ごめんね、ありがとう 2

 

 

 
 
……どうしてこんなに苛々するんだろう。
ミリアリアは冷たい床にぺたんと座り込んだまま、先程までの自分の行動を思い出し項垂れた。
ひんやりとした床と、空調も効いていない倉庫の空気がミリアリアの体温を奪って行く。
 
 
“自分が言ってる事、矛盾してるの分かってる?”
 
 
ディアッカの言葉が、頭の中をぐるぐると回る。
そんな事は、言われなくても分かっていた。
こんな時、トールがいればきっと自分はこんな風になどならなかった、とミリアリアは思う。
『何これ?すっげー古いやつじゃん。俺、こっち調べてみるからさ。ミリィはほら、こっちお願い』
優しいトールはそう言って、さりげなくミリアリアを手伝ってくれただろう。
そしてミリアリアも、内心嬉しいくせに少しだけ困った顔を見せながら、素直にその申し出を受け入れていた筈だ。
一度引き受けたら意地でもそれをやり通す、負けず嫌いなミリアリアの性格を彼はよく分かっていたから。
 
 
でも、トールはもういない。
 
 
ミリアリアの拳が、ぎゅっと握りしめられる。
自分がどれだけ嫌な女の子になっているか、ミリアリア本人が一番自覚していた。
不機嫌な空気を全身に纏い、これ見よがしに溜息をついてみたり、ディアッカに当たり散らしてみたり。
そう、先程のディアッカへの行為は、完全に自分が悪い。
手伝ってほしくない筈が無かった。
分からない事を調べる術も無いまま立ち往生していたのだ。
本当は、こちらから頼み込んででも手伝ってもらうべきだったのだ。
それなのに、ディアッカの手を振り払い、ああまでひどい言葉を浴びせかけた自分。
ディアッカもいい加減、呆れた事だろう。
自分がディアッカの立場だったら、もう二度と関わりたくないような態度を取ったのだから。
 
「自分で…出来るように、ならなくちゃいけないんだから」
 
ぽつり、とミリアリアは呟く。
そう、もうトールはいないのだ。
ミリアリアが困っている時に、いち早くそれに気付いて手を差し伸べてくれたあの優しい人は、もう、どこにもいない──。
じわり、と浮かんで来た涙を乱暴に軍服の袖で拭うと、ミリアリアは件のファイルを開き、真剣な表情でそれに向かい合った。
 
 
 
数時間後、ミリアリアは壁に凭れかかり絶望的な溜息をついた。
自分に分かる範囲の事は全て試してみた。
しかし、全く答えは出ない。
寒さのせいかずきずきと下腹部が痛み、頭痛もひどい。
だが、ここくらいしかミリアリアがひとりになれる場所などない。
ミリアリアがひとりになりたい時に行く大抵の場所はディアッカにばれてしまっているし、ここなら鍵もかけられる。
万が一戦闘になればアラームも聞こえるから、そうしたらブリッジに急いで戻れば問題ない筈。
「さむ…」
ぶるり、と震えたミリアリアが、それでももう一度だけ、と端末に手を伸ばしたその時。
 
 
「やーっと、見つけた」
 
 
不意に背後から聞こえた声に、ミリアリアはびくりと肩を揺らし、座り込んだままゆっくりと振り返った。
「あ、んた…なんで、いるの?」
「なんか聞き覚えのあるような台詞だな、それ」
そう言って、ロックをかけた筈の倉庫に現れたディアッカは、にやり、と意地悪く笑った。
 
「ロック…どうやって解除したのよ?」
「言っただろ?俺、プログラミングとか結構好きって。つーかザフトの赤服がこのくらい解除出来なくてどーすんの?」
 
ミリアリアには訳が分からなかった。
さっきあれだけひどい言葉をぶつけて、あれだけ自分の醜い感情を露にしたのに。
何でこの男は、自分を捜してわざわざこんな場所にまでやって来たのだろう?
「…もしかして、誰か私の事探してるの?だったらブリッジに戻るわ」
そう言って立ち上がろうとしたミリアリアは、不意に襲って来た目眩にふらりとよろけた。
「な、おい!」
へなへなと崩れ落ちたミリアリアに驚いたのか、ディアッカが駆け寄ってくる。
 
「触らないでよ…なんでも、無いから」
どこか変に潤んだ、ミリアリアの碧い瞳。真っ白な顔色。
ディアッカの目が眇められ、大きな手がミリアリアの額に当てられる。
つめたくて、きもちいい…。
不覚にもそう思ってしまったミリアリアだったが、ディアッカの鋭い声にまたびくりと体を震わせた。
 
 
「お前、何でこんなになるまで何も言わないんだよ?」
「……え?」
 
 
自分は、どこかおかしいんだろうか?
苛立ちも忘れてきょとんと首を傾げるミリアリアに舌打ちすると、ディアッカはその細い腕を掴み乱暴に立ち上がらせた。
ずきん、とまた下腹部に鈍痛が走り、ミリアリアは思わず顔を顰めそこに手をやる。
「い、た…」
頭もお腹も、ずきずきと痛い。
ディアッカはミリアリアの手から端末を奪い取ると、細い手首をぎゅっと掴み、出口に歩き出した。
 
「何…するのよ!離して!」
「医務室いくぞ。お前、とんでもない顔色してる」
 
感情の抜け落ちたディアッカの、声。
消えていた苛立ちが、ミリアリアの中で一気に再燃した。
「一人で行くから離して!あんたが一緒に来る必要なんて無いでしょう?」
「心配するのもダメなのかよ!俺は!」
振り返ったディアッカの紫の瞳には、明確な怒りが浮かんでいて。
ミリアリアは言葉を失い、ただその瞳に捕らわれる。
 
 
──そうじゃ、ない。
 
 
ふるふると無言で首を振るミリアリアの碧い瞳に涙が浮かび、それはあっという間にぽろぽろと零れ落ちる。
だが、いつもなら優しくミリアリアの頭を撫でてくれるディアッカは、冷たく厳しい表情で自分を見下ろしていて。
 
やっぱり、わたしはひとりなんだ──。
 
トールを想ってひとりで泣いている時、どこからともなく現れて、優しく頭を撫でてくれる温かい手。
最初は、嫌だったのに。
ミリアリアは、いつのまにか自分がその優しい手にどれだけ救われていたか、どれだけその優しい手を求めてしまっていたかに気付いた。
そして同時に、とてつもない恐怖に教われる。
この優しい手を、また無くしてしまったら──。
 
 
こわい。
またひとりになるのがこわい。
だから、優しくなんてされたくなかった。
いつかいなくなってしまうかもしれないのなら、私を置いて行ってしまうのなら、優しくなんてしないでほしかった。
諦める事を覚えれば、少しは楽になれると思ってた。
でも、ひとりは嫌。
支えてもらわないと、立っていられなくなりそうで。
誰かに助けてほしかった。
だから、いつしかディアッカに…その、温かい手に依存していた。
 
 
「……ちがう」
 
震える声に、ディアッカの表情が変わる。
「え?」
「わたしは…自分で何でも出来るようにならないといけないの」
独白のような言葉に、ディアッカは思わずミリアリアの顔をじっと見つめる。
 
 
「トールはもう、いないから。私を支えてくれる人はもう、いないから。だから、ひとりでも頑張らなきゃ、いけないの」
「ミリ…」
「でも、できないの」
 
 
新しい涙が、ぽろぽろと零れ落ちる。
「この解析も…一日かけても全然できなくて。でもそんなの、誰のせいでもない、自分がいけないのに。どうしたらいいかわかんなくて、助けてほしくて…トールなら、いつもこういう時さりげなく助けてくれてたのにって思って、でも、トールは…いない…」
「もういい。ミリアリア」
ディアッカの手がミリアリアの両肩にかかる。
しかしミリアリアは、壊れた人形のように虚ろな表情でぽつり、と言葉を零した。
 
 
「ひとりは、こわいの。嫌なの」
 
 
肩に置いた手をミリアリアの熱い手にぎゅっと握りしめられ、ディアッカの紫の瞳が、驚愕に見開かれた。
 
「…でも、だからって、あんな風に構ってほしくて、でも悔しくて駄々をこねてあんたに八つ当たりするのは別よね。あんな事言われて、私の事どう思った?二度と顔も見たくないって思わなかった?」
 
そう。
自分がうまく出来ないのは、トールのせいじゃない。
自分の弱さのせい。
トールがいなくても前を向けるよう、強くあらねばいけない。
だがそれと、察してほしくて、構ってほしくて駄々をこねる子供のようになるのとは、別なのだ。
黙ってしまったディアッカに構わず、ミリアリアは言葉を続けた。
「トールがいてもいなくても…それは私の心の問題だもの…。あんたにあんな事、言うべきじゃなかったのよ。だって…」
「……だって、何?」
先程とは打って変わって、静かなディアッカの声。
 
 
──私はあんたの事、いなくなってほしいなんてこれっぽっちも思ってないんだから──
 
 
そう言おうとしたミリアリアだったが、実際にそれを言葉にできたかは分からなかった。
何故かと言うと、ミリアリアの意識はそこでぷつりと途切れてしまったのだから。
 
 
 
 
 
 
 
007

トールを亡くした悲しみから立ち直るべく、強くあろうとするミリアリア。
しかしその感情はどこかちぐはぐで…。
迷走して行くミリアリアの想いを、ディアッカはどう受け止めるのでしょう。
…今回構ってちゃんなミリアリアを書いていて、皆様にお楽しみ頂けているか
内心ドキドキです(小心者;;)。

 

 

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2014,11,26up

2017,1,25改稿