仮面舞踏会 7

 

 

 

 

ーーー見てはいけないものを見てしまった…。
 
 
イザークとシホの胸に去来する思い。
猛り狂うディアッカを想像して、二人の顔から血の気が引く。
先に口を開いたのはシホの方だった。
 
 
「…もちろんこの事は“隊長が”ディアッカにお伝えするんですよね?」
 
 
ずい、と携帯電話を突きつけられ、イザークは目を白黒させる。
「な、お、おい!」
先程の殊勝なシホはどこへ行ったのだろう?
イザークは女という性の奥深さを垣間見た気がした。
 
「私には無理です。出来ません。隊長がお願いします。隊長なら出来ます、絶対。だって隊長ですから。」
   
シホのよく分からない激励に、イザークはごくりと唾を飲み込む。
ーーー副官ひとり諌められないで、ザフトで隊長などやってられるか畜生!!
イザークは意を決したようにシホの手から携帯を引っ掴むと、ディアッカの番号を呼び出し、通話ボタンを押した。
 
 
 
 
『なにいぃぃぃぃ!?』
 
 
 
予想通り猛り狂う副官の絶叫に、イザークは慌てて携帯から耳を離した。
後部座席では、聴覚のいいシホが「ひっ!!」と悲鳴を上げている。
きっと電話の向こうの声がしっかり耳に入ったのだろう。
 
「と、とにかくそう言う事だ。俺たちは車だったからホテルの中までは追えていない。
だが、今しがたホテルに入って行ったばかりだから、これから追いかければあるいは…」
『その辺にエアカー停めてすぐ来い!すぐだ!!』
ぶつん!と勢い良く切られた携帯を手に、イザークはシホと目を見交わす。
 
 
「お、おい、あれ…」
 
 
イザークの震える声にシホが振り返ると。
そこには仮面を付けたまま見た事も無い早さで、携帯を片手にホテルに向かってダッシュするディアッカの姿があった。
 
 
「うそでしょ…どんな速さなのよ…」
 
 
さっきまで宙港内にいたはずなのに、何でもうここまで来てるの?!
怪しい仮面を付けた怪しい風体の男の登場に、通行人達は怯えながらさっと道を譲っている。
もう、どこから見ても立派な第一級の不審者かつ犯罪者だ。あるいはプロの変質者だ。
イザークやシホがもし仕事中にあんな人物を見かけたら、全力で追いかけて取り押さえるだろう。
 
そんな事にはおかまいなしのディアッカがホテルの入口に消えた頃、宙港からばらばらと現れる複数の警備員達。
イザークとシホは、エアカーの中で頭を抱えた。
 
 
 
***
 
 
 
「展望室行きのエレベーターだけメンテナンス中なんて、ついてないよね」
「ほんと。こんなのプラントに来て初めてです。…でも、2階にもバーがあるし、宙港にもすぐ向かえるから却って良かったのかもしれませんよ?」
ミリアリアはすまなそうに微笑み、隣に立つ男を見上げた。
 
このホテルのエレベーターは、全面ガラス張りになっている。
3基並んだエレベーター全てがそうなっており、ちょうど真ん中のエレベーターに乗った二人は、綺麗にイルミネーションが施されたガラスのカプセルがゆっくりと上下する様を存分に堪能出来た。
 
「やっぱりプラントはすごい所だね。今度は本業で訪れたいものだな。」
「今日は仕事道具、お持ちじゃないですもんね?ふふ、残念ですか?」
「いや?有意義な来訪だったと思うよ?君たちにも会えたしね。」
「嬉しいです。そんな風に言って頂けるなんて。」
「次は是非……え?」
 
男がぴたりと口を噤み、ぽかんとした顔でミリアリアの背後に目を向けている。
「どうしたんで、す…っ!?きゃぁぁ!」
そんなにこのエレベーターが珍しいのかしら?
ミリアリアは首を傾げて振り返り、男の視線の先にあるものを見て、思わず声を上げた。
 
 
階下から上がって来た隣のエレベーターの中に。
先程ミリアリアが目にした珍妙な仮面を付けたディアッカが、ガラス張りの壁に両手をつき、こちらを向いて鬼の形相で立っていたーーー。
 
 
 
 
「な、なんだ、あれ…」
 
隣に立つ男の声に、ミリアリアははっと我に返る。
エレベーターはゆっくりと上昇と下降を続け、ディアッカの載ったカプセルは上に、ミリアリアと男の載ったカプセルは下へと移動して行く。
すれ違いざまにディアッカの唇が動き、ミリアリア!と自分の名を呼んでいるのが分かったが、ミリアリアは驚愕に目を見開いたままただ固まる事しか出来ない。
 
 
なんで、ここに、いるのーーー?!
 
 
「ハウ?」
自分を呼ぶ声にミリアリアは慌てて顔を上げ、男を振り返る。
「セルゲイさん、お酒はまた今度。急いで宙港に戻りましょう。」
ディアッカの載ったエレベーターは、どうやら近くの階で停止したようだ。
あの分では、ミリアリアをすぐにでも追いかけてくるに違いない。
「え?ど、どうして…」
「大切なお客様を、危険な目に遭わせる訳にはいきませんから。
確か2階に宙港への連絡通路がありましたよね?そこから行きましょう?」
ミリアリアは素早くエレベーターのボタンを押した。
 
 
 
「すみません!今すぐ搭乗出来るチケットにこれ取り替えて下さいっ!」
宙港のカウンターへと走って移動したミリアリアは、セルゲイからチケットを奪い取ると受付嬢の前に放り出した。
「は、はい?」
「だから!コペルニクス行きで今すぐ搭乗出来る便とこのチケット取り替えて下さいって言ってるんです!無理なら新しくチケット買いますから、とにかく急いで!!」
「はいっ!」
ミリアリアの剣幕に受付嬢はびくりと体を震わせ、猛然と目の前の端末を叩き出した。
 
 
 
***
 
 
 
一方ディアッカは、今しがた見た光景に激しく動揺していた。
ガラスのカプセルの中で夜景を楽しみ、にこやかに笑うミリアリア。
隣に立つ男は、優しげでありながらどこか気怠い雰囲気の、しいて言えばアスランのような優男。
お前、誰だよそれ!ナンパか?!当てつけか?!
自分の知らない男に笑顔を振りまくミリアリアに、ディアッカは思わずエレベーター内という事も忘れてその名前を叫んでいた。
その声が聞こえたのかどうかは定かではないが、謀ったようにこちらを振り返ったミリアリアの驚いた顔が頭から離れない。
ホテルの部屋で男に組み敷かれるミリアリアの姿が脳裏をよぎり、ディアッカの頭が一気に沸騰する。
 
 
「…絶対、逃がさねぇ。」
 
 
ディアッカの優秀な頭脳が、また間違った方向に回転を始めた。
 
 
 
 
「おいシホ!あれは…」
「え?」
エアカーを停め、コートを羽織ってホテルに飛び込んだ二人が目にしたものは、宙港への連絡通路を駆け抜けるミリアリアと連れの男の姿だった。
そしてミリアリアの手は、しっかりと男の腕を掴んでいる。
「うそ…ミリアリアさん!?」
「追うぞ!ディアッカに連絡を!」
「え、ちょ」
この格好に履き慣れない靴で宙港内を走れって言うんですか隊長っ!?ピンヒールですよこれ!?
シホの情けない顔にそれを察したイザークは、携帯を取り出し素早く指示を出す。
「宙港に戻れと伝えるだけでいい!俺は先に行く!後から追いかけて来い!」
「りょ、了解しました!」
シホはその場に立ち止まると、ディアッカに連絡して今目撃した事全てを簡潔に伝えた。
 
 
 
***
 
 
 
「一番早くてこれしか無いんですかっ!?」
ミリアリアの悲痛な叫びに、受付嬢はこくこくと頷いた。
「も、申し訳ありません。ですがそちら、あと10分程で搭乗手続きが開始されます。あちらのゲート付近にいらっしゃれば、時間になり次第すぐに搭乗出来るかと…」
「じゃあこれ!これにします!!早くっ!!」
「かしこまりましたっ!!」
受付嬢は彼女に出来る最速の早さでチケットを発行し、セルゲイのチケットとそれを交換した。
 
 
「あの、ハウ?話が全然見えないんだけど…」
ホテルからダッシュでここまで連れて来られたセルゲイは、ようやく息を整え口を開いた。
搭乗時間まで5分を切った。
ミリアリアは周囲を見回し、怪しい仮面の男がいない事をしっかりと確認するとセルゲイに向かい合った。
「…多分、無事搭乗出来ると思うから…説明、出来るとこまでします、ね。
ええと、恥ずかしいお話なんですが、さっきの…」
 
 
 
「見つけた」
 
 
 
背後から突然聞こえたおどろおどろしい声に、ミリアリアは飛び上がりそろそろと後ろを振り返る。
「……さっきの、人?」
唖然としたセルゲイの声。
それはそうだろう。目の前にこんな珍妙な人間が現れたら、誰だって唖然とする。
ミリアリアだってこれが普通の状態なら唖然とし、なるべく関わり合いにならないようそっとその場をやり過ごすはずだ。
 
 
「……ええと、ですね。この人が、私の、夫、です…」
 
 
ミリアリアは俯きながらそれだけ言って、セルゲイを庇うように立つと、剣呑なオーラをびしばしと放ちながら仁王立ちに立ちつくすディアッカと向かい合ったーーー。
 
 
 
 
「ハウの…旦那さん?え?この人?だってアーガイルが、ザフトの将校だって…」
目の前の人物は、どこをどの角度から見ても軍人には見えない。
好意的に見て暇な貴族、もしくは仮装大会の参加者。
そうでなければ頭のネジがぶっ飛んだ不審者か犯罪者だ。
「ええ、まぁそうなんですが…私もそれについては知りたいくらいで…」
 
 
「こいつ、誰」
 
 
ディアッカの低い低い声に、ミリアリアはまた飛び上がる。
……ていうか、どうして私がこんなにびくびくしなきゃいけないのよ!元はと言えば悪いのはディアッカじゃない!
そう思い我に返ったミリアリアは、きっ、と目の前の不審者もどきなド派手仮面を睨みつけた。
 
「この人は、セルゲイ・ジアさん。コペルニクス在住のフリーカメラマンよ。」
「…はぁ?ナンパ師の職業律儀に説明されても困るんだけど?」
「なっ…馬鹿じゃないのっ!?ナンパじゃないわよ!れっきとした総領事館のお客様!
数日前からプラントに滞在してて、今日コペルニクスに戻るからお見送りに来ただけよっ!あんたと一緒にしないでくれる?!」
「……そんな話、初耳だけど?」
「だって正式にはサイのお客様だもの!ヘリオポリスのカレッジの先輩だったの!私はゼミも違ったからそれほど関わりもなかったけど、サイは歳も同じだし、それで…」
「で?なんでサイの客とお前が仲良く一緒にいる訳?」
 
 
駄目だ、やっぱり埒が明かない。
 
 
ミリアリアは途方に暮れ、溜息をついた。
こうなる事が分かっていたから、今日の見送りも一緒に行きたい所をサイに頼んでいたのだ。
ヘリオポリス時代の知り合い、という事もあったが、仕事とは言え自分の目の届かない場所でミリアリアが男性と二人きりになるのを、きっとディアッカは嫌がるだろうから、それでーーー。
そこまで考えて、ミリアリアは先程のディアッカの所業を思い出す。
どうして私ばっかり気を使わなきゃいけないの?
自分は、任務だって嘘ついて浮気してたくせに!!
 
 
「だから!サイの仕事を私が代わりに引き受けただけ!どうせあんただってあの綺麗な人と一緒にいたんだから、別にいいじゃない!それに私は仕事としてこの人と一緒にいたの!何か文句あるっ!?」
 
 
碧と紫の視線が、ばちばちと火花を上げてぶつかり合う。
完全に置いて行かれた形のセルゲイは、ぽかんとそんな二人のやり取りを見守っていた。
と、アナウンスが流れ搭乗手続きが始まった事が告げられる。
睨み合っていた二人の耳にももちろんそのアナウンスは入り、ミリアリアははっとセルゲイを振り返った。
 
「セルゲイさん、こんな事になっちゃってごめんなさい。あの、こっちは何とかするんでもう行って下さい。また改めて連絡しますから。」
「お前…俺の前でそう言う事言っちゃう訳?」
 
また連絡する、という部分に敏感に反応するディアッカ。
「やましい事が無いから言ってるんでしょ?何度も言うけどあんたと一緒にしないでくれない?」
途端にきっ!と眉を上げて応酬するミリアリアに、セルゲイはたまらずぷ、と吹き出した。
 
 
「ハウ…変わってないようで変わったんだな。」
 
 
「へ?」
「はぁ?」
目の前の二人はそれぞれで若干違った反応をセルゲイに返す。
 
「えーっと、ハウの旦那さん…エルスマンさん、だっけ?
こんな事言うのも何だけど…僕の知っているハウは、気配り上手で優しい、そして頭のいい普通の女の子だった。
良くも悪くも平凡な、年相応の、ね。
当時のボーイフレンドとのやり取りもたまに見て来たけど、こんな風に本心を曝け出してぶつけるタイプじゃなかったのは確かだよ。」
 
それがトール・ケーニヒの事を指していると気付き、ディアッカの表情が少しだけ変わる。
「セルゲイさん…?」
「ちょっと話させて?時間もない事だし。このままここを離れるのは、俺もちょっと寝覚めが悪いでしょ。」
セルゲイはトランクを手にすると、ディアッカに向かい合った。
 
 
「僕が思うに、今のハウは本当に君を信頼しているからこそ、こうして本音をぶつけられるんじゃないのかな?
昔のハウももちろんかわいらしくてモテてたのは確かだけど、僕は今のハウの方が何倍も魅力的だと思う。
それって、君のせいじゃない?エルスマンさん。君が、彼女をここまで変えたんだ。」
「……え」
「何だか分からないけど誤解もあるようだし、あとは二人でゆっくり話したら?僕はもう行かないといけないからさ。
それに…ここにいると危険らしいしね?ハウ?」
「な、え…と」
 
 
そうして懐から先程ミリアリアが必死の思いで取ったチケットを取り出すと、セルゲイはにっこりと微笑んで二人に手を振った。
 
「じゃ、ハウ、素敵な旦那さんとお幸せにね。…そのファッションセンスもまた独特で、ハウにぴったりな感じがするし、君たちはお似合いの夫婦だと僕は思うよ!それじゃ!アーガイルにもよろしくね!」
「え、あ、セルゲイさん…」
 
あたふたするミリアリアと黙り込んでしまったディアッカを置いて、セルゲイはにこやかに手を振るとさっさと搭乗手続きを済ませ、搭乗口に消えて行った。
 
 
 
 
 
 
 
ma01

ついに再会!!!したのはいいんですが、もろもろの事情や誤解が錯綜しまくり(大汗
セルゲイとは何者なのか?サイとミリアリアとの関係は?
一話伸びてしまいましたが、次で完結です!

 

 

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2014,12,21up