ごめんね、ありがとう 1

 

 

 

 
ミリアリアは、とにかくイライラしていた。
目に付くもの全てに嫌悪感を感じ、聞こえてくるもの全てが雑音に感じる。
普段はなんとも思わないクルー達やサイの声までも、今のミリアリアには苛立ちの対象にしかならない。
 
 
「ミリィ、休憩行ってきたら?」
「…ありがとう。でもいいわ。自分のタイミングで行くから」
「え?でも…もし戦闘にでもなったら」
「大丈夫だから。ありがと、サイ」
 
 
強張った笑顔で答えるミリアリアに、サイは困ったような表情を浮かべ、無言で頷き自分の席へと戻った。
あんな顔をさせて申し訳ないけど…笑顔が出せただけ、まだ自分には余裕があるはず──。
そう自分に言い聞かせたミリアリアは、深く重い溜息をつくと自分にあてがわれた端末をスリーブモードにしてそのまま手にし、すっくと立ち上がった。
 
 
 
「おーい、ミリアリア!」
背後からかけられた明るい声に、ミリアリアはぴた、と足を止める。
その声は今、最も会いたく無い人物の一人である、オーブの姫君。
カガリ・ユラ・アスハのものだったからだ。
「…こんにちはカガリさん。いつクサナギからこちらへ?」
極力苛立ちを表に出さないよう、当たり障りの無い会話でこの場を乗り切ろうとするミリアリア。
しかしカガリは、琥珀色の瞳をきょとんと見開き、ミリアリアの顔を覗き込んだ。
 
「…どうした?お前」
「っ…何が、ですか?」
 
お前、と呼ばれることなど、約一名を除き滅多に無いミリアリアは、つい眉間にシワを寄せてしまう。
「随分難しい顔してるぞ?何か困ったことでもあるのか?だったら私が…」
「別に、何も。私のことは気にしないで下さい」
つい冷たい口調でそこまで言ってしまい、はっとミリアリアは顔を上げる。
相手はオーブのお姫様。
自分のようなただの民間人とは、何もかもが違うのだ。
しかしカガリは、少し驚いた顔をしただけで。
 
「なんだ、それならいいんだけどな。気をつけろよ?あんまり一人で考え込むと、アスランみたいになるからな?」
「…はぁ」
 
アスランみたい?何それ?
トールの件もあり、あまり積極的にアスランと関わってこなかったミリアリアにはその言葉の意味がわからなかったが、とりあえずその場しのぎで頷き、早々に挨拶をしてカガリと別れた。

 
 
 
ミリアリアの不機嫌の理由。
それは、AA内で見つけた古いファイルの解析とその再データ化が思うように進まない為だった。
 
 
ヘリオポリスでは機械工学を学んでいたミリアリアだったが、キラやサイとは違ってプログラミングやOS関連はやや苦手な分野だった。
だが人手不足の艦では、そんな事情など関係なく仕事は割り当てられる。
与えられた仕事が出来ないわけではない。
ただ、解析したくてもまず書いてある言語の意味がわからなくて。
普段なら調べられるようなことでも、宇宙にいて、ネットワークも満足に繋がらない状況ではどうしようもなく。
艦のライブラリに行けば何かあるかもしれないが、そんな目立つことをすれば絶対にあの金髪のコーディネイターがくっついてくるに決まってる。
なぜかミリアリアの事をあれこれ気にかけて、一人になりたい時に限って現れて、見せたくもない泣き顔ばかり見られて。
何よりも悔しいのは、泣いている自分を撫でてくれるその男の手に、どうしようもなく安心させられてしまう事。
 
 
トールがいなくなってしまってからと言うもの、食事も睡眠も不規則になりがちなミリアリアは、女性特有の現象──生理も止まってしまっていた。
それに気付いたマリューにこっそり連れて行かれた医務室で、軍医から告げられたのは過労と心理的ストレスが原因、との言葉。
マリューの気遣いには感謝している。
フレイとナタルがいなくなり、この艦の女性クルーはマリューとミリアリアのみ。
備品庫から生理用品が減っていない事に気付いたマリューの慧眼には恐れ入ったが、それすらもミリアリアにはおせっかいに感じた。
それでも何とか礼を言い、休めとの忠告を半ば無視してひとり食堂で解析作業をしていたミリアリアの元にやって来た、これまたおせっかいとしか思えないコーディネイター、ディアッカ・エルスマン。
彼の行動がミリアリアの苛立ちに油を注いだのだ。
 
 
「なに、お前こんな古いシステム使ってんの?」
「……倉庫に、これがあったから」
 
 
古かろうとなんだろうとどうでもいいじゃない!そもそも古いかどうかすら分からなかったわよ!
そう言いたいのを何とか堪えて、ミリアリアは目の前のモニタに意識を集中させる。
だが、いくら集中した所で手は動かない。
そもそも、何が書かれているかすらほとんど分からないのだから手の動かしようがない。
「…一体いつの時代の言語よ、これ…」
ついぽつりと漏らした独り言に、どこか面白そうな顔でミリアリアを見下ろしていたディアッカがくすりと笑った。
「解析ソフトとか、無いの?」
「あったらこんな事してないわよ」
にべもなく答えるミリアリア。
「俺、一応分かるけど」
「………は?」
ミリアリアはその言葉に顔を上げた。
 
 
「あんた、これ分かるの?」
「あー、うん。俺、プログラミングとか割と好きだし?それに、コツさえ掴めば簡単だぜ?この言語、ある程度様式決まってるし」
 
 
ミリアリアは無言でモニタに目を落とす。
「言語自体の知識もないのに、ソフトが無きゃ厳しいだろ。手伝ってやるよ。っと、まずこれは…」
自分が一日かかっても何一つ進められなかった解析。
それを、さらりと簡単だと口にするディアッカに、なぜかミリアリアは無性に腹が立って。
気付けば、端末に伸ばされていたディアッカの手を思い切り振り払っていた。
 
「いって!お前、なに…」
「手を出さないでよ!これは私に与えられた仕事なの!自分で全部やるから触らないで!!」
 
ミリアリアはそう言って思い切りディアッカを睨みつける。
その剣幕に驚いた顔をしたディアッカだったが、さすがにムッとした表情になった。
 
 
「何、カリカリしてんの?」
「そこで黙って見てて、自分に分かる内容だって知ってたんなら何ですぐそう言わないのよ?私が助けてってお願いするのを待ってたの?」
「はぁ?」
「どう見たって私が困ってるの、分かるでしょ?ならなんで最初から手伝うって言わないのよ?馬鹿にするみたいな顔で黙って見てるだけで!どうせ私はナチュラルだから、あんたみたいに優秀じゃないしモノも知らないわ!バカなナチュラルが簡単なこともできないで困ってるのがそんなに面白い?」
「別に俺、そんな事言ってねぇじゃん」
「だったらそんなとこにいないでどこかに行ってよ!苛々するのよ!!」
「──お前、手伝ってほしかったのかひとりでやりたかったのかどっちだよ?自分が言ってる事、矛盾してるの分かってる?」
 
 
少しだけ怒った顔で、もっともな意見を述べるディアッカ。
その全てが、なぜかミリアリアを極限まで苛々させて。
ミリアリアは勢いよく立ち上がり、乱暴な動作で端末をバタン!と閉じる。
その拍子に椅子が倒れ、これまた大きな音を立てるがミリアリアはそちらに気を回す余裕も無くて。
 
「うるさい!!もうひとりにして!!金輪際私に近寄らないで!!」
 
怒りを湛える紫の瞳を負けじと睨み返し、そう怒鳴りつけるとミリアリアは脱兎のごとく食堂を後にし、ブリッジへと駆け戻ったのだった。
だがブリッジでも、そしてひとりになるべく移動する最中の通路でも冒頭のような会話が繰り広げられ、考えた末ミリアリアが辿り着いたのが、この滅多な事では誰も来ないであろう場所。
 
重い扉をそっと閉め、がちゃり、とロックをかける。
そこは、AAのかなり奥まった場所にある、普段滅多に使わないいわゆる“がらくた”が置かれている倉庫だった。
ひんやりとした空気がミリアリアを包み込み、くしゅん、とたちまちくしゃみが出る。
「…さぁ、やっちゃおう」
倉庫の隅にぺたんと腰を下ろすと、ミリアリアは手にした端末を開き、スリーブモードを解除した。
 
 
 
 
 
 
 
007

7000hit御礼小説です。全4話となります。
舞台はAA時代序盤。なのでミリアリア、カガリにも敬語です(笑)
今回、「お題小説」の中の一つをそのまま御礼小説としてupさせて頂きました。
ええと、そして今回ミリアリアがちょっとだけ性格破綻しかけてます(当社比)。
不快に思われる方もいらっしゃるかもですが、その辺もどうかお気持ちを広く
持たれつつ読み進めて行って頂ければ、と思います;;

 

 

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2014,11,26up

2017,1,25改稿