月面旅行7 〜桜の妖精〜

 

 

 

 

「おま…なんでそんなとこ…」
ディアッカは呆然と桜の木に座るミリアリアを見上げた。
桜の花に囲まれ、桜色のワンピースを身に纏ったミリアリアはまるで桜の妖精のように可憐で、儚げで。
思わずディアッカはミリアリアに向けて腕を伸ばした。
 
「あんたこそ、どうして…?」
 
ミリアリアは呆然とディアッカを見下ろし、ぽつりと呟いた。
「お前が出てった後、周りの店の店員に片っ端から聞いて追っかけて来た。ここにたどり着いたのは偶然だけど…っていうか、だからなんでそんなとこにいるんだよ?」
「…桜が、綺麗だったから」
ディアッカは溜息をついた。
木登りが趣味だなんて、聞いた事ねぇぞ!?
「とにかくまずはそこから降りろよ。危なくて見てらんねぇし」
しかし、ミリアリアはそんなディアッカから目を逸らし、俯いた。
「…あのひとは?どこかで待たせてるの?」
「あの人?…マリアの事か?」
ディアッカがその名前を口にした途端、ミリアリアの体が枝の上でぐらりと揺れた。
「おっ!おい、何やってんだよ!ちゃんと掴まれって!」
「…大丈夫よ。一人で降りられるから、あんたはさっさとあの人の所に戻りなさいよ」
ああ、どうしていつもこんな事ばっかり言っちゃうの?
素直になるって決めたばかりなのに!!
ミリアリアは唇を噛み締めた。
 
「…お前、なんか誤解してねぇ?」
「誤解…?」
 
ディアッカは苛ただしげにがしがしと髪を掻きむしった。
「ああもう、とにかく降りて来いって!そしたらちゃんと説明するから!」
差し伸べられた手にミリアリアは目をやり、弱々しい抵抗の言葉を口にした。
「…でも、靴、片っぽ落ちちゃったし」
ディアッカが足下を見ると、確かにミリアリアの靴が転がっていた。
自分の頭を直撃したのは、どうやらこれのようだ。
「飛び降りればいいだろ?受け止めてやるから」
「飛び降りるって…そんな事したらあんたが怪我するじゃない!そんなの嫌よ!!」
驚いたミリアリアが声を上げると、ディアッカの表情がすっと真剣味を帯びた。
怒鳴られる?!
ミリアリアは無意識に体を固くした、が。
 
 
「…ミリィ。大丈夫だから。俺を信じろ」
 
 
ミリアリアははっとしたようにディアッカの紫の瞳を見つめた。
ディアッカもミリアリアの碧い瞳を見上げ、差し伸べた腕を広げる。
 
俺を、信じろ。
 
その言葉が、ミリアリアの全身にゆっくりと染み渡り、最後に残った心の中の頑な部分を溶かして行く。
次の瞬間、ミリアリアはふわりと桜の木からディアッカの腕の中に舞い降りた。
 
 
「…な?大丈夫だったろ?」
 
 
華奢な体をしっかりと抱き締めて、ディアッカはミリアリアにそう囁く。
「…やっと…」
「え?」
「やっと、『ミリィ』って…呼んでくれた…」
ミリアリアの涙声に、ディアッカの目が見開かれた。
そして、自分にしがみつくミリアリアをさらに強く抱き締める。
「よく聞けよ。さっきのマリアって女。あれ、俺の従姉妹」
「…いと、こ……?」
「そ。父方の従姉妹で、マリア・エルスマン。小さい頃から何かと一緒だったからああいう態度なだけで、それ以上の事なんかなんもねぇよ」
ゆっくりとミリアリアを地面に降ろしたディアッカは、無駄の無い動作で近くに落ちていた靴を拾い上げ、そっと足下に置いた。
ミリアリアはディアッカに支えられたまま、呆然と言葉を失っている。
「靴。はかねぇの?」
「あ…」
まだぼんやりしているミリアリアに苦笑したディアッカは、さっと腰を落とすと小さな足に手早く靴を履かせた。
 
 
「…ごめん、なさい…」
ぽたり、とディアッカの目の前に水滴が落ちて来て。
驚いて顔を上げると、そこには唇を噛み締めてぽろぽろと涙を流すミリアリアの顔があった。
「も…やだ…」
「え?おい…」
「ただ、一緒にいたいだけなのに…。一緒にいられれば、どこだって…いいのに。なのに私、全然素直に、なれなくて…。勝手に勘違いして、嫉妬して、あんたを困らせて…ほんと、馬鹿みたい…」
ひく、と嗚咽を漏らし、ミリアリアは涙を零し続けた。
ディアッカは立ち上がると、再びミリアリアをぎゅっと抱き締める。
 
「ミリィ」
 
そう呼びかけると、細い腕がディアッカの体に回された。
 
 
「だいすき、なの…。もう、離れるのはいや、なの…!」
 
 
言いたい事の半分もうまく伝えられないもどかしさから、ミリアリアはさらに嗚咽を漏らした。
どうしていつも、ディアッカが相手だとちゃんと気持ちを言葉にできないんだろう。
せめてここにいる間だけでも素直でありたいと思ったのに、それすらも実際は難しくて。
子供みたいに泣いてばかりの自分が情けなくて、悔しくて、悲しくて。
ミリアリアはディアッカの腕の中で涙を流し続けた。
 
「…お前が行きたかった所って、もしかしてここ?」
 
静かなディアッカの声に、ミリアリアは泣きながら小さく頷いた。
「キラとアスランが、ここの幼年学校、出身で…。桜が綺麗な時期だから、って言ってて。プラントにはこういうの無いって、アスランが言ってたから、ディアッカに見せたくて、それで…」
「そっか」
優しく頭を撫でられて、ミリアリアはそっと顔をあげる。
ディアッカは、柔らかな笑顔を浮かべ、ミリアリアを見下ろしていた。
 
「俺もさ、多分ちょっと焦ってたんだ。やっとお前に会えて、お互いの気持ちも確認出来て。それで、こうやって二人きりになれる機会も与えられて、内心舞い上がってた。でもまだ、俺たちきちんと話もしてなかったんだよな。離れてる間の事とか、これからの事とか」
「…うん」
「ミリィ、って前みたいに呼んでいいのか正直まだ分かんなかった。…もう無くしたくないから、臆病になってたんだ」
「私、も…」
 
ミリアリアが涙声で口を開いた。
「ここにいる間、たくさんディアッカと話そうと思ってたのに、いざとなると全然だめで…。ディアッカが他の女の人の名前を口にしただけで、馬鹿みたいに嫉妬して…。ミリィ、って呼んでくれないのも不安だったけど、そんなの言えなくて…。私も、怖かったの」
 
ごう、と風が吹き、辺りを無数の花びらが舞い踊る。
二人は抱き合ったまま、その光景を眺めた。
「…綺麗、ね」
「…ああ。そうだな」
ディアッカの唇が、ミリアリアの額にそっと落とされた。
「…また来年も、桜、見に来ようぜ?」
それは、二人が初めて交わす、『未来』への約束。
「…うん」
「それでさ、もっと本音で話そうぜ?俺たちはもう離れない。今は帰る場所が違っても、気持ちはほら、繋がってるだろ?」
ミリアリアは涙に濡れた瞳でディアッカを見上げると、ふわり、と微笑んだ。
「…うん。私、ディアッカの事、信じてる。だからさっき、あそこから飛び降りたのよ?」
その言葉にディアッカは目を見張った後、子供のように無邪気な笑顔になった。
「ミリィ」
甘く、低い声で名前を呼ばれ。
ミリアリアはディアッカの笑顔を見上げた後、そっと目を閉じる。
そして二人は、舞い落ちる桜の花びらの中で何度も甘い口づけを交わしたのだった。
 
 
 
 
 
 
 
007

今回のお話、この回までディアッカがのミリアリアのことを「ミリィ」と呼んでいなかった
のですが、お気づきでしたでしょうか?
私の中でこの、「ミリィ」という呼び名はすごく重要で、ディアッカがそれを口にすると
いうのもやっぱり重要な要素なんです(うまく書けない…伝わるでしょうか?)。
桜の木の下で、やっと素直な想いをぶつけ合えた二人。
こうしてまた一つずつ、二人の想いは繋がって行きます。

ミリアリアがなぜ木登りが出来るかは…完全に菫の妄想の産物です!(爆)
お転婆な幼少期を送ったという勝手な妄想から、気づけば木に登らせてました(笑)
次で、いよいよラストです!

 

戻る  次へ  text

2014,8,1up