壊れた時計 4

 

 

 

 
「あれ…誰もいねぇじゃん。」
ドアを開けたディアッカは、人気のない格納庫に首を傾げた。
 
「お、来たな。坊主。」
ドアの開く音に気付いたらしいマードックが、隅の作業スペースから顔を出した。
「親爺!何で俺だけメシ抜きで呼ばれる訳?」
「こら、静かにしろ!いいからこっち来い。」
「はぁ?」
 
訝しげな表情のまま、それでも言われた通り作業スペースに近づいたディアッカは、目の前に広がる光景に気付き、息を飲んで絶句した。
 
 
 
小さな机に散らばる、細かい部品や精密ドライバー達。
そしてそこには、質素なパイプ椅子に座ったまま机に突っ伏して眠る、軍服姿のミリアリアが、いた。
 
 
 
「な…え…?」
「お前の想いは通じた、ってことだ。…この件に関しては、だがな。」
「…は?」
呆然とするディアッカに、マードックはにやりと笑ってその肩をばしんと叩く。
 
 
「昨日の戦闘終了後、嬢ちゃんはひとりでここに戻って、自分が投げつけたせいで無くなっちまった時計の部品を探してた。
それを見つけるのに3時間。そっから時計を直すのに3時間。
動作確認したら数分で眠っちまってなぁ…。
だがよ、さすがにひとりでこんな場所に寝かしとけねぇだろ?」
 
 
ミリアリアの腕には、昨日ディアッカが手渡した時計がきっちりと巻かれ、ちくちくと時を刻んでいた。
 
 
「機械工学を学んでた、ってのは伊達じゃねぇみたいだな。大分手こずってたが、結局しっかり直しやがった。ま、俺も大分手ほどきはしたがな。
しっかし…とんでもねぇ嬢ちゃんに惚れたもんだな、お前も。」
「なっ…!親爺!」
「起床時間は過ぎちまってるけど、若い女の子が1時間足らずの睡眠じゃさすがにかわいそうだろ?
てことで、交代だ。キリのいいとこでお前が起こしてやってくれ。」
「お、俺?!」
狼狽えるディアッカを尻目に、マードックは大あくびをして二人に背を向けた。
 
「俺も仮眠取ってくるからよ。さすがにこの歳で徹夜はきついぜ。…じゃ、頼むな?」
「お、おい、ちょっと!」
すたすたとそこから立ち去るマードックと、すやすやと眠るミリアリアを交互に眺め、ディアッカは呆然とするしかなかった。
 
 
 
 
暖かい何かがふわり、と肩を覆い、ミリアリアはその心地よさに思わずうっとりとした。
そう、何だか寒かったのよね…ブランケット、蹴り飛ばして寝ちゃったのかしら…?
アラーム、聞こえなかったけど…今、何時だろ?
ミリアリアはゆっくりと目を開く。
 
 
その視界に入って来たのは、心配そうに自分を見つめるディアッカの顔、だった。
 
 
「…あ、れ?おはよ…。何、してるの…?」
半分寝ぼけているミリアリアに、ディアッカははぁぁ、と溜息をついて肩を落とす。
「お前…無理し過ぎだろ」
「…え?あれ、え…あ!」
ぴょこん!と音がしそうな勢いで顔を上げたミリアリアは、自分の肩にかけられた赤いジャンパーに気付き、驚いてディアッカを見上げた。
 
「え、と…マードックさんは?」
「仮眠しに戻った。」
「仮眠、て…い、いま、何時?!」
「腕についてるだろーが。それ見ろよ。」
「へ?あ、そっか」
 
ミリアリアは自分が直した時計に目を落とす。
どうやら遅刻は免れそうだ、とほっとしたのもつかの間、回転を始めたミリアリアの脳に今度は昨日のアレコレが一気に蘇ってくる。
 
「あ、あの、ディアッカ…」
「…なんだよ」
 
いつもよりぶっきらぼうな、返事。
一瞬ひるんだミリアリアだったが、そっと左手に嵌めた腕時計に指を滑らせ、意を決してディアッカを見上げ口を開く。
 
 
「昨日は、ごめんなさい。あと…腕時計、ありがとう。ちゃんと、直したから…あの…」
 
 
ディアッカはそっぽを向いたまま、何も答えない。
それが、照れていて何をどう答えたらいいかわからないからだ、などと全く気付かないミリアリアは、怒っているのだと勘違いし言葉を濁してしまう。
 
「こ、壊れた方の時計はね、あの、ヘリオポリスでトールとたまたま入った雑貨屋さんで買ったの。
でもそんな事サイとキラしか知らないし、私の勝手な思い入れでディアッカの好意を踏みにじっちゃって…あの…ほんとに、ごめんなさい…。」
 
「ーーー気に入った?」
「へ?」
 
そっぽを向いたディアッカの口から零れた言葉に、ミリアリアは間抜けな声を上げる。
「それ。気に入ったのかって聞いてんの。」
ミリアリアはきょとん、と腕に嵌めた時計を見下ろし、こくこくと頷いた。
「うん。あの…この、端っこの小さい星が、金色でかわいいな、って…」
その瞬間、そっぽを向いていたディアッカがはっとした表情でミリアリアを振り返った。
 
「な、な…に?」
「……そ、か。なら、いい。良かった。」
「…うん。」
 
見つめ合ったままの二人の間に、突如訪れる沈黙。
「…時計、ありがとう。だいじに、する…ね。」
気付けばするりとそんな言葉が、ミリアリアの口から飛び出していた。
と、それまで強張ったままだったディアッカの表情が変わり、目を見開いた後、ぱぁっ、と嬉しそうな笑顔を浮かべて。
ミリアリアの心臓が、どきん、と跳ねた。
 
「…ああ。」
 
やっとまともに返事をしてくれたディアッカに、ミリアリアは何故か心底安心する。
そして、ふと思い出してスカートのポケットから昨日まで着けていた時計を取り出した。
 
 
「これ、あげる。」
 
 
差し出された時計をディアッカは目を丸くして見つめる。
「あんた、時計してないじゃない。倉庫にはもう余分はないし、私が持ってても、大きくて使えないから。
…私が昨日まで使っちゃってたから新品じゃないし、あの、いらなければ…」
「いる。もらう。」
ミリアリアの言葉を遮る形で即答したディアッカは、差し出されたままだった時計をそっと手に取った。
 
「ほんとに、いいのかよ?コレ。」
「だって…作業中、やっぱりないと不便でしょ?ずっとそう思ってはいたんだけど、聞きそびれちゃってて。」
 
ディアッカはするりと時計を腕に巻いた。
ミリアリアの温もりが残る腕時計は、軍の支給品だけあってシンプルだが、ディアッカの腕にはしっくりと馴染んだ。
 
 
「わぁ…やっぱり、あんたがすると似合うわね。私じゃ大きくて、全然役に立たなかったのに。」
 
 
そう言ってふわりと微笑むミリアリア。
滅多に見る事の出来ないそのかわいらしい笑顔に、ディアッカの胸が痛い程に高鳴った。
この笑顔は、自分だけに…ディアッカだけに、向けられたもの。
そしてこの時計も、ミリアリアが初めて自分にくれたもの。
 
 
「…メシ、行かない?」
嬉しくて仕方ないはずなのに、ぽろり、と口から零れ出たのはそんな言葉で。
俺ってこんな不器用だったっけ?とディアッカは心の中でくすりと笑う。
 
「え、まだ食べてないの?」
「だって親爺に呼び出されたんだもん」
「んもう…じゃあ早く行きましょ!私も急がないとサイに迷惑かけちゃう!あ、マードックさんにもお礼言わなくちゃ。」
 
そう言って立ち上がったミリアリアは、自分の肩にかけられたディアッカのジャンパーをそっと差し出す。
 
「…これも、ありがとう。あとね、こないだ被弾したのはディアッカのせいじゃないのよ?だから、そういうの、気にしちゃだめよ?」
 
突然告げられた言葉に、ディアッカの目が見開かれた。
 
 
「バスターがAAの近くにいてくれるから、私もみんなも安心出来るしフラガさんだってキラだって前に出て戦える。
だけど、どうしたって全部は防ぎきれない時もあるでしょ?そう言う事もそうだし、あんたがいつも頑張って戦ってくれてるの、私もみんなもちゃんと分かってるから。
…いつも、守ってくれてありがとう、ディアッカ。」
 
 
そう言って、にっこり笑ったミリアリアをディアッカはただ見つめる事しか出来なくて。
「…ねぇ、聞いてる?」
不思議そうに首を傾げるミリアリアに、ディアッカははっと我に返って頷いた。
 
 
「あ、ああ、うん。聞いてた。」
「そ。ならいいんだけど。…ねぇ、食堂行かないの?」
「ああ…うん。あ、あのさ…」
「え?」
「コレ…時計、もそうだし、サンキュ。…いろいろと。」
 
 
守ってくれて、ありがとう。
例えその言葉が、ミリアリアだけでなく皆の言葉を代弁したものだとしても。
ミリアリアからその言葉を告げられた事が、ディアッカは何より嬉しかった。
守りたい、という想いがほんの少しでも、伝わった気がして。
そして自分の腕に巻かれた時計も、ミリアリアの腕にある金色の星が光る時計も、ディアッカの心を温かくしてくれて。
 
 
「行こうぜ?早くしねーと食いっぱぐれちまう。」
「えー。それはないわよ!…ちょっと冷えてるかもしれないけど。」
「うぇ。冷や飯はもう勘弁なんだけどなぁ…」
「私だって嫌よ!ね、早く行きましょ?」
 
気の利いた言葉ひとつ言えない自分をちょっとだけ情けなく思いながらも、ディアッカはミリアリアの言葉にくすりと笑い、格納庫を出ると二人並んで食堂へと歩き出した。
 
 
 
 
 
 
 

007

9000hit御礼小説、いかがでしたでしょうか?
ミリアリアがディアッカにあげたこの時計が、「心を重ねて」14話 指輪と時計 
で出てくるものになります(●´艸`)
そして、ディアッカがミリアリアの為に調達したこの時計もまた、7777hit御礼小説
「メリークリスマス」にちょろっと出てくるものです。
ディアッカは、本当に嬉しかったんですね。
だって、このあと2年以上ずっとこれを使い続けてるんですもんね。
そして今回、マードックさんがとにかくいい仕事してくれてます(笑)
フラガさんとはまた違った視点でDMを見守る、素敵な兄さんです!!
そしてディアッカの純情っぷりに、書いていてキュンキュンしてしまいました(●´艸`)
ミリアリアに対してはとことん不器用なディアッカと、天然で殺し文句をばんばん放出する
ミリアリアもまたイイですねvvv

あっという間に9000hitを超え、次は10000hitです。
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2015,1,2up