夕方、ザフト内の居住区。
ぼんやり寮の部屋へと歩いていたシンの目に、見覚えのある茶色い跳ね毛が映った。
「…なにしてんすか?」
後ろからそう声を掛けると、きゃあ!と驚きの声を上げたミリアリアがおそるおそる振り返った。
「…アスカくん…。ああ、びっくりした!」
「びっくりしたのはこっちですって。えと…」
ミリアリアは腕に抱えた荷物を持ち直すと、にこりと微笑んだ。
「ミリアリアでいいわよ。」
「あ、はい。じゃ、俺のこともシンで。
それで、ミリアリアさん。何やってんですか?」
シンの問いに、ミリアリアはかすかに頬を赤らめ、目を泳がせた。
なんなんだ、この人?
その思いが顔に出てしまっていたのか、ミリアリアは恥ずかしそうに話を切り出した。
「あの…これ、ディアッカに渡したくて。
でもよく考えたら、部屋に鍵かかってるに決まってるよなって思って…」
差し出された袋の中には、簡単な着替えや大きな保温ポット、そしてどうやらランチボックスらしきものが入っていた。
「シホさんから、ディアッカの食事の様子を聞いて…。
多分、ちゃんとしたもの食べてないだろうと思ったの。
これ、部屋に置いておけば帰って来た時に食べられるでしょ?」
シンは、まじまじと袋を凝視し、続いてミリアリアの顔を穴があく程見つめた。
「なっ…何?何か私おかしなこと言った?!」
照れ隠しなのだろうか、朝話した時とは別人のようなミリアリア。
「いや…。ていうか、直接渡せばいいんじゃないですか?
あと1時間もすれば多分、エルスマン隊長戻って来ますよ。」
「うそっ!時間ないじゃない!」
あわあわと慌てふためくミリアリアに、シンはついくすりと笑ってしまった。
そして、自分でも驚くような言葉が口から零れる。
「…会いづらいんなら、俺預かりましょうか?戻ってきたら渡せばいいんでしょ?」
その言葉に、ミリアリアの表情がぱぁっと輝いた。
「ほんと?いいの?」
自分の発した言葉に戸惑うシンだったが、ここまで必死で、しかも健気なミリアリアの思いを無下にはできない。
「ええ。帰ってくればわかりますし。それ、預かりますよ。」
「ありがとう、シンくん!」
そうして向けられた花のような笑顔に、シンはどきりとする。
この人、ナチュラルなんだよな…。でもかわいいよな…。
「じゃ、これお願い!私、もう行くわね。」
ぼんやりしていたシンはぼすん、と袋を手渡され、その重さに少しだけ驚いた。
一体どれだけ入ってるんだこれ?!
「あ、あの、何か隊長に伝言とか…」
立ち去りかけたミリアリアに慌ててそう確認する。
振り返ったミリアリアは、悲しげに微笑んで首を振った。
「…なにも、ないわ。ありがとう。」
「そうですか…」
このまま仲違いが続けば、間もなくディアッカも自分もプラントから出発してしまう。
次に戻るのは三ヶ月後。
この人は、それで、いいんだろうか。
「…シンくん。」
ミリアリアの、静かな声。
やっぱり何か伝言があるのかと首を傾げたシンだったが、ミリアリアの発した言葉は全く予想外のものだった。
「今朝、厄介者、って言ってたでしょ?自分の事。それ、違うと思う。」
途端に、シンの心に暗雲が立ち込める。
「…あんたに何が分かるんですか」
ミリアリアの碧い瞳が、シンの赤い瞳をまっすぐに見つめる。
「自分のこと、いらない人間だって思ってない?シンくん。」
シンは言葉を失った。
「私はあなたが戦後どう過ごして来たかなんて知らないけど。
確かにあなたの事を、厄介な人間だなぁ、って思った人もいると思う。
でも、みんながみんなじゃないはずでしょ?
じゃなきゃ、イザークだってあなたを受け入れなかったと思う。」
「…意味…わかんないんですけど…」
絞り出すようなシンの声。
「あなたを必要としている人だって、ちゃんといるってことよ。
あなたの出来ることで、自分の助けになって欲しい。
そう思っているからこそ、イザークはあなたを自分の隊に引き抜いたんだと思うわよ?
そんな人が厄介者なわけ、ないじゃない。
だから…自分のことをそんな風に思わないで?」
そう言って、ミリアリアはふんわりと微笑んだ。
「俺を…必要…」
「そうよ。それに、見方を変えれば私なんて相当な厄介者よ?」
「は?」
ミリアリアは肩を竦めた。
「プラントで大きな顔をしてるナチュラルの女。
色仕掛けでザフトの高官を誑かしたナチュラルの雌犬。
えーと、あとは何だったかしら…」
シンは目を丸くした。
「なんですか、それ?」
「私の事、厄介に思ってる人達から言われた言葉。
…ラクスがどんなに和平を唱えても、そんなに簡単にはいかないわ。
それまでの自分が信じて来た信念をいきなり変えるなんて難しいもの。
だから、私のことが気に入らない人なんてたくさんいるわよ。
ね?私も厄介者でしょ?」
「そんな…!あ、いえ…」
ミリアリアは微笑んだまま、話を続ける。
「それでも、私を必要としてくれる人だっている。
私とディアッカの結婚を祝ってくれたコーディネイターの人だっている。
急には無理でも、少しずつ前に進んでいけたらいいな、って思ったの。
…まぁ、たまにへこたれる時もあるけどね。
今だって、こう見えて落ち込んでるのよ?私。」
シンは、信じられないと言った顔でミリアリアを見ている。
「あんた…いや、ミリアリアさん…」
その時、通路の向こうから数人の声が聞こえて来た。
「じゃ、私行くわね。それ、悪いけどよろしく、シンくん。」
ミリアリアはそう言うと、さっと踵を返した。
「あ、あの!」
「え?」
シンは、なんと言っていいか分からず気付けばぺこりと頭を下げていた。
「ありがとうございました!」
ミリアリアはその言葉にきょとんとしたが、すぐに笑顔で頷いた。
「カーペンタリアから戻ったら、またゆっくり話しましょ?
気をつけて行って来てね。」
「…はい!」
そうしてミリアリアが走り去るのを、シンは見えなくなるまで見送っていた。
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ミリアリアの優しさが、シンの心を温かくします。
2014,8,22up