壊れた時計 1

 

 

 

 
激しい戦闘が終わり、ミリアリアはほっと息をついた。
サイはミリアリアの後ろで、艦に戻るストライクとバスターの誘導をしている。
 
「あ…」
「え?どうかした?ミリィ」
 
背後から掛けられたサイの声に、ミリアリアは慌てて首を振った。
「な、なんでもないの!ちょっと、今の戦闘で火傷しちゃって…」
「ミリアリアさん?!」
その言葉が聞こえていたのだろう。艦長席からマリューが驚いた顔でこちらを振り返った。
 
 
ザフト軍の機体が放ったビームがAAの艦体を掠め、機械系統にトラブルが発生した。
目の前のモニタが火花を散らし、ミリアリアは咄嗟に両手で顔を庇っていたのだが、その時にどうやら傷を負ってしまったらしい。
よく見れば、軍服の袖にも少しだけ焼けこげた跡があった。
 
 
「ミリアリアさん、ここはもういいから医務室へ。」
「いえ!あの、火傷って言っても全然たいした事ないんです。それより…軍服、少しだけ焦がしちゃったんですけど…」
 
そう言って小さくなるミリアリアに、マリューは優しく微笑んだ。
 
「まだ倉庫にストックがあった筈だから、そっちの心配は無用よ。
…そうね、じゃあミリアリアさん、もう少し落ち着いたら、倉庫に自分の軍服を取りに行ってくれる?あと、念の為火傷も診てもらうこと。艦長命令よ?」
「…はい。ありがとうございます。」
 
こんな戦場には似つかわしくないくらいに優しい艦長の言葉に、ミリアリアはにこりと微笑んで頷いた。
 
 
 
 
「…やっぱり、壊れちゃった…」
灯りをつけても薄暗い倉庫の隅で、ミリアリアはがっくりと肩を落とした。
その手にあるのは、ミリアリアがヘリオポリスにいた頃から愛用していた腕時計。
トールと一緒に買った、思い出の品だった。
 
『ミリィにはこういうのが似合うんじゃない?』
 
そう言って屈託なく笑う、トールの顔。
もう二度と見る事の出来ないその顔を思い浮かべ、ミリアリアの碧い瞳に涙が浮かぶ。
火花をもろに食らった時計は、フェイスのガラスがヒビで真っ白になり、お気に入りだった花の刺繍が入ったベルトも焼けこげて切れかけていた。
フェイスがこんなになるほどの衝撃だ。
もしかしたら時計の中身も壊れているかもしれない。
 
戦争中で、ミリアリアのいる場所は宇宙で。
時計を直す術ももちろん、無い。
普段は管制用のモニタに設置された時計を見ているから、この時計がどうしても必要という訳ではなかったけれど。
ミリアリアにとってこの時計は、実用性よりもトールとの繋がり、という意味で大切なものだった。
 
 
「戦争が終わったら…直せるかな」
「何がだよ?」
「きゃ…!」
 
 
いきなり背後から聞こえた声に飛び上がる程びっくりして、既に探し出していた予備の軍服をぎゅっと抱き締め振り返ると。
そこには、つい先程まで激しい戦闘の最中にいたバスターのパイロット、ディアッカ・エルスマンの姿があった。
 
 
 
「火傷したんだって?医務室行ったのかよ?」
少しだけいつもより高圧的な声に、ミリアリアの反抗心がむくむくと沸き上る。
「…そうよ。でも、誰に聞いたのか知らないけど、全然たいした事ないから!それより軍服の袖がちょっと焦げちゃったから、新しいのを取りに来ただけよ。
あんた戦闘で疲れてるんでしょ?さっさと食事して休んだら?」
「…さっき被弾した時?」
ディアッカの、いつになく真剣な声。
「そ…そう、だけど。あの時電気系統にトラブルが起きて、管制のモニタから火花…」
「手、見せて」
ぐい、と乱暴に腕を掴まれ、ミリアリアは目を見開いた。
 
 
「ちょ…やめてよ!大丈夫だって言ってるでしょ?」
 
 
しかしディアッカはミリアリアの腕を掴んだまま、その小さな手に握られている壊れた時計にじっと目を落とした。
 
「…何コレ?」
「…っ、さっきの衝撃で壊れたの!いいから離してよ!」
 
トールとの大事な思い出のつまった時計を“コレ”扱いされて、ミリアリアの頭にかっと血が昇る。
そして咄嗟に、備品の棚にあった腕時計を手にとった。
「新しい時計も持って行くから!だからもういいでしょ?あんたは大変だったんだから、早く休みなさいよね!」
そう言ってぷい、と顔をそらし、ミリアリアはディアッカの手を振り払うとその脇をすり抜け、急ぎ足で出口に向かう。
 
「……火傷、医務室でちゃんと見てもらえよ」
 
ミリアリアの背中に投げかけられた、言葉。
しかしそれに返事をする心の余裕は、今のミリアリアには無くて。
ディアッカを倉庫に残したまま、ミリアリアは無言で居住区に走り去った。
 
 
 
 
 
数日後。
休憩に向かう途中、通路にある小さな覗き窓からバスターが発進する姿が見え、ミリアリアは驚いて足を止めた。
「え…?戦闘、じゃ無いわよね?」
コンディションレッドは発令されていない筈。
ミリアリアは慌てて近くの内線に飛びつき、ブリッジにいるサイに連絡を取った。
 
『ミリィ?どうしたの?』
「あの…今、バスターが発進したでしょ?もしかして戦闘、とか?」
 
受話器の向こうで、サイがくすりと笑ったのが分かった。
 
 
『違うよ。ディアッカはクサナギに用事があって向かったんだ。
ジャンク屋が来てるみたいでさ。何か必要なものがあって探しに行ったんじゃない?』
「あ…そう、なんだ」
 
 
その言葉に何故かひどく安心したミリアリアは、サイの問いかけに我に返った。
 
 
『ミリィ、どうしてバスターの発進に気付いたの?』
「あ、うん。たまたま窓から外を見てて、バスターが見えたから…」
『…ふぅん。そっか。まぁとりあえず大丈夫だから、食事してゆっくり休みなよ。』
「うん。ありがと、サイ」
 
 
静かに受話器を戻し、ミリアリアは食堂には行かずそのまま自室に戻った。
ベッドにぽふん、と座り、先日壊れてしまった時計をスカートのポケットから取り出す。
ディアッカと倉庫で遭遇した際、勢いで持って来てしまった時計は引っ込みがつかないままミリアリアの手首に巻かれている。
しかし男物の時計はミリアリアの細い手首にはどうしても大きく、一番きつい場所でベルトを留めてもくるくると回ってしまっていた。
ミリアリアは溜息をつき、腕から時計を外すと無造作にベッドに放り投げる。
そして壊れてしまった時計をそっと胸に抱き締め、仰向けにベッドへと倒れ込んだ。
 
 
 
別に、時計なんて、どうしても必要な訳ではないのだ。
時間ならいくらでも目の前のモニタで確認出来るし、艦内には至る所に壁掛け時計が設置されている。
ーー必要なのは、トールとの思い出。
最近ミリアリアの心の中の多くを占めるようになって来た、紫の瞳に金髪のコーディネイターにこれ以上トールの場所を奪われない為の、しるし。
 
 
 
数週間前倒れた時感じた、ディアッカの優しさ。
それに甘えてしまったミリアリアは、いつの間にかどんどん自分の心の中にあの優しい声と温かい手が入り込んで来ている事を嫌でも自覚していた。
 
ーーーあの時、結局熱が下がるまで、ミリアリアは数日をディアッカの部屋で過ごした。
初日こそなし崩しに添い寝を許したミリアリアだったが、予想に反してディアッカはその翌日、隣のベッドで休んでいた。
いつしか添い寝を当然のように考えていたミリアリアはそんな自分に愕然としーー恥ずかしさのあまり、ブランケットを頭から被り壁を向いて眠ったのだった。
 
何故あの時、医務室に戻らずディアッカの部屋で過ごしてしまったのだろう。
自分の感情が制御出来なくて、どうしたいのかもよくわからなくて。
ミリアリアは壁を向くように寝返りを打ち、目を閉じた。
 
あれからミリアリアは、食事も少しずつ摂れるようになり、浅いながらもきちんと眠れるようになった。
疲弊し切っていたミリアリアの心を癒してくれたのは、少なからず、彼のおかげ、なのだ。
 
 
ディアッカ、いつ帰ってくるのかしら…
 
 
少しだけ寂しいと感じている自分に気づかないふりをしているうちに、いつしかミリアリアはうとうとと微睡んでいたーーー。
 
 
 
 
 
 
 
007

新年一発目は、9000hit御礼小説となります!
(ほんとは大晦日にupしようと思ってたんですが…ごにょごにょ)
8000hit「おはよう、がんばって」の後に続くお話です。
戦闘中にミリアリアの目の前の機器から火花が散るシーンがあって、そこからふと
思いついたお話になります。
全4話ですが、新年ですし(笑)一挙にup致します!
AA時代のもどかしい二人を楽しんで頂ければ幸いです!

 

 

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2015,1,2up