ごめんね、ありがとう 3

 

 

 

 
「ミリアリアさん、ちょっといいかしら?」
カーテンの向こうから聞こえたマリューの声に、ミリアリアは熱でぼんやりとしたままはい、と返事をする。
程なくカーテンが開き、ミリアリアの端末と一枚のディスクを手にしたマリューが笑顔で現れた。
「調子はどう?お腹は?」
「はい…薬が、効いてるので…それほどでもないです」
意識を失ったミリアリアは、いつの間にか医務室にいた。
軍医に聞けば、ディアッカが自分をここまで運んでくれたそうだ。
ディアッカはマリューに事の顛末を説明し、医師の診察の間ずっと自分の傍にいたそうだが、あれから三日経つ今、ミリアリアは彼の顔も見ていなければ声も聞いていない。
 
 
 
軍医の診察の結果、ミリアリアは精神的なストレスでひどい情緒不安定になっていた。
元来真面目で、自分の仕事はきっちりと完璧にやり遂げたいミリアリアの性格が災いして、この状況の中自分を追いつめてしまったらしい。
空調の無い倉庫で何時間も冷たい床に座っていた為、不規則な生活で弱った体は発熱と言う形でその行動に抗議した。
だが、何ヶ月も止まったままだった生理が再開した事には、マリューも軍医も内心驚いていた。
乱れきったホルモンバランスは、張り詰めっぱなしのミリアリアの精神状態からしてすぐ改善するなどあり得なかったからだ。
 
 
短時間でも、ぐっすり眠れたり心からリラックスする事が出来たんでしょうな。
 
 
そう聞かされたマリューの脳裏に、生意気なコーディネイターの少年の顔がよぎったのは仕方の無い事だろう。
フラガから聞かされて、恋人を想いひとり隠れて涙するミリアリアにディアッカが寄り添っている事をマリューは知っていたのだから。
 
「熱はまだ下がらないんでしょう?戦闘も落ち着いてるし、ゆっくり休んで早く良くなってちょうだいね?」
「はい…すみません、マリューさん」
「生理痛も、無理しないできつかったら私に言うのよ?女同士なんだから」
「…はい」
その言葉に弱々しくミリアリアは微笑んだ。
「あと、これ。返しておくわね。ああ、回復するまではまだ触っちゃダメよ?」
サイドテーブルに置かれた端末と、見覚えの無いディスクにミリアリアは訝しげな表情になった。
「この…ディスク、何ですか?」
マリューはにっこりと微笑んだ。
 
 
「ああ、それ?ディアッカくんがエターナルから持って帰って来たのよ。ついでだから、体調が良くなり次第それも解析お願い出来るかしら?」
 
 
ミリアリアは目を丸くした後、複雑な表情で頷いた。
 
 
 
 
ディアッカはバスターの調整を終え、居住区への通路をぼんやり歩いていた。
『ディスク、言われた通りに伝えて渡しておいたわよ』
わざわざ格納庫までそう報告に来てくれた美人な艦長の言葉を思い出し、ディアッカの意識は医務室へ飛ぶ。
 
あいつ…少しは良くなったかな。
 
医師の診断をマリューとともに聞いていたディアッカは、ミリアリアのあまりの衰弱ぶりに言葉を失った。
貧血、栄養失調、不眠。そしてホルモンバランスの乱れによる生理不順。
ディアッカは医師の息子だ。よって、その道の知識も豊富に持ち合わせていた。
恋人の死を受け入れようと必死なミリアリアだったが、心と体のバランスはめちゃくちゃで。
だからこそ、ディアッカがデータの解析を手伝おうとした時、あれ程に矛盾した言動や乱暴な行動を取ったのだろう。
 
 
ミリアリアの言葉が心に突き刺さらなかったかと言えば、嘘になる。
それでもディアッカは、整備もそこそこにミリアリアの姿を探し艦内をくまなく歩きまわった。
そして見つけたのが、自分がかつて拘留されていた場所にほど近い、誰も足を向けない倉庫だったのだ。
 
どこか虚ろな表情で振り返ったミリアリアの顔色は真っ白で。
変に潤んだ瞳に気付いて確認すれば、ひどく発熱していた。
寒暖に強いコーディネイターであるディアッカさえもが寒さを感じる場所に、一体ミリアリアは何時間いたのだろう。
あんな短いスカートで、冷たい床にぺたりと座り込んだままで。
なぜ、もっと自分を大切にしないのか。
その前に投げつけられた言葉などどこかへ吹き飛び、ミリアリアの暴挙とも言える行動にディアッカは怒りを覚えた。
恋人を殺したコーディネイターである自分が、こんなにもミリアリアに惹かれていると知ったら彼女は嫌がるかもしれない。
それでも、もっと自分を大切にしてほしくて──。
ついきつい態度を取ってしまったディアッカに、ミリアリアが吐露した矛盾だらけの心情。
 
 
ひとりだから、何でも自分で出来るようにならなくちゃいけない。
ひとりは、こわいの。嫌なの。
 
 
壊れかけたミリアリアの心を癒せるのは、やはり死んでしまった、あいつだけ、なのか──。
その事が重く心にのしかかるディアッカだったが、意識を失う寸前にミリアリアが発した言葉が頭から離れなかった。
 
 
『私はあんたの事、いなくなってほしいなんてこれっぽっちも思ってないんだから』
 
 
いつしかミリアリアに惹かれていたディアッカは、恋人を想ってひとり泣く彼女を探し出しては隣に陣取り、そっと頭を撫で続けた。
最初はよく手を振り払われたものだが、それでもディアッカは諦めなかった。
自分でも、こんな事をしているのが不思議でならなかった。
滅多な事では笑顔など見せてもくれない、生意気で弱くて脆い、だけど強くあろうとひたむきなナチュラルの女──。
 
「やっぱこれってもしかして、初恋、ってやつ?」
 
厳つい整備士にそう指摘されたのは、ついこの間の話。
お前は今まで本気の恋をした事が無い、そう言われたディアッカだったが、確かにその通りだったと思う。
少なくとも、たったひとりの為だけに寝る間も惜しんで何かをしてやりたいと思った事など、ディアッカにとっては初めての事だったのだから。
 
「ねむ…」
 
徹夜で言語解析のデータを構築し、一枚のディスクにまとめあげたディアッカはマリューに頼んでそれをミリアリアの元に届けてもらった。
無論、自分が作った事は内緒にしてもらい、エターナルから持って来た、と言う事にして。
それなら、あの意地っ張りも渋々、と言った顔をしながらきっとそのデータを使って無事解析を終わらせる事が出来るだろう。
 
 
明日あたり、医務室覗いてみっかな…。
 
 
まだ熱が下がらないミリアリアを想いながら、ディアッカは自室のドアをくぐるとシャワールームに直行し、着替えもそこそこにベッドへと倒れ込んだ。
 
 
 
 
遠くで、呼び出しのベルが鳴っている。
ああもう、うるせーよ。敵襲でもねぇなら寝かせろよ。徹夜明けなんだっつーの。
ディアッカはブランケットを頭から被って、ベルの音を遮断する。
それでもしばらくベルは鳴り続けていたが、そのまま放置しているとぴたり、と鳴り止んだ。
半分夢の国に旅立ちながらも、元来眠りの浅いディアッカはもぞり、と寝返りを打つ。
かつ、と小さく聞こえるブーツの音。
その瞬間、ディアッカは文字通り飛び起き、アンダー姿のままドアへと突進した。
何度も見当違いの場所を押しながら、やっとの事でドアの開閉ボタンを押す。
 
「ちょっ!お、おい!」
 
その焦った声に、医務室へ戻ろうとしていたのであろうミリアリアが、点滴のスタンドを支えに驚いた表情でこちらを振り返った。
 
 
 
「お、お前…なに…」
ミリアリアはまだ、熱だって下がっていない筈で。
その証拠に、腕からは点滴の管が伸びているし、小さな体の傍らには管が繋がったスタンドが立っている。
 
「……これ。ディスク、受け取ったわ」
 
目の前に差し出されたディスクと、予想外の言葉に、ディアッカはきょとんとする。
「え、あ」
「エターナルから持って来たって。マリューさんが」
熱が下がりきっていない、潤んだ瞳。
感情を押し殺したような声に、ディアッカはやっとの事で我に返った。
 
 
「あ、ああ、あれの事?そう、エターナルに…」
「……私、キラに確認したの。あの仕事を受けた時、エターナルに言語解析用のソフトは無いか、って」
 
 
ディアッカはひゅっと息を飲んだ。
キラは今、アスランやラクスと共にエターナルにいる。
ミリアリアとキラの付き合いを考えれば、充分あり得る話だったのに!
迂闊な自分をディアッカは呪った。
 
 
「…あれ、あんたが作ってくれたんでしょ?」
 
 
碧い瞳にじっと見つめられ、ディアッカは自分の敗北を悟った。
 
 
 
 
 
 
 
007

ミリアリアへの想いを“初恋”と改めて認識するディアッカ。
拍手小噺「ブーケ」とさりげなくリンクしています(笑)
一方、心身のバランスを崩し倒れてしまったミリアリアは…。

 

 

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2014,11,26up