「シン、隊長と一緒に行くんじゃないの?」
本部内、ドックにほど近い休憩室。
背後からかけられた声に、シンはコーヒーを手にゆっくりと振り返った。
「…ああ。先に出る。
宙域に待機してる艦で合流するんだ。」
「そっか。」
そう言ってシンの隣に立ったのは、メイリンだった。
「…シンとこうやってちゃんと話すの、久しぶりだよね」
「…ああ、うん。」
シンはメイリンを見ようとしない。
メイリンは、そんなシンにずっと感じていた疑問を思い切ってぶつけてみることにした。
「…シンは私やおねえちゃんと、もう関わりたくないって思ってるの?」
シンがびくり、と身体を震わせてメイリンに向き直った。
その赤い瞳に映るのは、かつて自分が殺した、と思っていた、悲しげに自分を見つめる赤い髪の少女。
「私がアスランさんと逃げた時のこと、まだ気にしてるの?」
「それ、は…」
かつて、シンはザフトを脱走したアスランとメイリンをレイと共に追い、撃墜した。
結局二人はキサカに助けられ、そのままAAに身を寄せるのだが、シンは再会した後もメイリンを避け続けた。
シンの気持ちを考えれば仕方の無い事か、とメイリンは思っていたが、それでも姉のルナマリアとシンが付き合い始めたと聞き、いつかは元のように戻れると楽観的に考えていたのだ。
しかし、シンは終戦後いくつかの隊を渡り歩いたものの、なかなか一つの場所にとどまる事が出来なかった。
一方ルナマリアは、終戦後配属された月基地で相変わらずMSのパイロットとして活躍している。
小さなテロ事件等もあったらしいが、ルナマリア達の働きでそれほど大事にもならず済んだという事もあったらしい。
新しい居場所を見つけたルナマリアと、居場所が見つからず彷徨うシン。
姉からそんな話を聞き心配していた矢先、同じ月基地勤務だった自分に転属命令が下った。
まさかそれがきっかけで、こうしてシンと再会するとは思っても見なかったのだが。
「シン、あれから私と話してくれなくなっちゃったでしょ?だから…」
「メイリン。」
不意に名前を呼ばれ、今度はメイリンがびくりと体を震わせた。
「メイリンは…俺が怖くないのか?
俺は、お前とアスランの事殺そうとしたんだぞ?」
「…怖かったよ?」
悲しげな表情をしたメイリンに、シンもまた傷ついたような表情になる。
「でもね、あの時はあれで仕方なかったんだって思った。
そりゃ怖かったけど…、でも、シンのした事だって間違いじゃないよ?
私はあの当時から、こっそり議長の事とか偽のラクス様の事とか調べてて疑問も持ってたし。
お互い、自分の信念に従って行動した結果、じゃないのかな?」
シンは息を詰め、メイリンを見つめた。
「おねえちゃんが言ってたの。いつまでも過去に捕らわれてちゃいけない、って。
アスランさんにシンがやられて、レイまで死んじゃって、おねえちゃん、すっごく悔しかったんだって。
レイの事も、どうしてもっと気にしてあげられなかったのかって、おねえちゃん泣いてた。」
「ルナ…が?」
メイリンは頷いた。
「うん。でもね、生き残った自分たちにはきっとまだ出来る事があるから、って言ってた。
それに…これは言っていいのか分かんないけど…」
シンは首を傾げる。
「なに?」
「…シンの事、放っておけないから、って。
こういう愛の形もあるのね、って笑ってた。」
「はっ?」
シンは顎が外れんばかりにぽかんと口をあける。
そして次の瞬間、その顔が真っ赤に染まった。
予想外の反応にメイリンは驚き、なぜか自分まであたふたする。
「だっ…だから!どうしてシンがおねえちゃんから離れて行っちゃったのかは分かんないけど!
えと…たまには、連絡してあげてほしいな?
おねえちゃんから連絡しても、もう出てもらえないって言ってたから…。」
「…ルナ、結婚の話、出てるんだろ?」
メイリンが目を見開いた。
「俺みたいなのに構ってちゃダメなんだ、ルナは。
共倒れするくらいなら、俺なんていない方がいい。こんな…厄介な男なんて。」
「…婚姻統制の話を言ってるの?」
いつになく鋭い口調のメイリンに、シンは驚き顔をあげた。
「確かに、パパ達からおねえちゃんにお見合いの話が行ったのは本当だよ?
でもおねえちゃん、即断ってた。」
「…こと、わった?」
シンのきょとんとした顔。
ああ、自分の知っているシンだーー。
メイリンは思わず、くすりと笑った。
「そう。エルスマン隊長とミリアリアさんの件も影響してるのは確かだけど、おねえちゃん、結婚って言うのは好きな人同士がするものだ、って断ったんだよ?」
「え…」
「パパはがっかりしてたけど、やっぱり婚姻統制自体前より廃れて来てるしね。
それ以来そう言う話はしなくなったみたい。
だから…、シン、おねえちゃんに連絡してあげて?」
メイリンの真剣な表情に、シンはたじろいだ。
「あと!私はもう昔の事なんて気にしてないからね。
だからまた…前みたいに話、出来たら嬉しいんだけど…。」
だんだん語尾が小さくなるメイリンを、シンは無言のまま見つめる。
「嫌だったら、しょうがないけど…。
せっかくまた同じ隊になれたんだもん!だから仲良くしたいなって思ったの!」
一気にそこまで言い切り、もじもじとするメイリン。
ああ、変わってないな、とシンは思い、くすりと笑った。
「…メイリン。ひとつ言わせてくれ。あの時は、ごめん。」
今度はメイリンがきょとんとする。
「それで…。俺はまだ、正直言ってあの時から前に進めてない。
レイが死んで、ルナと二人アスランさんに助けられて…。
誰が、何が正しかったのかも、まだはっきりとは分からない。」
「…うん。」
頷きながら話を聞いてくれるメイリンに勇気付けられ、シンは言葉を続けた。
「だけど、こないだある人に言われたんだ。
こんな俺でも、必要としてくれる人がいる、って。
だから俺、もうちょっとだけここで出来る事をやってみよう、って決めたんだ。
これからのこと、今までのこと、考えるのはそれやりながらでもいいのかなって思って。」
「そっか…。うん、それがいいよ!」
メイリンは大きく頷いた。
「シンは厄介者なんかじゃないよ?うまくいかないこと、誰だってあるし!
だから、そんな風に言ったらダメだからね?
おねえちゃんも悲しむよ?」
ルナマリアの名を出され、シンは少し照れながら下を向いた。
「…ありがとう、メイリン。
ルナにも、気持ちの整理がついたら連絡してみるよ。」
メイリンが、ぱあっと笑顔になった。
「うん!絶対ね?」
「ああ、分かったよ。」
そう言えば、メイリンとレイがよくこんなやり取りしてたな…。
そんな事を思い出し、シンはレイがそうしていたように、メイリンの頭をぽんぽんと撫でた。
「メイリン、こっちに残るんだろ?頑張れよ。」
「うんっ!シンも副官なんだから頑張ってね!
んー、とりあえず初仕事は隊長が艦に着いてすぐ、かなぁ…」
「は?」
訝しげなシンに、メイリンは慌てて口を押さえた。
「え、えとっ!多分後でシホさんから説明あると思うからっ!」
そうして壁にかかった時計を見たメイリンは、「やばっ!」と慌てて踵を返した。
「じゃあシン!気をつけて行って来てね!」
「あ、ああ。またな。」
ぱたぱたと走り去るメイリンを不思議そうに見送るシンだったが、自身も出立の時間が近いことに気づき、急いで格納庫に向かい歩き始めた。
落ちついたら、ルナに連絡してみよう。
そう思うと、なぜかシンの心が軽くなった。
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シンも、メイリンの会話をきっかけに前に進む決意を固めます。
2014,8,29up