「シホさん、試着出来た?」
カーテン越しにミリアリアが声を掛けると、「は、はいっ!」と慌てた声とともにバサバサと衣擦れの音が聞こえて来た。
「あの、そんなに慌てなくてもいいから…」
思わずクスッと笑いながらそう声をかけ、ミリアリアはラックにかかる様々なデザインのドレス達をぼんやりと眺めた。
ディアッカがカーペンタリアに発って、もうすぐ1ヶ月半。
ひとりの部屋に戻る事にも大分慣れて来た。
ディアッカとはほぼ毎日通信越しに話していたが、それでもやはり、寂しいという思いは消えず。
イザークを通して、エザリア・ジュール主催のパーティーへの誘いを受けた時、ミリアリアは二つ返事でそれを快諾したのだった。
「だらしないわよね…。甘やかされ過ぎなのかしら、やっぱり。」
思っている以上に、自分はディアッカに依存している。
離れて暮らすようになって1ヶ月半、ミリアリアはその事を度々自覚していた。
かつて、戦場カメラマンーーのちにジャーナリストと呼ばれ、紛争地域を駆け回っていた頃は、こんな未来があるなど予想もしていなかったのに。
いつ会えるかも分からず、空を見て泣いてばかりいたあの頃に比べたら、彼の妻となりプラントで暮らし、離れていても通信越しに毎日連絡を取り合えている現状は、幸せ以外の何者でもないのに。
ふとミリアリアの脳裏に、2年前に届いた黒い封筒の言葉が浮かんだ。
“その幸せに慣れた頃、真の報いが貴殿らに訪れる。
その時まで、束の間の幸せを、どうか満喫されたし。”
今、少しだけ寂しい思いはしているけど、幸せと言っていい環境にいる自分。
ディアッカに身も心も愛され、満たされている自分。
ーーーこれが…幸せに、慣れた、ということ?
だとしたら、あの言葉にあった“真の報い”は…?
「お客様。お連れの方のお着替えがお済みですが…?」
店員に声をかけられ、ミリアリアははっと我に返った。
「あ、すみません!ありがとうございます!」
今度時間を見つけて、その後、黒い封筒の件の調査がどうなっているかラクスかキラに聞いてみよう。
ミリアリアはひとつ息をついて気持ちを切り替えると、大きな鏡の前で恥ずかしそうに佇むシホの元へ足早に歩いて行った。
「ミリアリア!いらっしゃい、よく来てくれたわね。」
にこやかに微笑むエザリアに出迎えられ、ミリアリアもまた笑顔になった。
「こんばんは、エザリアさん。お招き頂いてありがとうございます。」
先の大戦でパトリック・ザラとともにあったエザリアは、戦争の責任を取る形で政界から引退したような形となった。
しかしその人柄と人脈は健在で、一般人となった現在もこうしてパーティーを開き、そこにはプラントの重鎮と呼ばれる人物達も顔を出している。
ミリアリアはナチュラルな上、オーブ軍属で報道官の任についていると同時に、ザフトの高官でもあるディアッカの妻で、最高評議会議員、タッド・エルスマンの義理の娘にもあたる。
その特異な境遇のせいか、エザリアとミリアリアには周囲の視線がいつしか集まっていた。
周りの印象とは裏腹にこう言った場をあまり好まないディアッカのおかげで、普段はこのような場に出る事は殆どなかったが、エザリアの誘いとなれば話は別だ。
「ディアッカが戻るまで、あと1ヶ月半くらい?寂しいわね。」
「そうですね…。でも、通信越しで毎日のように話していますから。
顔を見て話せるだけでも、大分気持ち的に違います。」
そう言って微笑むミリアリアの髪を、エザリアは優しく撫でた。
「あなたは強いのね…。でも、無理をしてはダメよ?
何かあれば、私でもイザークでもすぐに連絡を頂戴?シホさんでもいいわ。」
イザークがディアッカとミリアリアの結婚式の際に、シホを『結婚を前提とした恋人』とエザリアに紹介したのは2年前の事だ。
イザークの議員選出やシホの事情もあり、二人の関係はなかなか進展しなかったが、エザリアはイザークを信頼し、基本的には黙って成り行きを見守っていた。
生真面目で人見知りな所があるシホを誘い出し、ショッピングやランチに連れ回してイザークに叱られた、と零していたのはいつの事だっただろう?
イザークったら、シホさんを独り占めしようとするのよ、とエザリアが愚痴るのを、ディアッカとミリアリアは笑いを堪えながら聞いていたものだった。
「そう言えばイザークは?シホさんと一緒ですか?」
先程までシホはミリアリアと一緒に今日のパーティー用のドレスを選んでいたのだが、一度自宅に戻ると言って別れたままだった。
「自分の仕事が終わったらシホさんのお家に迎えに寄って、そのまま来るそうよ。
あの子があんなに心配性だなんて意外だったわ。」
そう言って肩を竦めるエザリアに、ミリアリアはくすくすと笑った。
「母上、遅くなりました。」
「こんばんは、今日はお招きありがとうございます。」
イザークとシホが現れたのは、ミリアリアが到着してから1時間近く過ぎた頃だった。
シホが身に纏うドレスは深緑色のホルターネックのもの。
胸元が少し大きく開いた大人っぽいデザインは、ミリアリアと店員がシホに一番似合うと勧めたものだ。
膝丈のマーメイドラインはシホのスレンダーな体をいっそう際立たせている。
「遅かったわねイザーク。…まぁ、シホさん!今日は一段と綺麗じゃない!」
エザリアの満面の笑みに、シホは恥ずかしそうに微笑む。
「母上?」
「ああもう、いいじゃない。せっかく来てくれたんだから、しばらくシホさんを貸して頂戴!
たまにはゆっくりお喋りしたいわ。ね?シホさん?」
「は、はい!私でよろしければ…。隊長、では後ほど。」
エザリアに引きずられるように人ごみに消えて行くシホを、イザークは溜息とともに見送った。
そして、クラッチバックを持つシホの左手の薬指に光る大粒のダイヤに気づき、ミリアリアはつい笑みを浮かべた。
「あれ、婚約指輪?」
取り残されたイザークとともに部屋の片隅でグラスを傾けながら、ミリアリアはいたずらっぽく笑った。
「…ああ。大分前に渡したものだ。普段は付けたがらないのだが、こういう場には付けてくるよう言っている。」
ポーカーフェイスでカクテルを口に運ぶイザークだったが、その頬が少しだけ赤いのは酒のせいではないだろう。
「もう、付き合って2年以上経つものね。結婚、決めたの?」
「俺はとっくにそのつもりでいる。だがシホの意思もあるだろう。無理強いは…したくないしな。」
ミリアリアは詳しく知らないが、シホの家庭には複雑な事情があるらしい。
プラントでも著名な声楽家と作曲家を両親に持つという事だったが、シホ自身は半分縁を切った状態でザフトに入隊したようだ。
ただの恋人ならともかく、結婚、となれば自然と双方の家も絡んでくる。
しかもジュール家は、プラントでも指折りの資産家。
エルスマンの家もかなりのものだが、タッドはどこか無頓着な所があり、ミリアリアの両親とも至極問題なく付き合ってくれている。
そう、ミリアリア達のようなケースは特殊なのだ。
「…イザークとシホさんの結婚式、楽しみだなぁ。
きっと子供が出来たら、すごくかわいいでしょうね。二人とも美形だし。」
ミリアリアがそう呟いた瞬間、イザークがごほ、と咽せた。
「ちょ…だ、大丈夫?」
ごほごほと咳き込むイザークに、ミリアリアは慌てて近くにあったおしぼりを差し出す。
「だ…大丈夫だ。気に、するな…」
その顔は先程よりさらに真っ赤で、ミリアリアはきょとん、としたあと思わず吹き出した。
「私、新しいタオル貰ってくるわね。イザークはここで待っててくれる?…きゃ!」
そう言って椅子から立ち上がったミリアリアは、背後にいた人物にぶつかってよろけた。
「失礼!お怪我は…」
慌ててミリアリアの腕を掴み体を支えてくれたのは、柔らかい声の男性。
「私の方こそすみません!注意不足で…」
ミリアリアは態勢を立て直し、振り返った。
「…アマルフィ議員?」
少しだけ固い、イザークの声。
ミリアリアは、驚いた様子で目の前に立つ、亜麻色の髪の男性を見上げた。
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突如現れたニコルの父、ユーリ。
『あの方』がいよいよ動き出すのでしょうか…
2014,10,26up