仮面舞踏会 8

 

 

 

 

「…ミリアリア」
 
 
後ろから声をかけられ、ミリアリアの体が固まる。
セルゲイのくれた言葉は嬉しかったが、先程の光景がミリアリアの頭から離れた訳ではなかった。
 
 
「……なんなのよその格好。せめてそのバカみたいな仮面くらい取ったら?注目集めすぎてて恥ずかしいんだけど。」
「しょーがねぇじゃん。証拠保全だ。」
「意味が分かんないわよ!」
「こっち向けよ」
「嫌。」
「…本気で思ってんの?俺が浮気したって。」
「だって目の前で見たもの。ルージュの痕だってしっかりついてるじゃない。それこそ立派な証拠保全だわ。」
 
 
じわり、と浮かんだ涙を見られたくなくて、ミリアリアは頑に背中を向け続ける。
 
「…ああもう!いいからこっち向け!!」
いつの間にか近くに来ていたディアッカにぐい、と肩を掴まれ強引に振り返らせられる。
その衝撃で、ミリアリアの瞳に溜まった涙がぽろりと零れた。
「はなして、よ…」
こんな場所で、こんなシチュエーションで涙を流してしまった事が悔しくて、でも追いかけて来てくれた事も本当は少しだけ嬉しくて。
嫌なら肩を掴む手を振り払って逃げる事だって出来る筈なのに、ミリアリアは俯いて泣く事しか出来ない。
 
 
「やだ。離さない。だって俺、お前しか要らないもん。」
 
 
不意に落とされた言葉に、ミリアリアの心臓がどくん、と音を立てる。
「っ…!じゃあ、何で嘘なんてついたのよ?!」
「嘘なんかついてねぇって。もうすぐ証明してやるよ。」
「え…?」
涙に濡れた瞳で思わずディアッカを見上げたその時。
 
 
「ディアッカ!ミリアリアはどうした!?」
 
 
搭乗口にいきなり現れた残りの不審者ーーーいや、聞き覚えのある声と雰囲気、だが格好はディアッカのそれと大差ないイザークとシホの姿に、ミリアリアを始め、周囲でおそるおそる成り行きを見守っていた客と、先程から不審者を追跡し、介入のタイミングを見計らっていた警備員達も、ぽかんと口を開けて絶句した。
 
 
 
 
「ラクスから与えられた、特殊任務…」
「そう。まぁ、いわゆる…潜入捜査、だな。」
 
 
あれからイザークとシホが警備員にザフトのIDカードを提示し、ディアッカは危うい所で事情聴取を免れた。
あの怪しげな格好で宙港とその周りを走り回ったのだから無理は無いが、そこはさすがザフトの精鋭部隊の隊長と副隊長。
 
「特殊任務だ」
「ご協力感謝致します」
 
仮面の向こうから覗く鋭い眼光ときっぱりとした一言で警備員を黙らせ、思考停止状態のミリアリアを引きずるようにその場をあとにした一行は、ディアッカの「ミリィこんなだし、俺たちこれで帰るから。あ、この羽根と仮面だけ隊長室に置いといてくんない?」の一言であっさり解散した。
そしてミリアリアは今、白いスーツ姿のディアッカに手を引かれ、ゆっくりとアパートへの道を並んで歩いていたのだった。
 
 
ミリアリアはそっと半歩先を歩くディアッカを見上げる。
あの羽根マフラー(やはりミリアリアにもマフラーにしか見えなかった)と仮面が無くなっただけで、先程とは印象が大分変わっている。
少なくとも不審者ではなく、ただの派手な人、レベルにはなっていて、チェックのマフラーにショートコート、ワンピースにブーツ姿というミリアリアが一緒に歩いても、まぁそれほど違和感は、無い。
 
 
「さっきのあいつらのカッコ、見たろ?あれが証拠。まぁ、俺のカッコもだけどさ。」
「うん」
「潜入先が仮面舞踏会の会場だったんだ。それで、ラクス嬢が用意した衣装がコレ。
さっきお前が見たのは、シャツについたルージュの痕をシホに確認してもらってた時だと思う。」
「…うん。」
「ルージュがついたのは、首謀者の居場所を聞き出すとき、ちょっとだけそいつの奥さんに近づいたから。
あ、でも天に誓ってお前を裏切るような事はしてねーぜ?まぁ多少…甘い言葉の一つやふたつは口にしたのもホントだけどさ。」
「……うん。」
 
 
ディアッカがそこまで話し終えた時、ちょうど二人はアパートに到着した。
「お前、手冷たいまんまだなー。そんなカッコしてるからじゃねーの?」
自分の格好は棚に上げ、そんな事を言いながらロックを解除するディアッカを、ミリアリアはそっと見上げた。
 
 
どうしよう。疑っちゃった事、謝らなきゃいけないのにーーー!
 
 
先程から話しているのはディアッカばかりで。
ミリアリアはきちんと話も聞かぬまま浮気を疑ってしまった罪悪感に萎れきって、ディアッカに謝るタイミングを逃してしまっていた。
ーーー離さない。だって俺、お前しか要らないもん。
先程のディアッカの言葉が、ミリアリアの頭の中をぐるぐる回る。
 
かちゃり、と玄関のドアを開け、二人は部屋の中に入る。
「なんだよ、灯り、つけっぱーー」
ふいに後ろから回された手に、ディアッカは驚いて頭だけ後ろを振り返る。
そこには、自分の背中に顔を埋め、回した手に力を込めぎゅっとしがみつく、ミリアリアの姿。
 
 
「ミリ…」
「ごめん、なさい」
 
 
くぐもった声での、小さな謝罪の言葉。
「ちゃんと話聞かないで…早とちり、してっ…勝手に浮気なんて疑って…わたし…あの…」
どんどん涙声になって行くミリアリア。
自分たちの姿に驚いてぼんやりしてるのかと思っていたディアッカは、それが罪悪感によって萎れていたせいなのだとようやく気付き、困ったように微笑んだ。
そしてそっとミリアリアの冷たい手に、自分の大きな手を重ねる。
 
 
「俺もごめん。てっきりあの男にナンパされて、腹いせに着いてっちまったのかと思って、さ」
「そんなことっ…しない…っ」
「…うん。そうだよな。俺も浮気なんかしねーもん。だって俺にはミリィがいるんだし?」
「わたし、だって…っく、ディアッカしか、要らない…もん」
 
 
泣きながら告げられた、ミリアリアの言葉。
ディアッカの心がふんわりと温かくなり、気付かぬうちに張り詰めていた神経が柔らかく解されて行く。
 
「ミリィ。ちょっといい?」
 
そっと自分にしがみつく腕を解かせ、ディアッカはくるりと振り返るとミリアリアを横抱きに抱き上げた。
「きゃ…!」
「あのさ、俺色々洗い流したりしたいんだよね。だから一緒にシャワーいこ?」
任務のせいとは言え、他の女の匂いを付けたまま、ミリアリアを抱き締めるなんてしたくない。
しかしディアッカは、一刻も早くミリアリアを抱き締めて、その冷えた体を温めてやりたかった。
 
「ひっく、え、でも、ごはん…」
「そんなの後でいいじゃん。」
 
ミリアリアを抱いたまま行儀悪く足でバスルームのドアを開け、ディアッカは優しく床にその体を降ろし、ミリアリアの服を脱がせて行く。
そして自分もさっさと来ていた服を脱ぎ捨てると、ミリアリアの手を引きバスルームへと連れ込んだ。
「ディア…きゃ…」
コックをひねって勢い良くシャワーから熱い湯を出すと、ディアッカはその下にミリアリアを引っ張り込み、荒々しく唇を奪った。
「ん…ん!」
熱い湯に打たれながら、二人は角度を変え、貪るように舌を絡め合い、何度も唇を重ねる。
 
 
「は、ぁ…」
 
 
やっと唇を解放されたミリアリアは、ディアッカの腕の中で小さく吐息を漏らした。
「俺は、こういうキスもそれ以上の事も、お前にしかしない。お前がいればそれでいい。」
碧い瞳をじっと見つめながら、そう言い聞かせるように言葉を落とすと、ディアッカの頬に小さな手が伸ばされ、今度はそっとミリアリアから触れるだけのキスを贈られた。
「…ごめん、ね?疑って」
ディアッカはふわり、と微笑み、やっと温まって来た華奢な体をぎゅっとその腕に閉じ込めた。
「もう、いいから。怒ってないし。俺もごめんな。ややこしい事してびっくりさせて。」
腕の中でふるふると首を振るミリアリアは、まるで幼い子供のようで。
俺、本当にこいつの事が好きなんだな、と今さらのようにディアッカは実感する。
愛しくて、守りたくて、たまらない。
 
 
「ディアッカ…だいすき」
「俺も。ミリィ、大好き」
 
 
そう言って恥ずかしそうに自分を見上げるミリアリアに同じく素直な想いを伝え、今度は額にちゅ、と音を立てて唇を落とすと。
ミリアリアは嬉しそうに、ディアッカの大好きな、花のような笑顔を浮かべた。
「やっと、笑った」
自分だけに向けられる、その笑顔が嬉しくて。
決して広くはないバスルームの中で、ディアッカはミリアリアを強く抱き締め、再びその唇を奪った。
 
 
 
 
 
 
 
ma01

最後…最後、甘っっ!!!
ギャグタッチはどこかへ飛んで行ってしまったようです;;
ちょっと書き始めたらどんどん甘い方面へ加速度的に転がって行ってしまいました。
ぴぷ様、最後が激甘&微裏ですみません(大汗)
結局のびのびで全8話となりましたが、お楽しみ頂けましたでしょうか?
結局の所、ラブラブなんですよね(●´艸`)
二人にはいつまでもこんな喧嘩をしてもらいたいものです。

6666hit、本当にお待たせしてしまって申し訳ありませんでした!
リクエストを下さったぴぷ様、いつも応援ありがとうございます!!
そして、同じくいつも当サイトに足をお運び下さっている皆様にも
大変感謝しております。ありがとうございます!!
長編の方もこれからバタバタと展開して行く予定ですので、更新は
ゆっくりめですが気長にお付き合い頂ければ幸いです。

これからも、当サイトをよろしくお願い致します!

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