どのくらい、そこに蹲って泣いていただろうか。
少しだけ風が冷たくなって来て、シンはふるり、と震えた。
風に揺れる、百合の花。
思い出の中のトダカに、その清廉な花はとても良く似合う気がして。
シンは、ゆっくりと立ち上がった。
「…俺、トダカさんのような軍人になりたいです。強い信念と、優しい心を持った軍人に。
でも今、そう言う人達と一緒に働いてるんです、俺。
戦争が終わって目的を見失っていた俺に、どうしようもない厄介者に成り下がっていた俺に、もう一度前を向くきっかけを与えてくれた人達に、出会えたんです。」
トダカは多分、自分を責めないだろう。キサカも、アマギも。
そうした覚悟の元、彼らは軍人として二度の大戦を戦ったのだろうから。
それでも自分は、トダカを手にかけた事を生涯忘れない。
そして同時に、トダカから貰った優しさも、トダカにしてしまった不義理も、全部、忘れない。繰り返さない。
他にいくらだって方法はあるのかもしれない。
でもそれが、今シンが思いつく、トダカに対する様々な気持ちを表す最大の方法。
シンは、トダカの墓石に向かって居住まいを正し、自分が出来る最大級の敬礼を送った。
「これで償いになるなんて思えないし、ただの自己満足かもしれません。
でも俺、トダカさんの分も、前を向いて生きて行きます。
トダカさんに恥じない人生を、送ります。」
ざぁ、っと強い風が吹き、シンの黒髪を巻き上げる。
百合の花の芳香が漂い、シンは目を閉じてそれを胸一杯に吸い込んだ。
それはまるで、トダカからの激励のようで。
シンは、手をおろすと墓石に一礼した。
「今度、またゆっくりここに来ます。…花を持って。」
そうしてくるりと、シンは墓石に背を向けた。
「…行って、来ます。」
シンはぐい、と乱暴に目を擦ると、しっかりと前を向いて歩き出し、墓地を後にした。
***
「クリスタルマウンテンが好きなんだっけ?あいにく今切らしてるのよ。」
ディアッカは、エイミーの記憶力の良さに微笑んだ。
「いえ。このコーヒーも美味しいです。マンデリン…ですか?」
「さすがね!やっぱりコーディネイターは味覚も鋭いのかしら?」
他の人間が言えば嫌みとも取られかねない言葉だったが、エイミーが口にするとそのような感じは全く受けないのが不思議だ。
やはり、この屈託の無さがそうさせるのだろうか。
「いえ、父がコーヒー通なもので。小さい頃から色々な品種のコーヒーを飲んでいたせいだと思います。」
エルスマン家で好まれていた豆は、クリスタルマウンテン。
キューバ産の品種で、酸味と苦みのバランスがとれた上品な味は昔からタッドのお気に入りだった。
今ディアッカが口にしているのは、マンデリン。
インドネシア産の品種で、コクのあるやわらかな苦味が特徴のコーヒーだ。
「お父さんの好みですか?」
「ええ。私とミリィは紅茶派だから。あの人ったら喜んでたわよ?
コーヒー好きの息子が出来たって。」
ミリアリアと同じ茶色い髪の、柔和な男性の顔を思い出し、ディアッカの顔が綻んだ。
「今日は泊まって行くの?」
「いや、休暇が今日だけしかなくて。夜には駐屯地に戻ります。」
「あら、残念。でも夕食は食べて行くでしょ?」
かつてご馳走になったエイミーの手料理を思い出し、ディアッカは昼食がまだだったことを思い出した。
「はい。実は昼もまだなんです。」
「まぁ!早く言えばいいのに。おやつにキッシュはいかが?
ちょうど今朝作ったものがあるのよ。」
「食べます!」
その提案に飛び付いたディアッカは、あまりにも子供っぽい自分に気付き赤面した。
エイミーはそんなディアッカの顔を見ると、くすくすと笑って立ち上がる。
その笑顔は、ミリアリアにそっくりで。
ディアッカは久しぶりに、まるでプラントの自宅にいるような居心地の良さを感じていた。
エイミーが連絡したのだろう、早めに帰宅したレオナルドも交え、夕食は和やかなものとなった。
食べたいものはある?とエイミーに問われ、いつしかあれもこれも、とリクエストしていたディアッカは、魔法のように次々に現れる手料理に舌鼓を打った。
「地球にはいつまで?」
コーヒーを飲みながらレオナルドに尋ねられ、ディアッカはうーん、と首を捻った。
「ええと…オーブに駐留するのは明後日までです。ただ、明日はスカンジナビアまで任務で出向くので、ゆっくり出来るのは今日が最後ですね。」
「そうか…君も大変だな。軍の仕事は相変わらず忙しいんだろう?」
「はい、階級が変わったせいもありますが、たまに任務が重なったりすると軍本部に泊まりがけで…」
「あら、ディアッカくん出世したの?」
エイミーの声に、ディアッカはそういえばその事について何も彼らに告げていなかった事を思い出す。
「カーペンタリアにプラントからザフト軍が派遣されている件、ご存知ありませんか?
実はそれが自分たちで、その…俺は一応その隊の隊長、やってます。」
エイミーの碧い瞳がまんまるに見開かれ、驚いた顔のレオナルドと顔を見合わせた。
「まぁ、隊長さん?すごいじゃないの!おめでとう!」
「すごいじゃないか!君の努力が認められた結果だな。おめでとう、ディアッカ君。」
「いえ、臨時の措置ですから…。でも、ありがとうございます。」
ディアッカの胸に、感じた事の無いくすぐったさが広がる。
まるで自分の事のように喜び、笑顔を見せるミリアリアの両親。
プラントにいる父、タッドに愛されていなかった訳ではない。それはもう理解している。
しかし、こうして手放しで喜び、祝福してくれる、この人達も確かに俺の父と母、なのだ。
その事がディアッカは、素直に嬉しかった。
そして、大切な、守りたいものが増えた事を改めて実感していた。
「ごちそうさまでした。こんな時間まですみません。」
玄関で見送る二人に、ディアッカは笑顔でぺこりと頭を下げた。
「もう!ここはあなたの家なんだから、そういう気遣いもいらないの!」
「そうだよ、ディアッカ君。あちらに戻るまでに時間があれば、またいつでも帰って来てくれ。
…うちには、コーヒーを語る相手がいないのでね。」
その言葉にディアッカはふわりと笑顔を浮かべた。
「次に来る時は、お父さんの口に合うコーヒー豆を用意してきます。」
「では私も、ディアッカ君が好きそうな豆を見繕っておくよ。」
そうして、父と息子は、目を見交わすとくすりと笑いあった。
「…じゃ、そろそろ行きます。」
「気をつけてな。」
「無理はしちゃダメよ?」
そこにあるのは、息子を心配する父と母の姿。
ディアッカは背筋を伸ばし、二人の姿を見つめた。
「お父さんとお母さんも、気をつけて。
何かあれば俺でもミリィにでもいいんで、いつでも連絡を下さい。
…行って、来ます。」
意を決して紡ぎ出した言葉に、レオナルドとエイミーは嬉しそうに微笑み。
「行ってらっしゃい、ディアッカくん。」
「気をつけて行くんだぞ。」
そう言って手を振ってくれた。
ディアッカはエアカーに乗り込み、エンジンをかける。
その瞬間ーーー何か異質な感覚を、ディアッカは感じ取った。
こんな時間に、普通ではあり得ないはずの、人の、気配…?
ディアッカは二人に悟られないよう、そっと注意深く辺りを見回す。
しかし、一瞬感じた気配は今はもう消えていた。
気のせい、か?
ディアッカの脳裏に、二年前に届いた黒い封筒が浮かぶ。
…まさか、な。
ディアッカはふるりと首を振るとエアカーの窓を開け、玄関に立つエイミーとレオナルドに手を振る。
「運転、気をつけてね!ディアッカくん!」
エイミーの朗らかな声に笑顔で頷き、ディアッカはハウ家を後にした。
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トダカの墓前で彼に語りかけ、自分の道を見つけ改めて前を向く事を誓ったシン。
自分を慈しみ、息子として大切にしてくれるミリアリアの父母の優しさに、ひと時の安らぎを得るディアッカ。
そして、ディアッカが感じた怪しい気配。
物語は新たな展開を迎えます…。
2014,10,22up