アパートのドアを開けると、美味しそうな匂いがディアッカを出迎えた。
「ただいま、ミリィ」
キッチンで夕食の準備をしていたミリアリアは、予定より早い夫の帰りに目を丸くした。
「ディアッカ!早かったのね。おかえりなさい。」
そして、ディアッカが抱える大きな箱の存在に気づき、さらに目を丸くする。
「なぁに?それ?」
ディアッカは曖昧な笑顔を浮かべた。
「ああ、うん…。あとで説明する。とりあえず着替えてくるわ。」
「そう?分かった。私もご飯急いで作っちゃうね。」
「いいよ、ゆっくりで。連絡すれば良かったな。ごめん。」
ミリアリアはにっこり微笑んだ。
「大丈夫。ディアッカこそ疲れたんじゃない?リビングでゆっくりしてて。」
結婚して2年経っても、その笑顔はディアッカの心を温かくする。
「サンキュ。じゃ着替えてくる。」
新しい軍服の入った箱を抱え直すと、ディアッカは寝室に向かった。
「…あのさ、ミリィ。」
ディアッカの少しだけ固い声に、食後の紅茶を飲んでいたミリアリアは顔を上げた。
「どうしたの?変な声出して。」
緊張感の無いミリアリアの言葉に、ディアッカはつい苦笑した。
「変な声って、お前なぁ…。」
ミリアリアはことりとカップをテーブルに置いた。
「…あっちでそんな声出してたら、部下の士気が下がるわよ?エルスマン隊長?」
ディアッカは危うく手にしていたコーヒーを取り落としそうになった。
「おまっ!な…え?」
「ちょっと、火傷するわよ?」
ミリアリアは立ち上がり、ディアッカの手からそっとカップを取り上げ、テーブルに置いた。
「今日ね、仕事で本部に行ったの。
帰りにロビーのモニタで就任式?みたいのがやってて、ちょうどディアッカが映ってたわ。
…昇進、でしょ?おめでと、ディアッカ。」
「ミリィ…知ってたのかよ?!」
ミリアリアは少しだけ困った顔で微笑んだ。
「偶然通りかかったせいでね。ちょうどメイリンも映ってたし。」
「え?お前…」
「あれ、忘れたの?アスランと一緒にザフトを脱走して来て、そのまましばらくAAにいた子がいるって昔話したじゃない。」
ディアッカはすっかり失念していた自分に驚き、声も出なかった。
「敵艦とは言え同じCIC担当だったし、彼女怪我してたからそのお世話もかねて、色々話したなぁ…。
戦争が終わって、月基地かどこかに異動になっちゃったのよね?お姉さんと。」
「…ああ、ルナマリア・ホークか」
「うん。…ていうかディアッカ、言おうとしてたの、その事だったんでしょ?隊長になるって。」
ディアッカは当初の目的を思い出した。
そう、自分は臨時とはいえ隊長として部下を率いてカーペンタリアに赴くのだ。
期間は、3か月。
「…辞令聞いてたなら、俺の出張の話も知ってる訳?」
ミリアリアはこくりと頷いた。
「カーペンタリアに3ヶ月、でしょう?シホさんはこっちに残るの?」
「ああ。あいつはそのままイザークの補佐を続けるってさ。
全く、公私混同もいいとこだっつーの。」
「そういう事言わないの。副隊長なんだから仕方ないじゃない。
ディアッカもあっちで頑張らないとね。」
ミリアリアはディアッカの隣に腰をおろすと、こてん、とその逞しい腕に頭をもたれさせた。
「…寂しくないといえば嘘になるけど。せっかくディアッカの力が認められたんだもの。
良かったね、ディアッカ。」
「…ああ。」
ディアッカはそっとミリアリアの顎に手をかけ、自分の方を向かせる。
ミリアリアの碧い瞳がゆっくりと閉じられ。
そのまま二人は、唇を重ねた。
翌朝。
いつもより早く目が覚めたディアッカは、腕の中で眠るミリアリアの寝顔をじっと見つめていた。
3ヶ月。
決して長い期間ではないし、昔のように音信不通という訳でもない。
何より自分達は夫婦なのだし、例え離れていても心は繋がっている。
そんな事は分かりきっていたのだが、ディアッカの心は今ひとつ晴れなかった。
本気を出していない、と常々イザークやアスランに言われて来た自分がここへ来て隊長に抜擢された事に、ディアッカは釈然としない思いを抱えていた。
プロパガンダ、というイザークの言葉が脳裏をよぎる。
今までは、先頭に立つイザークの補佐をしていれば良かった。
俯瞰的に物事を見て、イザークの気づかない点を指摘し、意見を交換し合い。
それで、万事うまく行っていたはずだった。
しかしカーペンタリアでは、自分がトップだ。
副官と呼べる人物もおらず、全てにおいての決定権は自分にある。
ミリアリアも、いない。
「…一緒に連れてっちゃ、やっぱマズいよなぁ…。」
ミリアリアが着いて来てくれれば…。
そこまで考えて、柄にも無くプレッシャーに負けそうになっている自分に気づき、ディアッカは溜息をついた。
自信が無い訳ではない。
ディアッカとて、二度の大戦を生き残った軍人だ。
ただ、イザークが期間限定とはいえ自分からディアッカを手放した事。
ミリアリアがディアッカの昇進、出張の話を知っていながらあれだけ落ち着いていた事。
その事にディアッカは、少しだけ寂しさを感じていたのだ。
アカデミー時代からずっと苦楽を共にした、親友であるイザーク。
数々の困難を乗り越え、やっと自分の妻となったミリアリア。
別離ではない、と分かっていても、ディアッカの心中は穏やかではなかった。
「ん…ディ…アッカ?」
腕の中のミリアリアがもぞりと動き、碧い瞳がゆっくり現れ、ディアッカを映す。
どうやら、起こしてしまったらしい。
ディアッカは思わず、ぎゅっとミリアリアを抱きしめ、柔らかい髪に顔を埋めた。
「ディアッカ…?どう、したの?」
「…なんでもない。」
そうしてしばらく、ディアッカは愛する妻の柔らかい体と甘い香りを堪能した。
「…え?」
ミリアリアは朝食の皿を片付ける手を止め、思わずディアッカの顔をまじまじと見つめた。
「だから。お前もカーペンタリア、行かないかって聞いたの。」
ディアッカは頬杖をつき、ニュースを観ている。
しかし、その内容は全く頭に入っていないようだった。
「だって…任務でしょ?休暇でもないのにどうやって私が一緒に行くのよ?
それに私だって仕事があるし…。」
「…休暇もらうとか?まぁ、軍の宿舎には泊まれねぇからホテル暮らしにはなるけどさ。」
「何言ってるのよ。無理に決まってるでしょ?3ヶ月もなんて!
今年の式典は大掛かりだし、今ですら準備がぎりぎりで…」
「もういい。わかった。」
ディアッカが唐突にミリアリアの言葉を遮ぎる。
いつもとどこか様子の違うその声に、ミリアリアはそっと、手の中の皿をテーブルに戻した。
「ディアッカ…?」
「そこまで拒否されるとは思わなかったわ。まぁ、しょーがねぇよな。いいよ、もう。」
「え?」
がたん、とディアッカは立ち上がり、そのままミリアリアに背中を向けた。
「俺がいなくても平気なんだろ?たった3ヶ月だもんな。
だったら俺、出発まで寮で生活するわ。準備でくそ忙しくなるし。
別に3ヶ月が一週間ちょい延びても変わんねーもんな、お前なら。」
「ちょっと、ディアッカ…」
「じゃーな。ごちそうさん。」
呆然とするミリアリアに目を向ける事なく、ディアッカは早足でアパートを出て行った。
今回の人事に戸惑い、釈然としない思いを抱えるディアッカ。
そして、心に抱えたプレッシャーはいつしか苛立ちに変わり…
2014,8,19up