至っておりますわ。』
「今年に入ってから…?って事は、おい、もしかして…」
 
 
ラクスはすまなそうな表情になり、助けを求めるようにキラをそっと見上げた。
『あのねディアッカ。…実は、バルトフェルドさん達の調査、あれからずっと続いてたんだけど。
それで、今年に入って少し進展があって。
だからミリィのご両親には、早々に護衛をつけたんだ。…ごめんね、黙ってて。』
「な…」
ディアッカは言葉を失い、モニタの向こうの二人をただ見つめた。
 
 
『“あの方”の特定には…まだ、至ってはおりません。ただ、目星は…ついています。
そして、その件に関する情報はわたくしとカガリさんとで共有しています。』 
「姫さんと?」
意外な人物の登場に、ディアッカは思わず目を見開く。
『はい。オーブにいらっしゃるミリアリアさんのご両親の件もありますし…必要な、事なのです。多分。』
 
 
 
「ーーなぁ、ラクス嬢。いや、ラクス。“あの方”って、誰?」
 
 
 
ディアッカの低い、声。
ラクスはじっとモニタ越しにディアッカの紫の瞳を見つめる。
『まだ、お伝えする事は出来ません。』
「なんでだよ?」
『それも…言えません。』
「は?」
『ディアッカ!』
キラの声に、ディアッカははっと我に返った。
ラクスは恐らく、“あの方”の正体について何らかの情報を掴んでいる。
そしてそれは、カガリも同じだろう。
何故、当事者である自分やイザークにそれが知らされないのか、ディアッカには分からない。
 
 
『とても大事な、問題なのです。簡単にはお伝えする事の出来ない…』
「当事者である俺たちにも、って事?」
『…ディアッカ、ごめんね。ラクスもカガリも、本当に何回も話し合って来たんだ。
だから、もう少しだけ待ってほしい。ミリィの事は、君がいない間、絶対に僕たちが守るから。
ディアッカはまず、無事にプラントに戻る事だけを考えて動いてほしいんだ。
じゃなきゃ…また、ミリィが…悲しむから。』
 
 
キラの言葉に、かつてのミリアリアの姿を思い出したのか悲しげに俯くラクス。
悄然とする歌姫の姿に、ディアッカの頭がすっと冷えた。
 
 
「…ラクス、悪かった。」
『…いいえ。お怒りになるのは当たり前ですもの。ですが、どうか信じて下さい。その時が来たら、必ずディアッカさんとイザークさんには真実をお伝えします。
どうかそれまで、ご自分の安全を第一に、無事な姿をミリアリアさんに見せてあげて下さい。』
 
憂い顔で、それでもふわりと微笑んで首を振るラクスに、ディアッカは決意を込めた瞳を向けた。
「俺はあいつを一生かけて守ると誓った。…トール・ケーニヒにな。
だが、今すぐミリアリアの元には戻れない。キラ、ラクス。ミリアリアを…頼む。」
そう言って頭を下げるディアッカに、二人はしっかりと頷き目を見交わした。
 
 
 
 
 
 
 
016

黒幕である人物の正体を朧げながら掴んでいたラクス。
クルーゼ隊時代まで遡る因縁を思い、はっきりとした事は言えずにいます。

次は、ディアッカとミリアリア、二人のお話が繋がります!

 

 

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2015,1,21up