薔薇の刻印 4

 

 

 

 
長い、長い口づけ。
角度を変えて何度も落とされる唇に、シホの体から徐々に力が抜けて行った。
吐息のような声を出していた事に気づき、恥ずかしくなったシホは慌てて唇を離そうとする。
しかし、後頭部と背中に回されたイザークの腕は意外なほど力強く、シホは身動きが取れなかった。
そして、息苦しさに思わず唇を薄く開いた時。
口内にイザークの舌が侵入してくるのを感じ、シホは驚いて体を強張らせた。
 
こんなキスは、されたことがない。
そういった類いのキスがある事は知識として知っていても、経験の浅すぎるシホはどうすればいいのかわからなくて。
イザークの軍服をぎゅっと掴み、ただされるがままになるしかなかった。
 
 
「ふ…」
 
 
ようやく唇が解放され、シホはくたりとイザークの胸に崩れ落ちた。
一方的に翻弄されてしまったが、不思議と嫌悪感も恐怖も感じず。
シホはただイザークの胸に縋り、ぼんやりとしながら息を整える事しか出来なかった。
 
 
「…すまない。強引な真似をしてしまった。」
 
 
イザークの言葉に、シホはふるふると首を振る。
 
「いやじゃ…なかったですから」
 
そう、嫌ではなかった。
相手がイザークだから、だろうか。
あの男達とイザークは違う。
それをちゃんと頭で理解しているから、こんなに満ち足りた気分なんだろうか。
シホはぼんやりとそんな事を思った。
 
すると、イザークがシホの手を取り、やや強引に何かを握らせた。
「これ…」
「今日、遅刻した原因だ。」
 
 
シホの手には、上品にラッピングされた小さな箱が乗せられていた。
 
 
「何ですか…?これ」
「開けてみろ。」
シホはゆっくりと体を起こすと、丁寧にラッピングを解いて行く。
 
「これ…髪留め?」
 
 
 
そこに現れたのは、清楚なデザインの髪留めだった。
 
 
 
「…もう、使いたくないんだろう?あの髪留め。」
シホは弾かれたようにイザークを見上げた。
「髪を下ろしたお前も俺は好きだが…。やはりその長さでは色々不便も多かろう。
よければ、明日からはこれを使え。」
 
イザークは気づいていたのだ。シホがあの日以来髪を纏めない理由に。
 
シホは手の中の髪留めに視線を戻す。
リボン型に仕立てられた、柔らかいアイボリー色の髪留め。
よく見れば、隅にはバラの刻印が入っている。
 
 
「かわいい…」
 
 
シホは嬉しさを隠しきれず、ふわりと笑顔を浮かべた。
その笑顔に、イザークも満足げに微笑む。
「気に入ったか?」
「はい!とても!」
「そうか。なら良かった。」
シホはぎゅっと髪飾りを握りしめ、イザークを見上げた。
 
「たい…じゃない、イザーク。あの、さっきはごめんなさい…。
お見合いの話を聞いて…私多分、嫉妬したんです。」
「嫉妬?」
イザークが首を傾げる。
 
「イザークが私を好きでいてくれるって事、疑ってなんていません。
でも実際にお見合いの話を聞いて、急に自分とイザークとの身分や環境の違いを感じてしまって。
ちょっとだけ、気後れしてしまったんです。
それで、お見合いのお相手にも嫉妬してしまったんだと…思います。」
「シホ…」
「でもっ!もう、平気です。イザークは嘘をつかない人ですから。
さっきの言葉も、嘘じゃないですよね?」
「…ああ。もちろんだ。」
シホはイザークを見上げ、はにかんだ笑顔を見せた。
 
 
「なら、大丈夫です。私だってイザークの事好きですし、信じてますから。」
 
 
するとイザークが、またシホの体を引き寄せ、優しく抱き締めた。
 
「本当は、鳳仙花にするつもりだったんだ…」
「鳳仙花?」
 
唐突な告白に、シホは何の事か分からずぽかんとした。
「バラも似合うが…お前のパーソナルマークと同じ、鳳仙花の入った髪留めを探していたんだ。
しかし、見つからなくて…」
「だから、あんなに遅い時間に出勤されたんですか?」
「…うるさい。」
 
口調は怖いけど、本当は優しいイザーク。
こんなに綺麗な彼が、雑貨屋を回って鳳仙花の刻印の入った髪留めを探している姿を想像し、シホはくすりと笑った。
「お前…今笑っただろう」
「嬉しくて笑ったんです。…ありがとうございます、イザーク。これ、大切にします。」
「そんなことでは許せん。」
「え?」
イザークの手がシホの顎を掴み、くいっと上向かせる。
 
 
「これで、許してやる。」
 
 
そうして与えられたのは、先程と動揺の深いキス。
ことん、と髪留めがラグの上に落ちる音がしたが、シホもイザークもそちらを気にする事はなかった。
シホはありったけの勇気を出し、イザークのキスにたどたどしく応える。
驚いたイザークがぱちりと目を開けたが、うっとりと目を閉じるシホの姿に目を細め、柔らかい唇に意識を集中させた。
 
 
そのまま二人はソファで身を寄せ合いながら、何度も唇を重ね合った。
 
 
 
 
 
 
 
007

せっかくのお誕生日なので、イザークにいい思いを沢山させてしまいました(笑)

シホ、愛されてますねぇv

イメージ通りの髪留めを探して雑貨屋をはしごするイザークも、シホのトラウマに気づき

それを受け止めた上で少しずつ関係を深めて行くイザークも素敵です。

 

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2014,8,7up