仮面舞踏会 5

 

 

 

 
「ちょ、イザーク何でエアカー動かしてんだよ!!停めろ!降ろせ!!」
「貴様はアホか!?こんな狭い道でこのでかいエアカーをいちいち停めてられるか!」
「シホも何顔隠してんの!?あれじゃ誤解して下さいって言ってるようなもんじゃねーか!」
「つ、つい反射的に。」
 
 
後部座席でわめき散らすディアッカに、イザークははぁ、と溜息をつく。
確かに、こんな姿を知り合いに見られるなど全力で避けたい。
ミリアリアに気付き、つい顔を隠してしまったシホの行為はもっともである。
ディアッカからしてみればたまったものではないだろうが、話し合えばいつか分かり合える筈だ。
……多分、きっと。
 
「ディアッカ。ミリアリアに電話してみたらどうだ。携帯も置いて来たのか?」
ディアッカははっとしてジャケットの内ポケットを探る。
「っ…着信、入ってる…メールも」
「ミリアリアからか?」
「サイレントにしてたから気付かなかった…くそっ!」
ディアッカはメールボックスを開き、中身を確認する。
それはやはり、ミリアリアからのメールだった。
 
“クローゼットにIDカードが落ちてたけど、お仕事に必要でしょう?本部に届けに行くので、連絡下さい。”
 
この道路は本部へ向かう近道だ。
きっとミリアリアは一度帰宅し、カードを見つけ本部へと届けに来たのだろう。
「シャレになってねーぞ、おい…」
「だから早く連絡しなさいよ!あなたって人はどうしてこういう時だけノロノロしてるの?さっきの勢いはどこに行ったのよ?」
シホの叱咤に、ディアッカは慌ててミリアリアの番号を表示させ、通話ボタンを押した。
留守電に切り替わっても、繋がれ、繋がれと祈り何度もかけ直す。
と、ぷつり、と呼び出し音が途切れーー沈黙に混じって外の喧噪が通話口から聞こえて来た。
 
 
「ミリィ?ミリアリア?」
ディアッカは必死で呼びかけるも、返事は、無い。
「おいミリィ!聞こえてんだろ?!」
『…何』
やっと聞こえて来たミリアリアの、しかしぞっとする程低い声にディアッカの心臓が嫌な音を立てる。
「今どこにいる?すぐに行くから!」
『来なくていいわよ。デート中でしょ?』
「違う!あれはシホだ!」
隣で心配そうに会話を聞いていたシホが、その言葉にぎょっとした表情を浮かべた。
 
『……もう少しまともな言い訳してみたら?シホさんがあんな格好する訳無いでしょう?
それに、シホさんにはイザークって言うちゃんとした“誠実な”恋人がいるんだから、あんたといちゃいちゃする必要だってないし。』
 
ミリアリアの言葉にディアッカは頭を掻きむしり、複雑な表情を浮かべたシホの目が泳ぐ。
聴覚の鋭いシホには、電話越しのミリアリアの声までもちゃんと聞こえるのだろう。
……信用されている事を喜んでいいのか迷っているに違いない。
 
 
「いっ…いちゃいちゃって何だよ?俺は任務で」
『シャツの襟元にルージュの痕がつく任務?平和って素敵ね。今はそう言う任務もあるんだ。』
完全に思考がイってしまっているミリアリア。
ディアッカはとにかく本人を捕まえなければ!と思い、ミリアリアの居場所を聞き出そうと試みた。
「と、とにかく!どこにいる?俺、今からそこに行くから!ちゃんと顔見て話せば分かるって!」
『嘘つき』
氷のようなミリアリアの声に、ディアッカの顔が青ざめる。
 
 
『お前しか要らない、って…言ったくせに…』
「な、おい、ミリ…」
『ディアッカの、嘘つき。』
 
 
その言葉を最後に通話は途切れ。
ディアッカは呆然と手にした電話を見下ろした。
 
 
 
固まってしまったディアッカを横目に、イザークとシホはミラー越しに目で会話を交わす。
(お前が話せ)
(無理です)
(俺も無理だ)
(いや、あなた方親友でしょう?!)
(……すまん、親友だろうとなんだろうと俺には無理だ!)
言葉にすると、こんな感じであろうか。
シホはすぅ、と息を吸い、意を決してディアッカに話しかけた。
 
「ディアッカ?あの」
「……シャレになってねぇぞ、まじで。」
「は?」
「お前ら、付き合えよ?」
「な」
 
ディアッカは顔を上げた。
その紫の瞳は完全に据わっている。
 
 
「あいつ、完全に誤解してる。よりによって俺が浮気したと思ってやがる。
いいか二人とも。このままあいつを追いかけて、この格好を見てもらって任務だって事をきっちり説明する。」
「ちょ…嘘でしょ?!」
「ふざけるな!なぜそこまでして…!」
「あぁ?」
剣呑、としか表現のしようがないディアッカの声に、シホとイザークはぴたり、と動きを止める。
 
 
「何でもクソもねぇんだよ。ミリィの誤解を解きたい、ただそれだけだ。いいよな?二人とも?」
 
 
スイッチが完全におかしな方向へ入ってしまった副官を止められるのは、多分彼の妻しかいない。
だがその妻は、副官の不貞を疑いどこかへ消えてしまった。
イザークは溜息をつき、「どこへ向かえばいい?」とまっすぐ前を見たまま尋ねた。
「隊長?!」
驚くシホを尻目に、ディアッカは一言、「オーブ総領事館へ。」と答えた。
「あいつがプラントで身を寄せる場所は限られてる。総領事館かシホのとこ、最悪ラクスの所だ。
アマギさんやサイの家にはさすがに無理だろうからな。」
「…了解した。お前はミリアリアに連絡を取り続けろ。その方が捕獲しやすいだろう?」
 
……捕獲って、犯人追いかけてるんじゃないんですよね?隊長?ていうか本気でこのカッコ見せるの?
 
シホは心の中でそう叫んだが、もちろんそれは二人の耳に届く事は無かったーーー。
 
 
 
***
 
 
 
在プラント、オーブ総領事館館長であるアマギは、今夜の夕食について思いを馳せながら今まさに帰途につこうと廊下を歩いていた。
妻の手料理が恋しいが、プラントへ赴任して1年と少し。
当分人事異動はなさそうだし、情勢の安定しきっていないプラントに大切な家族を呼び寄せる事はまだ躊躇われる。
外は寒そうだ。今夜は何か温かいものを…。
そうだ、ポトフにしよう。ちょうど野菜が中途半端に余っていたから、コンソメで煮込んで黒胡椒を…。
そこまで考えていたアマギは、いきなり開いた目の前の扉と、そこに立つ酔狂な仮面を付けたド派手な男の姿を認め、ぽかんと口を開けて固まった。
 
 
「アマギ館長、お疲れ様です。うちの奥さん、ここへ来てますか?」
 
 
すちゃ、と敬礼をされ、その低い声を聞いてもアマギのフリーズした脳はそれがザフトのディアッカ・エルスマンである事をなかなか受け入れようとはしなかった。
第一、格好がおかしい。
ザフトの軍服はこんなふざけたものではない筈だし、万が一これが礼装用の軍服であったとしても、羽のマフラーやド派手な仮面は付いて来ないだろう。
それともあれか?オプション、という可能性も…
 
 
「館長。ミリアリアはここに来てますか?」
「わ、私は今日ポトフを…」
 
 
動揺のあまり錯乱状態に陥るアマギに、ディアッカは無表情で再度問い掛けた。
 
「館長。俺が聞いてるのはあなたの夕食事情ではなくミリアリアの所在です。うちの奥さんはここに来てますか?」
「ハウ?さ…さぁ?アーガイルが通信で誰かと話していたが…」
「そうですか。ありがとうございます。お気をつけてお帰り下さい。」
ぴっ、と美しくお辞儀をされ、ドアの前で見送られる。
アマギはかろうじて謝辞を述べるとよろめきながら総領事館を後にした。
 
 
「あれは…一体なんだったんだ?」
 
 
しきりと首を傾げながら去って行くアマギ館長に、近くに停めたエアカーの中からイザークとシホは哀れみの視線を送った。
 
 
 
そして、ほぼ同時刻。
サイはミリアリアからの通信を受けていた。
「浮気ぃ?」
素っ頓狂な声を上げてしまったサイは、慌てて周りを見回した。
館長はまさに今しがた帰途につくと言って執務室を出た所だ。
 
「ミリィ、それは無いんじゃない?あのディアッカだよ?」
『だって、この目で見たもの。きれいな女の人とエアカーに乗っていちゃいちゃしてたに決まってるもの。』
 
ミリアリアは素直で優しい女性だが、その実勝ち気で頑固、思い込みが激しい所もある。
一度そうと思ってしまうと、なかなか思考を変えられないのだ。
 
 
『とにかくもういいの。しばらく家を出るわ。ディアッカには言わないでね?』
「いや、家を出るって…またここで生活するの?なんならうちに来てもいいけど、俺ディアッカに殺されるよなぁ…」
『総領事館はもう場所も割れてるし、あいつはセキュリティ潜ってでも侵入して来るからやめておくわ。
サイにも迷惑かけちゃうから、適当にホテルにでも泊まる。お財布もカードも持ってるし。』
「そう?…でもさミリィ、ホントにディアッカが浮気したと思ってるの?大事にされてる自覚、あるでしょ?」
 
 
サイの言葉にミリアリアは黙り込んでしまう。
ディアッカがどれだけミリアリアを大切に想い、愛しているか。
二人の出会いから今に至るまでを見て来たサイには、ディアッカがミリアリア以外の女性に興味をもつなどとは到底思えなかった。
 
『だって…シャツに、ルージュの痕があったのよ?カードだって、任務じゃないから置いて行ったんじゃないの?』
涙声のミリアリアに、サイは根気づよく語りかける。
「分かんないけどさ。きっと事情があるんじゃない?ミリィ、ちゃんと話したの?」
『…話して、無い。携帯切っちゃってたから。今サイに連絡しようと思って電源入れたの。』
「じゃあまずはちゃんと話さなきゃ。ね?」
『うん…でも…』
 
事情はどうであれ、ディアッカが女性とエアカーにいる所を目の当たりにしてしまったのは間違いないらしい。
少し、頭を冷やさせた方がいいのかもしれないな。
そう考えたサイは、ふとある事を思いついた。
 
 
 
「ーーじゃ、そう言う事で。あ、シャトルの時間分かる?」
『…ううん。』
「最終便でいいんだったよね?ええと…」
「誰と話してんの?サイ。」
「うわあぁぁっ!?…って、えええぇぇ!?」
『え?ちょ、サイ、何?』
 
 
背後からかけられた低い声に、サイは受話器を持ったまま飛び上がって振り返りーー今度は違う意味で声を上げた。
 
 
「ミリィと話してる?もしかして」
「あ、いや、ディアッカ?えええぇ?!」
『…っ、サイ、シャトルの時間は自分で調べるわ。それじゃ』
「あ、ミリィ!待って!」
つい声を上げてしまったサイから、ディアッカが恐ろしい速さで受話器をひったくる。
「おいミリィ!」
しかし受話器からミリアリアの声は聞こえず、通話を終わらせたであろう“ぶつん”という音が代わりに聞こえたのみ。
ディアッカはつい舌打ちし、乱暴に受話器をサイに投げ返した。
 
 
「…もう!乱暴に扱うなよな?一応オーブの国家予算から買ってるれっきとした備品なんだから!」
「壊れたらザフトに請求書まわせ。…ミリィだろ?今話してたの。」
 色々などす黒いオーラが全開に出まくっているド派手な仮面を付けたディアッカを、サイは上から下までじっくりと眺め……深い溜息をついた。
 
 
「あのさ、まず聞いていいかな?…一体そんなカッコで何やってんの?ディアッカ。」
 
 
サイの言葉に、ディアッカはぐっと言葉に詰まった。
 
 
 
 
 
 
 
ma01

アマギさん…さりげない女子力を感じます(笑)
単身赴任な中年の悲哀を背負いつつ、ド派手仮面と遭遇なんて可哀想すぎる…(でも笑える)
サイの「何やってんの?」は、本当にごもっともで(苦笑)
一方ミリアリア、潔く家出コースまっしぐらです。
それまではどこか余裕ぶっていたディアッカも、ミリアリアが絡むと一気に豹変;;
イザシホまでも巻き込んで、ミリアリア捕獲大作戦(そんなすごくないか)が始まります。

 

 

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2014,12,20up