月面旅行6 〜桜並木〜

 

 

 

 

「はぁ、はぁ…」
 
 
どれだけ走っただろうか。
がむしゃらに目についた角を曲がり、いつしかショッピングモールからも飛び出し。
気づけばミリアリアは、閑静な住宅街の中にいた。
周りは民家らしき建物だらけで、先程までの繁華街とは全く雰囲気が違う。
土地勘など全くないミリアリアは、途方に暮れて辺りを見回した。
地図くらい、持ってくるんだった…。
そう思っても、後の祭りで。
ミリアリアは鞄から携帯を取り出し、ディアッカの番号を表示させた。
きっとディアッカに電話をすれば、彼はすぐに迎えに来てくれるだろう。
しかし、発信ボタンに手をかけたミリアリアの脳裏に、『マリア』と呼ばれたあのかわいらしい女性の姿が過った。
 
ブレイク・ザ・ワールド事件が起きた時、という事は、その時期にあの女性はディアッカと『関係』があったのだろう。
別れている間の事を、ミリアリアがとやかく言う筋合いなどもちろん無い。
自分がそうであったからとは言え、ディアッカにもずっと独りでいてほしいなどと図々しい事は言えないし、そもそも彼の手を離したのは自分なのだ。
…それを、散々後悔したのもまた事実なのだけれども。
 
連絡を取らなくなってから紛争地域を駆け回っている間も、宇宙へ上がった時も、AAの中に偶然置かれていたディアッカのジャンパーを見つけた時も。
切なくて悲しくて、どうしていつも素直になれないんだろうとやっぱり後悔ばかりして。
あの時の自分はトールを亡くした時よりひどい状態だった、と後でキラに言われた事をミリアリアは思い出した。
「…こんなんじゃ、トールにも愛想尽かされちゃうかもね」
自嘲気味にミリアリアは呟き、とぼとぼと歩き出した。
 
素直に振る舞えるマリアという女性の事が、ミリアリアはただ羨ましかった。
ミリアリアには、あんな風に素直にディアッカに甘える事など恥ずかしくて出来ないのだから。
 
住宅街は昼間だというのに人通りも無く、閑散としていた。
誰か通りかかったらホテルの場所を聞こうと考えていたミリアリアだったが、そもそもホテルの名前すらうろ覚えだった事に気づき、思わず立ち止まってしまった。
 
「何て間抜けなのかしら、私…」
 
戦場カメラマン時代だったら、命の危険を感じるレベルの失態だ。
自分はディアッカに甘えてばかりだったんだな、とミリアリアは改めて自覚し、ますますどんよりとした気分になった。
嫉妬にかられ、啖呵を切って走り去ったのはいいものの、宿泊先の名前さえ分からず住宅地を彷徨う始末。
それもこれも、意地ばかり張っていた自分への罰のように思えた。
 
 
とにかく、こうしていても仕方が無い。
確かホテルは、宇宙港のそばだったはずだ。
まずは人を見つけて、宇宙港の場所だけでも教えてもらわなくては。
気を抜けばとぼとぼ、となってしまう歩調を、気合いで早足に切り替える。
そうよ、なんとかなる!
ミリアリアは碧い瞳できっ、と正面を見据え、再び歩き出した。
 
 
***
 
 
しばらく道なりに歩いて行くと、茶色い煉瓦造りの塀が見えて来た。
明らかに住宅とは違う雰囲気に、ミリアリアの足が自然と速まる。
なにかの施設だったら、一人や二人くらい誰か歩いているかもしれない!
ミリアリアは急ぎ足で角を曲がり──思いもよらなかった光景に驚き、立ち尽くした。
そこは、先程ディアッカに言おうとしていた、ミリアリアが行ってみたかった場所。
アスランがキラにトリィをプレゼントしたと言う、幼年学校近くの桜並木だった。
 
『この時期だったら、ちょうど桜も満開だと思うよ』
 
キラの言葉が脳裏に蘇る。
その言葉の通り、ミリアリアの目の前には満開の桜の木が何本も並び、そこからはまるで雪のように桜の花びらが舞い落ちていた。
「綺麗…」
ミリアリアはその光景に、どんよりとした気分も忘れしばらく見入っていた。
我に返り辺りを見回すと、煉瓦造りの塀の先には門があり、そこには『幼年学校』の文字が刻印されていた。
やはり、キラとアスランが通っていたのはこの学校のようだ。
 
 
「…一緒に、見たかったのにな…」
 
 
ざぁっと風が吹き、ミリアリアの着ているワンピースと同じ色の花びらがはらはらと風に舞い落ちる。
そして、それを見ていたミリアリアの心からも、何かがはらはらと剥がれ落ちて行った。
 
一緒に見たかったけど、そのチャンスすらもふいにしたのは自分だ。
だったら、しょうがないじゃない。
この桜をしばらく堪能して、その後何とかしてホテルに帰ってディアッカに謝ろう。
 
桜吹雪が、ミリアリアの頑な心を溶かしてくれたようだった。
勝手な事をしてディアッカはひどく怒っているかもしれないけど、それでもやっぱり一緒にいたい。
せっかくまた、想いが通じ合ったんだもの。
限られた時間しか一緒にいられないのなら、その間だけでも素直になりたい。
だから、この桜を一緒に見られなかったのは本当に残念だけど、きちんと謝って、今度また二人でここに来よう。
そう考えたミリアリアは、満開の桜の木を見上げてある事を思いついた。
 
 
***
 
 
「くっそ…!マジでどこ行ったんだよ、あいつは!」
ディアッカは額の汗を拭い、膝に手を置くと荒い息をついた。
ミリアリアがショップから走り去ったあと、諸々の処理を終え外に出た頃にはもちろんその姿はどこにも無くて。
近隣店舗のスタッフに聞き込みをしながら追いかけた先は、なぜか住宅街の中だった。
さすがにここまで来ると人通りも無い。
途方に暮れたディアッカは、苛立ちを隠そうともせずミリアリアを探して闇雲に歩き回っていた。
「どんだけ早とちりなんだよ、全く…」
ぶつぶつと文句を言いながら、住宅街を足早に抜けて行く。
ミリアリアがこっちに来たのなら、まず自力でホテルには戻れないだろう。
一人で歩いてて、変な奴に捕まったりでもしたらどうすんだ?全く!
停戦はしたものの、ここコペルニクスはナチュラルとコーディネイターが混在する街でもある。
どんな輩がいるか、ある意味油断の出来ない場所でもあるのだ。
「ああもう!マジでどこに…!」
毒づきながら角を曲がったディアッカは、目の前に広がる光景に驚き、思わず立ち止まった。
そこは一面の、桜吹雪。
まっすぐな道に無数に植えられた桜が満開に咲き誇り、花びらが風に乗って舞い踊る。
 
「すっげ…」
 
プラントでは滅多に目にする事の無い光景にディアッカは言葉を失い、導かれるように桜吹雪の中に足を進めた。
薄いピンク色の花びらが、はらはらと雪のように舞い落ちる。
思わず手を伸ばすと、すぐに数枚の花弁がその上に落ちて来た。
ミリアリアの着ていたワンピースと同じ、桜色。
そう意識した途端、ディアッカの胸にミリアリアへの想いが溢れかえった。
思えば、再会してからここまでゆっくり話もしていなくて。
互いの気持ちは確認したけれど、その先の事なんてまだ何も考えていなかった。
ひょんな事からこうして二人きりになる機会を与えられたものの、よくよく思い返せば二人の距離はまだ埋まりきっていなかったのではないか?
そんな中、マリアのような女性がいきなり目の前に現れたら、意地っ張りで負けん気の強いミリアリアがどうするか。
ディアッカは、少しだけ焦っていた自分自身を自覚して大きく息をついた。
泣き虫で意地っ張りで負けん気が強くて、滅多に素直になんかなりゃしない、ディアッカの想い人。
だけど本当は誰よりも優しくて、脆いくせに強くて、自分を後回しにしてでも周りに気を使うミリアリアを、ディアッカは知っている。
 
 
どんなに素直じゃなくても、こうやって振り回されても。そんなあいつが、俺は好きなんだ。
 
 
こつん!
「痛ってぇ!」
突然頭に衝撃が走り、ディアッカは痛みに顔を歪めながら頭上を見上げ──言葉を失った。
「あ……」
そこには、桜の木に腰掛けたミリアリアが驚いた顔でディアッカを見下ろして、いた。
 
 
 
 
 
 
 
007

どれだけ想いが通じ合っていても、再会してすぐ元通り、とはなかなか行きませんよね。
それが恋人でも、友達でも。
逃げ出してしまったけれど、今度こそ素直になろうと心に決めるミリアリア。
逃げたミリアリアに苛立ちながらも、桜がきっかけで再会から今までを思い返し、
ミリアリアへの想いを再確認するディアッカ。
再び心を通わせ合った二人には、これからたくさんの会話が必要なのかもしれません。

そしてさりげなく、EMC様からのもう一つの頂き物小噺からもネタを拝借させて頂きました。
EMC様、勝手にすみません(汗

 

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2014,8,1up