仮面舞踏会 3

 

 

 

 
「あら?これ…」
 
 
早々に帰宅したミリアリアは、軍服をしまいながら足元に目をやり、思わずそう口にしていた。
クローゼットの床に落ちているのは、ディアッカのIDカード。
ザフトのマークが印字されており、ディアッカの顔写真と識別番号、IDが記載されている。
「こんな大事なもの、どうしてこんなとこに…」
カードを拾い、ミリアリアは首を傾げた。
 
ディアッカが普段忘れ物をする事など、まず無い。
ああ見えて、そう言う所はきちんとしているのだ。
IDカードが無ければ本部内での行動に制限もかかるだろうし、今夜の任務にも支障が出るのではないだろうか?
ミリアリアは壁の時計に目をやる。
夜からの任務、って言ってたわよね…。
カードを手にしばらくそこで思案したミリアリアは、リビングに戻り鞄から携帯電話を取り出した。
 
 
***
 
 
「よし。これでいいだろ。どっか痛いとことかある?」
「…いえ、大丈夫です。」
シホの長い髪は、ディアッカによってあっという間に美しく結い上げられていた。
「どうせ仮面つけちまうんだし、飾りは無くてもいいよな?」
「そうですね。………え?」
「ほら、じゃあ早く着替えて来いよ。あと30分で始まっちまうぜ?」
「は、はい!」
ぱたぱたと仮眠室に消えるシホを見送り、ディアッカはくるりとイザークを振り返る。
 
「……妬けちゃった?」
 
まさにその通りだったイザークは瞬時に顔を赤くする。
しかし、愉快そうにくすくす笑うディアッカを前にその心情を吐露する事は、イザークの矜持が許さなかった。
「ふん。お前の器用さはたまに鼻につく、と思っただけだ!」
「へー。俺なら好きな女の髪を別の男が散々弄り回すなんて死んでも嫌だけどね。」
「ディアッカ貴様…っ!」
矜持はどこへ飛んで行ったのだろう。瞬時にいきり立つイザークを、衣装を届けに来たついでにお茶に付き合わされていたキラがまぁまぁ、と宥める。
 
「シホさん、ディアッカに髪を結ってもらってる間、イザークの事気にしてたでしょ?気付かなかった?」
 
耳元で囁かれた言葉に、イザークははっとなった。
「女心は複雑なんだから。ね?イザーク。」
そう言ってにっこりと微笑むキラ。
不本意ながらも、イザークはむっつりと黙り込むしか無かった。
 
 
 
「お待たせしました」
仮眠室から現れたシホの姿に、ディアッカは今度こそヒュゥ、と口笛を吹き、キラは嬉しそうににっこりと微笑み、イザークは絶句した。
 
シホが身に纏うのは、ホルターネックの胸元も露わな黒のドレス。
細い首の後ろで結ばれたリボンだけが、シホの胸を覆い隠している。
ドレスはシンプルながら上質な素材で、大きく開いた背中側は美しいドレープで覆われており、シホの綺麗な肩甲骨や均整の取れた体のラインを引き立たせている。
手首に巻かれたジルコニアがふんだんに使われたブレスレットに、同じシリーズのイヤリング。
細い足を包む網タイツと、腿の上の方まで深く入ったスリットがどうにも艶かしく、イザークはざわつく心を抑えるのに苦労した。
 
 
「シホさん、さすが。すごく似合ってるね。」
「え?あ、ありがとうございます、ヤマト准将。でも、これ…この靴、ヒールが高過ぎる気がするんですけど…」
「あー、うん。そういう格好には、そう言う靴が一番合うみたいだから…しょうがないんじゃない?
とにかくすごく似合ってるよ、髪型も雰囲気にぴったりだし。さすがディアッカ、ほんと器用だよね。」
 
 
今までの女性遍歴が意外な所で役に立ったね、と遠回しに言っているも同然のキラの言葉に、ディアッカはどこか引きつったような笑みを浮かべる。
「キラ、ミリィに余計な事言うんじゃねーぞ?」
「余計な事?何だろう、よく分からないな」
そう答えて柔らかく微笑むキラを、シホとイザークは不気味なものを見るような目で眺めていた。
 
 
 
「はい、これシホさんの仮面。イザークとディアッカは、箱に入ってたよね?ちゃんと持った?」
「ああ。」
「コレを…付けるのか」
 
イザークは自分の手にした仮面を見下ろす。
身に纏う衣装と同じ漆黒の羽がたっぷりとついた仮面は、顔半分を隠してくれるある意味特殊なーーいや、特殊任務向きな代物だ。
「私のより…だいぶまともだと思います、それ…」
ハイヒールなど履きなれないシホが、少しだけよたよたとしながらイザークの傍に寄って来た。
そして差し出された仮面を見て、イザークは再び絶句する。
自分の手にした仮面と同じ漆黒の羽に、光り輝く宝石がちりばめられたそれは、実用性を全く無視している気がする。
 
「な?髪型シンプルにして正解だったろ?」
 
自分と似たような仮面を手にしてしたり顔で笑みを浮かべるディアッカの勝ち誇ったような声に、イザークは任務前からぐったりと脱力した。
 
 
 
***
 
 
 
「どうしよう…出ないなぁ」
 
ミリアリアはザフト本部に向かう道をゆっくりと歩きながら、何度目かになるディアッカへの電話を終わらせた。
任務中なのかもしれない、と思うと、あまりたくさん連絡を取るのも躊躇われる。
でもIDカードが無いと不便かもしれないし、と思ったミリアリアは、とりあえず本部に向かってみようと決め、私服に着替えると早速自宅を出たのだった。
と、黒塗りのエアカーが角から現れ、ミリアリアは慌てて脇に避ける。
ラクスかしら?
そう思い車内に目をやると、そこに乗っていたのは珍妙な仮面を付けた……紳士と、淑女。
 
 
………なにあれ?仮装大会かなにか?
 
 
ミリアリアがプラントへやって来て1年以上経つが、未だに馴染みのないイベントや習わしに時々出くわす。
特にディアッカの実家はプラントでもかなり良い家柄だから、余計に。
しかしそんなミリアリアでも、今すれ違ったような格好の人間は未だ見た事が無かった。
 
「酔狂な人ってどこにでもいるのねぇ…」
 
平和になったって事かもしれないけど、ああいう人達って暇なのかしら?
まぁ、一生関わる事は無い世界よね、私には。
 
ミリアリアは肩を竦めると、再び前を向いて本部へと歩き出した。
 
 
 
***
 
 
 
「仮面、付けたままだと視界が狭くなりますね」
「いやお前、顔晒したくねぇからコレ付けるんだし。しょーがねぇじゃん。」
「…ずいぶん詳しいんですね、ディアッカ。こういった場所に馴染みがあるのかしら?」
 
ホテル・オリエントに到着し、ラクスから預かった招待状を提示したディアッカ達の車は、普段使われていない駐車場へと案内されていた。
やはり、いかがわしさ全開だ。
エアカーから降り立った三人が向かう先は、ホテルの最上階。
エレベーターを下りて数歩歩いた所で、シホが不意によろけた。
 
「きゃ…」
「…っと、だいじょぶ?」
 
すかさず細い腰に手を回し、転びかけたシホを支えたのはド派手な仮面が何故かしっくり馴染んだディアッカだった。
「あ…ありがとう」
「いーえ?にしてもお前、ホント普段こういうの履かねぇんだな」
「別にいいじゃない!歩きやすい方が好きなんだもの!」
腰に手を添えたまま会話を交わす二人は、まるで恋人同士のようで。
黙って成り行きを見ていたイザークの心が、先程より更にざわついた。
 
 
「とっとと終わらせて帰る。行くぞ。」
 
 
もやもやする思いを振り払うように、イザークはふい、と前を向き二人を促した。
 
 
 
会場となっている部屋は、妖しげな紳士淑女達で大盛況だった。
受付をすませた三人は、目立たぬよう室内を見て歩く。
だが、仮面を付けているとはいえ整った容姿が全て隠し通せる訳ではない。
イザークとディアッカはともかくとして、美しく着飾ったシホはそこかしこで仮面を付けた男達に声をかけられ、足を止めざるを得ない状況になっていた。
 
 
「ラクス嬢の見立ては確か、って事だよな、あれ…」
 
 
ぽつりと呟いたディアッカは、隣に立つイザークが発する怒りのオーラに気付き、慌てて声をかけた。
「おい、こんなとこで揉め事起こすなよ?俺達は任務でここに来てんだからな?
シホのあれは…まぁあれだ、しょーがねぇじゃん。似合わない格好させるよりましだし、ほら、あいつうまい事かわしてんじゃん?」
「ーーー分かっている!!」
ぎり、と歯を食いしばりながら返事をするイザークに、ディアッカはふぅ、と溜息をついた。
 
 
「お待たせしてすみません。」
少しだけ疲れた表情のシホが足早にこちらへ戻り、小さな声で言葉を続ける。
 
「先程から人の流れが変わって来ているようです。誰の声かは分かりませんが、しきりと時間を気にする人物が数名います。」
 
シホは両親が施したコーディネイトにより、鋭敏な聴力を持っている。
これだけ騒々しい部屋の中でもしっかりと周囲の会話を聞き分けられるのはそのせいだ。
「ってことは…そろそろ例の“密談”ってのが始まるってわけ?」
「でしょうね。でも、肝心の場所が分からなければどうにも出来ません。」
「おい、あそこにいる婦人…」
 
イザークの言葉に二人が顔を上げると、そこにはバーカウンターで今まさにカクテルを受け取っている妙齢の美女。
「ラクス様から頂いた資料にあった…ロラン・キンダーソンの奥様、ですか?」
「…だな。彼女なら夫の行き先を知っているかもしれない。」
イザークのそんな言葉に反応したのは、ディアッカだった。
「まぁ…あんま可能性は高くないかもしれねぇけど、やってみる価値はあるかもな。」
「え?」
きょとんとするシホとイザークに、ディアッカは妖しく微笑む。
 
「俺、ちょっとご婦人に話聞いてくるから。シホは俺の声が聞こえる範囲にいて、もし俺たちの会話から密談場所が割り出せたらすぐそっちに向かってくれ。イザークも。OK?」
「ちょ、ディアッカ、それって…」
ぼんやりながら意味を理解したシホの肩に、イザークはそっと手を置いた。
 
「仕方が無かろう。それに、あいつ以外に適任者もいない。…それとも、俺がやってもいいのか?」
「な、え…だ、だめです!」
 
シホは慌てて首を横にぶんぶんと振る。
イザークにディアッカのような事が出来るのか、という疑問は浮かばないらしい。
恋は盲目、とはよく言ったものである。
 
 
「そう言う事。…お前ら、ミリィにちょっとでもいらねぇ事言ったらただじゃおかねぇからな?」
 
 
妖しい笑みはそのままにしっかりとそう釘を刺すと、純白と漆黒の羽をなびかせディアッカは颯爽と妙齢の美女の方へ歩いて行った。
 
 
 
 
 
 
 
ma01

キリリク第3話です。
ミリアリアがちょこちょこ参加ですみません;;
酔狂な暇人がよもや自分の旦那さんとはこれっぽっちも思わぬまますれ違う二人(笑)
シホもようやくまともな格好が出来て何よりです(;´艸`)
ちょっとしたとこで嫉妬してしまうイザークですが、任務はきっちりやり遂げます(多分・笑)。
そしてディアッカ、妙齢の美女相手にどんな会話を繰り広げるつもりでしょう?

 

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2014,12,18up