壊れた時計 3

 

 

 

 
その日の戦闘は、幸いな事に小競り合い程度で終わった。
だが、執拗に攻撃を繰り返す連合の新型機は、応戦するMSよりむしろその母艦であるAAをも狙って来ていたようで。
先日同様危うく被弾する所だったAAは、ノイマンの神懸かり的な操舵とバスターの的確な援護射撃によって事なきを得ていた。
だが代わりにバスターは新型機の放ったビームが左腕部をかすり、小破した状態で帰艦した。
ディアッカに怪我は無かったものの、クルー達は皆揃って肝を冷やしたものだった。
 
 
 
 
 
「……嬢ちゃん、何やってんだ?」
 
 
誰もいないと思っていた格納庫の片隅。
床に膝をついて何かを探していたミリアリアは、マードックの訝しげな声にびくりと体を震わせ、慌てて立ち上がった。
「ちょっと…探し物を。」
「あいつの時計ならもうそこには無かったぜ?戦闘が終わって戻って来た時点で無かった。
かなり揺れたから、きっとどっかに…」
「ち、違うんです!」
ミリアリアは気まずげにポケットから何かを取り出した。
 
ーーーそれは、先程ミリアリア自身が投げ捨てたはずの、あの腕時計だった。
 
 
 
「…さっきのは、嬢ちゃんが悪かった、な?」
 
 
 
腰に手をあて、苦笑しつつもそう口にするマードックをミリアリアは見上げーーー唇をきゅっと噛むと、こくり、と頷いた。
「あいつがジャンク屋の所に行ったのって…これの為、ですよね?」
「ん?ああ…ま、そうだな。あいつも相当気にしてたからなぁ。」
「気にして…?」
不思議そうに首を傾げるミリアリアを、マードックはつい優しい表情で見下ろす。
…坊主が惚れちまうのも、無理ねぇな、こりゃ。
 
 
「時計が壊れたのも火傷させたのも、俺がAAを守りきれなかったせいだ、ってな。
その時計は、壊れてたのをあいつが譲り受けて、こっちに戻ってから直して動くようにしたんだ。」
「そんな…!ディアッカは…」
 
 
ミリアリアは時計を握りしめたまま言葉を失い、立ちつくした。
ディアッカのせいなんかでは、断じてないのだ。
今までだって被弾する事は何度もあったし、今回はたまたまそれが電気系統のトラブルに繋がっただけで。
バスターは後方支援機として、フラガの駆るストライクの後ろーーAAのすぐ近くにいて、ストライクを援護しながら同時にAAを守ってくれている。
ディアッカの正確な射撃により、AAを狙って発射されたミサイルはほぼ撃ち落とされていた。
たまたま今回は、それをすり抜けた一発がAAに当たってしまっただけでーーーディアッカのせいなんかじゃ、ない。
 
 
「俺だってそう言ったさ。お前はよくやってくれてる、ってな。フラガの兄貴だってそうだ。
それでもあいつは納得しなかった。M1のシステムについても、それで機体の性能が向上するなら、ってあいつが買って出たんだぜ?」
「そう…なんですか?」
 
 
AAをーー好きな女を守りたい、とただ願う、初恋も知らなかったコーディネイターの少年。
ジャンク屋に時計はあるか、と真剣な表情で問われ、自分で見て来い!と背中を叩いたマードックとしては、先程のミリアリアの行為に憤りを覚えなかったと言えば嘘になる。
だがこうして戦闘が終わり、やっと出来た時間を使ってこの場所に戻って来たミリアリアを見て、そして大事そうに手にした時計を見て、その憤りは瞬時に消えて行った。
 
ーーー素直になれないのは、お互い様ってとこか。
 
恋人を無くして間もないミリアリアと、本当の恋を知ったばかりのディアッカ。
噛み合わないのは、必然なのかもしれない。
 
 
「あいつはもう部屋に戻った。ここには来ないだろうから、早いとこ用事をすませちまうんだな。
…で、嬢ちゃん、何してたんだ?ここで。」
ミリアリアはその言葉に、しょんぼりと俯いて小さな声でぽつぽつと話しだした。
「私が投げつけたからか…これ、壊れちゃってて。部品が足りないみたいなんです。
だから、ここのどこかに部品が落ちてるんじゃないか、って思って…探してたんですけど、見つからなくて…。」
「時計の部品?」
そんな小さなものを、この少女は一生懸命探していたと言うのだろうか?
この広い格納庫で、戦闘が終わって疲れている体で。
「はい。それが無いと多分、動かないから…。」
「あいつに頼めばどうにかなるんじゃねぇのか?」
暗に、ディアッカの事を指し示した言葉に、ミリアリアは切なげに微笑み首を振った。
 
 
「あんな最低な真似した私が、もう一度時計を直してほしい、なんて言えないです。
…私、これでも機械工学を学んでたんですよ?だから、部品さえ見つかれば何とか自分で直します。
それで、あいつにもきちんと謝って、お礼も言います。」
 
 
マードックさんはもう休んで下さい、そう言って再び床に蹲るミリアリアを、マードックは苦笑とともに眺めた。
…案外いい線行ってるんじゃねぇのか?坊主のやつ。
「……それ聞いちまったら、とてもじゃねぇけど質のいい睡眠は取れねぇなぁ。」
そう言ってミリアリアの頭をぽん、と叩くと、顔を上げマードックを見上げた綺麗な碧い瞳がまんまるに見開かれた。
 
 
 
***
 
 
 
「あー…なんか、だりぃ」
 
翌朝、シャワーを浴び、いつもの格好に着替えたディアッカは、食堂へと向かって歩いていた。
…あいつ、いるかな?
つい頭に浮かぶのは、昨日気まずいまんまになってしまったミリアリアの事。
あの時計にそんな意味があるなんて知らなかったディアッカは、自分の力不足で怪我をさせてしまったと言う思いだけでジャンク屋から動かない時計を調達し、足りない部品もその場で揃え修理した。
青みががった深い紺色の文字盤に、キャメル色のベルトの時計。
修理をしながら、文字盤の一部に星の形をした金色の石が一粒嵌め込まれている事にディアッカは気付き、その控えめなデザインをあいつは気に入ってくれるのではないか、と嬉しくなった事を思い出す。
 
だがーー結果は散々で。
床に投げつけられた時計を見たディアッカは、まるで自分の想いを投げつけられたかのように感じ、少なからぬショックを受けた。
だが、事情を知ればそれも無理はない、とも思った。
きっと壊れた時計は、死んでしまった恋人からのプレゼントか何かだったのだろう。
…やはり、自分の入る隙間など、どこにも無いのかもしれない。
少しだけそんな風に自嘲するディアッカだったが、不意にぽん、と背後から肩を叩かれ慌てて振り返った。
 
 
「おはよ、ディアッカ」
 
 
そこには、サングラスの奥の目を細めて笑う、サイの姿があった。
 
 
「んだよ…びっくりさせんなよ。」
「挨拶もなしにそれ?…まぁ、いいや。あのさ、食事の前に格納庫に来いってマードックさんが。
じゃ、ちゃんと伝えたからね!」
「はぁ?!いきなりかよ?」
「そう。…早く行った方がいいよ?」
「へいへい。じゃーな。」
ひらり、と手を上げ足早に格納庫へ向かうディアッカの背中を眺め、サイはくすり、と微笑んだ。
 
 
 
 
 
 
 
007

大人なマードックからしたら、DMの関係性ってきっともどかしかったり
するんでしょうね。
やっぱり時計を気にしてちゃんと持ち去っていたミリアリアですが、
その後どうなったのでしょう…。

 

 

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2015,1,2up