23, 海でも、空でも 2

 

 

 

 
その墓石には、『トール・ケーニヒ』と名前が刻まれていた。
 
ディアッカは無言でしばらく墓石の前に立ちつくした後、抱えていた花束をそっとその前に置く。
そしてそこにしゃがみ込んだまま、シンが見た事のない柔らかな表情でじっと墓石を見つめていた。
 
それはまるで、古くからの友人に何かを語りかけているようで。
シンは言葉が見つからず、黙ってそんなディアッカをただ眺めていた。
 
「…隊長の、友人かなにかですか?」
思わず口にしたのは、不躾とも取れるそんな質問で。
ディアッカは柔らかな表情のまま、自分の言葉に狼狽え赤い瞳を揺らすシンを振り返り、立ち上がった。
 
 
「こいつはAAのクルーだよ。キラやサイの友達で…ミリアリアの、恋人だった男だ。」
 
 
シンは驚きのあまり絶句する。
ディアッカはそんなシンにふわりと微笑み、また墓石に向き直った。
 
「先の大戦、オーブ近海での戦闘で戦死した。やったのは俺たちクルーゼ隊…アスランだ。」
シンの揺れる瞳が大きく見開かれ、ディアッカを凝視した。
「その数日後に俺はバスターを中破されて、AAに投降した。そこでミリアリアと出会ったんだ。
だから、俺はこいつとは直接の面識なんてない。もちろん、友人でもない。」
「じゃあ…なんで…」
 
シンは素直な疑問を口にする。
ディアッカの話が本当であれば、ザフトである彼はミリアリアにとって恋人を殺した憎い敵でしかないはずで。
それがなぜ今夫婦として共に生きているのか。
恋人を手にかけた張本人であるアスランとミリアリアの関係はどうなっているのか。
そして何より、なぜディアッカは面識のない、自分の妻の元恋人の墓を訪れ、こんな表情をしているのか。
 
 
「初めて目にしたあいつは、泣きながらサイの後ろに隠れてた。多分俺が怖かったんだろうな。
で、偶然俺が拘束されてた医務室に一人であいつがやって来て…苛立ってた俺はあいつに酷い言葉をぶつけて、結果殺されかけた。」
「…は?」
 
殺され、かけた?
誰が、誰に?
 
 
「今でもたまに不思議に思う。民間人と軍人で、恋人をザフトに殺されたあいつとザフトの軍人である俺。
何一つ相容れる要素なんて無かったはずな俺たちが、こうして愛し合って結婚するなんて、ってな。」
 
 
ディアッカの穏やかな声。
 
「あいつ、言ったんだ。オーブは私の国だから、戦う、って。
トールを殺したのは戦争だ。だから、早くこんな戦いを終わらせなきゃいけない、って。」
 
「殺したのは…戦争」
シンは呆然と呟いた。
 
「こいつは…トール・ケーニヒは、キラを助けようと…ミリアリアを護ろうと出撃して、死んだ。
だから俺は、ミリアリアと結婚する時に誓った。
必ずミリアリアを幸せにする。死ぬまで俺がそばにいて守るから、安心しろって。」
 
シンは墓石を見下ろした。
「ミリアリアさんは…アスランさんのこと…」
「…あの人を殺してもトールは帰ってこない、って泣いてた。
それでも、自分の中でケリをつけたんだろうな。
その後もアスランには普通に接してた。それは今でも変わらない。」
シンは言葉に詰まる。
 
 
「泣いて、迷って、何度心が折れそうになってもあいつは前を見ようと立ち上がる。
だから俺は、あいつを守って、支えたいと思った。
あいつの感じた喜怒哀楽、全部受け止めたいと思った。
戦争が…俺たちが殺してしまった、トール・ケーニヒへの想いもな。」
 
 
「そう、ですか…」
シンはその時のミリアリアの気持ちを思い、胸が締め付けられるような感覚を覚えた。
大切な人を殺されて、憎くないはずなんて、ないのに。
現に自分は、家族を殺したオーブと言う国を、アスハを憎んだ。
しかしミリアリアは、そうしなかった。
そんな彼女をシンは素直にすごい人だ、と思い。
そして、ミリアリアに想いを寄せたディアッカの気持ちが、少しだけ分かる気がした。
 
 
「お前が手にかけたオーブの将校について、俺は何も知らない。
そんな俺の言う事なんて、お前に取っちゃ見当違いもいいとこかもしれない。
それでも…俺の感じた事、言ってもいいか?」
 
 
いつの間にかこちらを振り返っていたディアッカの紫の瞳が、穏やかにシンを映し出す。
シンは、無言で頷いた。
 
 
 
「お前がその人に伝えたい事、伝えたい想い。それをそのまま、伝えればいいと思う。
それが墓前であってもその人と縁の深い人であっても、海でも空でもなんでもいい。
お前が納得出来るやりかたで、まずは感じた事を口に出せばいい。
…ひとりで、抱え込むなよ。」
 
 
 
「たい…ちょう…。」
シンの赤い瞳が、また、揺れて。
だらんと下げられた手が、ぎゅっと握りしめられた。
 
「…で、な。わりぃ。マジでおせっかいだとは思ったんだけどさ。場所、キサカさんに一応聞いといた。」
 
要らなかったら捨ててくれ、とディアッカから渡されたメモには、トダカの墓のある区画が記されていた。
「付き合わせちまって悪かったな。俺はこの後まだ行くところがある。
夜には島に戻るつもりだけど、先に戻りたかったらヘリポートに行けばお前だけでも送ってもらえるはずだ。」
そう言ってディアッカは、ぽん、とシンの頭に手を乗せた。
 
 
「明日はスカンジナビアに飛ぶ。そのつもりで用意しとけよ?」
 
 
ふわり、と微笑み、そしてトール・ケーニヒの墓にちょっとだけ目をやり。
ディアッカはシンを残してその場を後にした。
 
 
 
 
 
 
 
016

ディアッカが行きたかったのは、トールのお墓参り。

柔らかな表情のディアッカは、トールに何を語りかけていたのでしょう。

不器用ながらもシンを思いやるディアッカの優しさが垣間見えます。

 

 

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2014,10,19up