「あの…もう、大丈夫ですから。申し訳ありませんでした。」
ミリアリアはそう言って、自分の腕を掴むアマルフィ議員と呼ばれた男性をすまなそうに見上げた。
亜麻色の髪を持つ、優しい顔をした男性。
そして、イザークが口にしたその男性の名前をミリアリアはどこかで聞いたことがあった。
「あ、ああ、すまないね。怪我はないかな?」
掴まれていた腕から、そっと手が離される。
「はい、大丈夫です。」
ミリアリアはにっこり微笑み、頷いた。
「イザーク君、久しぶりだね。」
アマルフィ議員に名を呼ばれ、イザークは立ち上がり敬礼をした。
「アマルフィ議員も、お変わり無いようで…。なかなかお会いする機会も持てず、重ね重ね失礼をいたしました。」
「イザーク君。私はもう議員では無いのだから。そうかしこまらないでくれたまえ。
…ディアッカ君は元気にしているのかな?」
意外な場面で自分の夫の名を聞き、ミリアリアは驚き碧い瞳を見開いた。
「はい。現在は隊を率いてカーペンタリアに赴いております。」
「カーペンタリア…地球に?」
「はい。現地で復興支援の任務にあたっております。」
初めて聞く事実に、ミリアリアは思わずイザークを振り返った。
それをどう取ったのか、イザークは微笑み、アマルフィ議員にミリアリアを紹介した。
「アマルフィ議員。ディアッカの結婚の事はご存知でおられるかと思います。
こちらがディアッカの見初めた女性です。」
ミリアリアは慌てて居住まいを正すと、アマルフィ議員に向き直った。
「初めまして。ミリアリア・エルスマンです。
ご挨拶が遅くなりまして、申し訳ありませんでした。
どうぞよろしくお願い致します。」
ぺこり、とお辞儀をするミリアリアを目の前にしたユーリ・アマルフィの表情が一瞬翳ったのをイザークは見逃さなかった。
ミリアリアの行動に問題は無い。
…では、なぜ?
「ユーリ・アマルフィだ。かつては評議会で議員をしていたんだがね。
今は…工学エンジニアをしている。」
イザークが我に返ると、そこには柔和な表情を浮かべ自己紹介をするアマルフィ議員ーーユーリの姿があった。
…気のせい、か?
ユーリはニコルの死後、急激に反ナチュラルの先鋒であったザラ派に傾倒し、ニュートロンジャマーキャンセラーを開発した人物だ。
息子を無くした悲しみがそうさせたのかもしれないが、その一端を担う立場にあったイザークは、どことなく居心地の悪さを感じていた。
もしかするとユーリは、いまだにナチュラルへの憎悪を持ち続けているのかもしれない。
ディアッカの結婚はプラント中で報道された。
とすれば、その妻であるミリアリアがナチュラルである事を知らないはずが無いだろう。
一瞬見せたあの表情は、そのせいだったのだろうか。
「あ…」
ミリアリアが何かを思い出したような顔で、ユーリを見上げる。
「何かね?」
訝しげに首を傾げるユーリに、ミリアリアはふるふると首を振った。
「いえ!なんでもないんです。それよりすみません、私がぶつかったせいでお引き止めしてしまって。」
「いや、こちらこそ他に気を取られていたものでね。すまなかった。」
そしてユーリは、イザークを振り返った。
「たまには息子の所にも顔を出してやってくれたまえ。
…友人に忘れられる事ほど、悲しい事は無いからね。」
イザークのアイスブルーの瞳が見開かれる。
「…毎年、命日には訪れるようにしているのですが…墓前を訪れるのみでご挨拶もせず、失礼致しました」
ユーリはどこか物憂げに微笑み、首を振った。
「いや、気にしないでくれ。ロミナもなかなか客人と話せる状態ではないのでね。
そうか…墓参りに来てくれていたのだね。ではもしかして、あの百合は君が…?」
イザークとミリアリアは思わず顔を見合わせた。
「…今年の命日は、私と私の婚約者、そしてエルスマン夫妻の4人で足を運びました。
その時に供えた花が、百合です。」
イザークの言葉に、ユーリの瞳が、僅かに揺れた。
「そう、か…。とても美しい百合だったので、記憶に残っていてね。
ありがとう。ニコルも喜んでいるだろう。」
「ニコルは我々の大切な友人で、戦友です。当然の事ですから。」
ミリアリアは二人のやり取りを聞きながら、自分の記憶が確かだった事を確信した。
ユーリ・アマルフィは、先の大戦で戦死したディアッカ達クルーゼ隊の…ブリッツのパイロット、ニコル・アマルフィの、父親ーーー。
奇しくもトールと数日違いで命を落とした、15歳の少年。
ディアッカが飾っている写真の中のニコルは、いつもふんわりと微笑んでいて。
とてもMSを駆るパイロットには見えなかった事をミリアリアは思い出していた。
「では、私はこれで失礼するよ。妻が待っているのでね。」
「あ、あの!」
突如ユーリを呼び止めたミリアリアに、イザークが怪訝そうな視線を送った。
「ニコルさんの…作った曲、私、ピアノで弾いた事があります。ラクス…ラクス様に楽譜を借りて。
とても綺麗で優しいメロディで、素敵でした。
あの曲を作ったニコルさんも、とても優しい方だったんだろうな、と思います。」
ミリアリアの言葉に、ユーリは驚いたように目を見開く。
その反応に気を悪くしたのかとミリアリアは焦り、急いで言葉を続けた。
「あ、あの、すみません!いきなり不躾な事を…」
「ーーーいや、とんでもない。」
ユーリは、思いがけないくらいに優しい笑顔を浮かべた。
「ミリアリアさん、と言ったね。息子のことをそんな風に言ってくれて、ありがとう。」
「いえ…そんな…」
「息子もきっと喜ぶと思うよ。本当にありがとう。…では、イザーク君。」
「はっ、お気をつけてお帰り下さい!」
「ミリアリアさん、ディアッカくんにもよろしく伝えてくれたまえ。」
「はい、ありがとうございます。」
そうしてユーリが去って行くのを、イザークとミリアリアはただ黙って見送った。
「ご自宅まででよろしいですか」
アマルフィ家の運転手の言葉に、ユーリが返事をするまでしばらく間があった。
「…ご主人様?」
「あ、ああ。家までやってくれ。」
「かしこまりました。」
エアカーが静かに動き出す。
ユーリは車窓からぼんやりと外の景色を眺めた。
エザリア・ジュールのパーティーに出席したのは、後少しに迫った“作戦”にむけて、標的の状況を探る為であった。
もちろん、ディアッカがプラントにいない事は承知している。
しかしここで、彼の妻であるミリアリア・ハウーー現在はミリアリア・エルスマンだがーーに会う事までは予想していなかった。
自分は、冷静に対応出来ていたであろうか。
ミリアリアの碧い瞳が、ユーリの脳裏に蘇る。
すべてを見透かすような、大きくて碧い瞳。
そして、予想もしなかった彼女の言葉。
ーーあの曲を作ったニコルさんも、とても、優しい人だったんだと思いますーー
ユーリは深い溜息とともに、両手で頭を抱え項垂れた。
命日に、墓の前に供えられた美しい百合の花。
すっかり弱ってしまったロミナが、その百合を見て久しぶりに浮かべた笑顔を、ユーリは思い出した。
ニコルを、自分達の大切な友人ときっぱり口にしたイザーク。
そして、息子と関わりなど何もないと決めつけていたミリアリアの、言葉。
「ニコル…」
若草色の髪に茶色の瞳の、妻であるロミナにそっくりな優しい風貌の少年だった息子を思い出し、ユーリは今までに無く胸がざわつくのを感じていた。
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ニコルの父、ユーリの登場です。
偶然出会ったミリアリアの言葉に、心を揺さぶられるユーリ。
しかし、事態はどんどん動いて行きます…。
2014,10,28up