夕食はシフォンケーキ 1

 

 

 

 

アルフォンス・ジュールは信号待ちのエアカーの中であくびをひとつした。
 
ーー最近忙しかったからなぁ…。
 
アリーはプラントの議事堂内で働いている。
最近大きな会議があり、その準備に追われて日付が変わるギリギリ前に帰宅、という生活が続いていたのだ。
やっとそれが一段落し、アリーは久しぶりに定時を少し過ぎた時刻で議事堂を後にし、帰途についていた。
コーディネイターと言えども、過剰に働けば疲れるし、適度な睡眠だって必要だ。
軍人など、それなりの訓練を受けた人間ならまた別だが、アリーはその方面へ進む気はなかった。
元々そちらには、叔母であるエザリアや従兄弟であるイザークがいる。
「シェリー、帰ってるかな…。」
程なく到着したマンションの駐車場に車を停めながら、アリーは同じように忙しく働いている妻の名前を無意識に呟いていた。
 
 
ロックを解除して、最上階にある部屋へと急ぐ。
何も言わずにこんな時間に帰ったら、シェリーはなんて言うだろう。
ーーーご飯の支度、出来てないのに!って怒る…かもな。
そんな事を思いながら玄関の前まで辿り着き、ドアのロックを外してカチャ、と開ける。
「ただいまー」
その瞬間。
 
ドン、ガシャン!
 
キッチン方面から何かが崩れる音がし、アリーは目を丸くすると急いでそちらへ歩を進めた。
 
 
 
「シェリ………え?」
 
 
 
そこには。
お気に入りのエプロンや綺麗な長い髪、そして手入れを怠らない白い肌までも粉まみれになったシェリーが驚いた顔で立ちすくんでいた。
 
 
「え、と………なに、してるの?」
「う」
 
 
あまりの光景にそう声を掛けるしか無いアリーに、シェリーは目を泳がせる。
辺りを見回すと、シンクには沢山の…ケーキの、型、らしきもの。
そしてボウルや泡立て器などがこれまた粉にまみれて溢れんばかりに積まれていた。
 
「シェリー?」
「……なんで、こんなに早く…帰ってくるのよ」
 
涙声のシェリーに、アリーは首を傾げる。
「いや、仕事が珍しく早く終わって…。シェリーは休みだったの?もしかして。」
「びっくりして…失敗したじゃないっ!ばかっ!!」
「へ?」
噛み合ない上にいきなり罵声を浴びせられ、アリーはきょとんとする。
よく見るとシェリーの手にはパレットナイフ。
そして、ダイニングの床にはこれまたケーキの型が転がり、テーブルには、不格好に傾いた…シフォンケーキ、が置かれていた。
 
 
「疲れた時には…甘いもの、食べたい、って…」
「え」
「シフォンケーキ、好きって言ってたから!驚かそうと思って頑張って作ったのに!
恥を忍んでシホさんとミリアリアさんまで呼んだのよ?
3つめでやっとうまくいって、あとは綺麗に型から出せば完璧だったのにっ!!」
「…う、ん」
「あなたがいきなり帰ってくるから、びっくりして、焦って!最後の最後で失敗したじゃない!
どうしてくれるのよっ!!
やっと…ふわふわに…っ、く…」
 
 
ぼろぼろ、と堰を切ったように、シェリーの瞳から零れる涙。
アリーは肩を震わせるシェリーと、テーブルに置かれたいびつなシフォンケーキを交互に見やった。
そして。
 
 
「きゃ…」
不意にきつく抱き締められて、シェリーは驚き声を上げた。
「シェリー…俺の言った事、覚えててくれたんだ」
「え?」
手作りのお菓子特有の甘い香りを体中から漂わせるシェリーを抱き締め、耳元でアリーは囁く。
普段シェリーが好んでつけているトワレなんかよりも、その甘い香りはアリーの心をひどく煽って。
「ちょ、っと!アリ…」
アリーは抱き締めていた腕を解くとすかさずシェリーを横抱きにし、抗議の声を無視してそのまま寝室へと連れて行った。
 
 
「きゃあ!」
やや乱暴にベッドに降ろされたシェリーが、驚いてまた声を上げる。
「ちょ…なに?ここで着替えろって言うの?そりゃ粉まみれだけど、っく、まだ途中…」
「俺の為に、あれ作ってくれたんだ?」
いつの間にか組み敷かれる体勢になっていたシェリーは、その言葉にアリーの緑の瞳を見上げる。
「…だ、って、まだ…あれしか、お菓子…習ってない、から…」
涙に濡れた瞳に見上げられ、アリーの中でなにかが音を立てて、弾ける。
「シェリー」
そう、名前を呼ばれ。
返事をする間もなくアリーの唇が落ちて来て、シェリーのそれをしっかりと塞いだ。
 
 
 
 
 
 
 
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突発的に書き上げた「エルスマン夫人のお料理教室」続編です!

きっかけはえみふじさんとのやり取りの中にあったお言葉です。

(いつも本当にありがとうございます)

今回3話完結となります。夫婦ネタという事で、“いい夫婦の日”にup(●´艸`)

そしてなんと、第2話は菫ver, (シェリー視点)とえみふじ様より寄稿頂いた

特別ver,(アリー視点)の2種類用意してございます!!

なお、こちらはR18要素を含むお話ですので、苦手な方はご注意下さいね。

一話限りのオリキャラだったはずのアリーとシェリーの思わぬ魅力に魅せられ、

書き上げた作品、どうぞお楽しみ下さい!

 

 

次へ(菫ver,)(えみふじ様ver,)  text

2014,11,22up