壊れた時計 2

 

 

 

 
「マードックさん、新しいシステムって…これがそうですか?」
ミリアリアが休憩から戻ると、サイからマードックが呼んでいる、と聞かされ、そのまま二人は格納庫に来ていた。
 
 
「ああそうだ。クサナギのM1にあるシステムをGシリーズに流用出来そうだって話になってな。
で、とりあえず試験的に運用を開始しようと思うから、兄ちゃん達に一通り確認してもらいたい。」
 
 
サイもミリアリアも管制官の任についている。
だから、こうして新システムが運用されたら実際に触って知識を得るのだ。
「そういや嬢ちゃん、火傷はもう大丈夫かい?」
意外な人物からの意外な言葉に、ミリアリアは驚いて顔を上げた。
 
「え?なんでマードックさん…」
「坊主がな。心配してたから。」
 
ミリアリアはきょとん、とマードックの顔を見上げて。
そうして、マードックの言葉の意味を理解するとぽん!と顔を真っ赤に染めた。
「だ、大丈夫です!どっちかと言うと軍服が駄目になっちゃったくらいで、私は全然っ!」
「ミリィほら、こっちチェックしてよ。…そう言えばディアッカ、まだ戻らないんですか?」
動揺するミリアリアを見かねたサイが、くすくす笑いながら端末の電源を入れた。
「ああ?いや、もう戻ってるぜ?目当てのブツも手に入ったらしいし…」
 
 
「あ!いた!お前らこんなとこで何やってんだよ?」
 
 
背後から聞こえた声に、ミリアリアは思わず落としかけた端末を危うい所で掴んだ。
「お前さん達が導入するシステムの検証中だ!邪魔すんなよ?坊主」
マードックの言葉にディアッカはちょっとだけ目を見開き、すっ、とミリアリアの隣にやってきて手にした端末を覗き込む。
「これ、俺がアップデートしたやつ?」
「ああ。お前さんがいてくれてこっちは大分楽させてもらってるよ。何せ仕事が早いしな!」
「あのさー、俺これでもプログラミング得意だって言ってんじゃん!いい加減信じろっつーの!」
 
そう言えば、言語解析ソフトといいこのシステムといい、確かに目を見張るものがある。
今まではこういった仕事はキラがひとりでやって来たが、今そのキラはエターナルに行ってしまった。
その分ディアッカに負担が行っているのかと思うと、ミリアリアは少しだけ複雑な気持ちになった。
 
「ミリアリア。これやるよ。」
「え?」
 
ぼんやりしていたミリアリアの手に、ぽん、と何かが落とされた。
「なに……」
手の中のものに視線を落としたミリアリアは、碧い大きな瞳を見開き、無言で固まる。
 
 
ディアッカがミリアリアの手に落としたもの。
それは、キャメル色の革ベルトに小さな濃紺のフェイスの、シンプルな腕時計、だった。
 
 
「お前、こないだの戦闘で腕時計壊れたんだろ?これだったら女物だしお前の好みにも合いそうで…」
「ディアッカ…あの」
俯いたままのミリアリアに気付き、サイが少しだけ慌てたように、ディアッカの言葉に割って入ろうとした、その時。
 
「…らない」
「え?」
「こんなの、いらない!!」
 
ミリアリアは思わず、手にした腕時計を格納庫の床に投げつけていた。
固い床に時計がぶつかり、嫌な音を立てる。
ディアッカはミリアリアに時計を渡した体勢で、驚きに目を見開き体を強張らせた。
「な…」
「余計な事しないでよ!何よ!何で…どうして?」
「ミリィ!」
サイがおろおろと二人の間に割って入る。
 
 
「あの時計は…トールとの思い出が詰まってるの!他には無い、代わりになるものなんて無い時計なの!
あんたに何が分かるのよ!」
「な…だからって、投げる事無いだろーが!」
「うるさい!いらないんだからどうだっていいでしょ!」
「っ…」
 
 
きっ、とディアッカを睨みつけ、碧い瞳に涙を溜めるミリアリアだったが、言葉を詰まらせたディアッカの表情が悲しげに曇るのを見て、はっと我に返った。
だが、ずっと気に病んでいたトールとの思い出の時計について触れられたミリアリアの口からは、ディアッカを傷つける言葉がすらすらと零れて止まらない。
 
 
「と、とにかく!いらないったらいらない!自分用にでもしたらいいんじゃないのっ?!」
「おい、嬢ちゃん」
 
 
それまで黙ってただ成り行きを見守っていたマードックが口を開いた瞬間。
艦内に警報が鳴り響き、敵襲を告げるマリューの声がスピーカーを通じて格納庫にこだました。
 
 
「…っ、坊主、何してる!早く着替えてバスターに行け!」
「え?あ、ああ」
ディアッカは俯いてしまったミリアリアと、床に転がった時計に目をやり、切なげに目を細める。
「ディアッカ!マードックさんも早く行って!俺たちもブリッジに戻るから!」
サイの言葉にマードックは頷き、自分の持ち場へ戻るべく素早い動作で移動する。
ディアッカはもう一度だけ時計に目をやり、サイに向き直って小さく頷くと、床を蹴りバスターのある方へと消えて行った。
 
「ミリィ…」
「ごめん、サイ。すぐ追いかけるから先にブリッジに行っててくれる?」
 
警報が鳴り響く中、ミリアリアは俯いたままサイにそう告げる。
「…分かった。でも、俺たちにもやる事がある。あんまり遅くならないようにね。」
「分かってるわ。…ごめん。ちょっとしたら追いかけるから。」
「うん。じゃあ俺、先に行くよ。」
 
 
サイが床を蹴り、ディアッカ達とは反対方向にあるドアへと消えて行く。
その場に誰もいなくなった事を確認すると、ミリアリアは床に投げつけた時計の所まで歩み寄り、じっとそれを見下ろした。
「…余計な事、しないでよ…」
ぽつり、と呟き、ミリアリアは床の時計に背中を向け、ドアに向かって走り出した。
 
 
 
 
 
 
 
007

ミリアリアの時計が壊れてしまった事に気付いていたディアッカ。
そして、ディアッカがくれた時計を激情のまま投げ捨ててしまうミリアリア。
ディアッカの悲しげな様子が切なさを誘います…。

 
 

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2015,1,2up