シンが顔を上げると、そこは自分に与えられた宿舎の一室だった。
どうやってここまで戻って来たのだろう。
頭が酷く痛んで、だけどこんな所で無様に蹲るわけにはいかない、と壁に凭れて…。
その後の記憶がない。
ゆっくりとソファから身を起こす。
ずきり、とまた頭が痛み、シンは小さく呻いて顔を顰めた。
「まだ寝てろよ」
背後から不意にかけられた声に、シンはびくりと肩を揺らし、素早く振り返った。
そこに立っていたのは、先程別れたはずのシンの上司ーーーディアッカ・エルスマンだった。
「隊長…どうして…」
「お前、宿舎に入ってすぐの所でぶっ倒れてたんだよ。で、俺が親切にここまで運んでやったの。」
シンは俯いた。
「そうですか…。ご迷惑おかけして、すみません。」
「別に?それにしてもお前、軽いなぁ。もうちょっと食った方がいいんじゃね?」
ディアッカの軽口に付き合う余裕などどこにもなかったシンは、無言で俯いたままだった。
その様子に、ディアッカは苦笑いを浮かべて軽く溜息をつく。
「俺の見立てだと、軽い貧血ってとこかな。
まだ顔色も悪いし、めまいとか吐き気が続くようなら点滴用意するぜ?」
「医者みたいな事、言うんですね…。」
ディアッカはシンの背後の壁に凭れて腕を組んだ。
「ああ、俺の父親、名前くらい聞いた事あるだろ?タッド・エルスマン。
一応医者の息子なんだよね、俺。だから、多少はその道の知識もあるってわけ。」
「そう、ですか。」
ここまで連れて来てくれたのは感謝している。
しかしシンは、一人になりたかった。
一人で、トダカの事について考えたかった。
自分がこの手で殺してしまった、自分を助け導いてくれた恩人。
知らなかったとは言え、言い訳など出来るものではない。
自分はどうすればいいのか。
どう、償えばいいのか。
「…オーブ総領事館の館長、分かるか?」
脈絡のないディアッカの言葉に、シンは首を傾げた。
「アマギ一尉。二度目の大戦当時、タケミカズチ、って艦に乗っていたそうだ。
よかったら話をしてみるといい、ってキサカさんから伝言だ。」
シンがその意味を理解するのに、しばらくかかった。
「もし話がしたいなら…ミリィに頼んで話を通す。どうする?」
ディアッカは、キサカからどこまで話を聞いたのだろう。
ふとそんな疑問が頭をよぎったが、今のシンにはそれもどうでもいいことに思えた。
「今は…いいです。一人で考えたいことがあるんで。」
そう答え、言外に退出を促すと、ディアッカは苦笑して頷いた。
「分かった。必要ならすぐ言えよ?それと…いや、なんでもない。」
ディアッカが言いかけてやめた事。
それはきっと、『何かあったら俺に話せ』ということだろう。
「はい。ありがとうございます。」
「ああ。じゃあ俺、部屋に戻るから。気分良くなるまでは寝とけよ?」
「はい。」
ぱたん、と軽い音とともにドアが閉じられ。
シンはソファに寝転がり、腕で顔を覆った。
プラントにある、ミリアリアとディアッカの暮らすアパート。
予想していたより早く鳴り響いたヴィジホンの音に、ミリアリアは急いで回線を繋げた。
「ディアッカ?今日はオーブに行くんじゃなかったの?」
『ああ、もうオーブにいる。つっても本島じゃないけどな。
今日の任務はもう終わって、姫さんが用意してくれた部屋に戻って来たとこ。』
モニタに映るディアッカは、少しだけ疲れた顔をしていて。
少しでも早くプラントに戻る為に、きっと休みも取らず働いて疲れているんだろうな、とミリアリアは思った。
「そうなの。お疲れさま。ご飯、ちゃんと食べてる?」
『ああ、今日はこれから。姫さんとアスランも来てるし、あとで連絡入れてみるつもり。』
「カガリも?元気にしてた?」
最後に会ってから1年以上経つ親友の名前を聞き、ミリアリアはつい笑顔になった。
『元気そうだったぜ?だいぶ政治の世界にも慣れて来たみたいだしな。』
「そう…。アスラン、一応ザフトの軍人でしょ?よく一緒に行動出来たわね。」
『今回の任務はザフトとオーブ間で協力体制が敷かれてるからな。
オーブはプラントの友好国だし、あいつはプラント側の代表だから。』
「それでも、昔みたいに無理のない形で一緒にいられるんだもの。良かったわよね。」
かつてアスランは、ザラの名が持つ影響力を懸念し偽名を使ってカガリの元にいた。
今考えれば、それは酷く不自然な事にミリアリアには思えて。
アスランが、アスラン・ザラとしてカガリの近くにいられるようになった事実こそ、世界が一歩平和に近づいた証のような気がしてミリアリアは嬉しくなった。
『…あのさ、ミリィ。タケミカズチって分かる?』
ディアッカのいつになく真剣な顔に、ミリアリアは思わずソファに座り直した。
「タケミカズチ…?オーブの空母の事?」
『ああ。アマギさんが元いた艦なんだろ?』
「うん。館長は副長だったそうよ。クレタ海での戦闘で沈没した時、館長達はカガリの所に…AAに移って来たの。
司令官だけが艦に残って…そのまま、戦死されたそうよ。」
『クレタ海…それってもしかして…』
ディアッカの表情が変わる。
ミリアリアは一瞬迷った後、モニタ越しにディアッカの目をじっと見つめて、話を続けた。
「ザフト軍との戦闘よ。ミネルバもそこにいたわ。…タケミカズチは、インパルスに撃墜されたの。」
モニタの向こうでディアッカが愕然とした顔をしたあと、深く溜息をつくのが見えた。
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ミリアリアの言葉で全てを察したディアッカ。
そして、シンは一人になって気持ちの整理をしますが…。
2014,10,11up