月面旅行4 〜夜景〜

 

 

 

 

程なくして、ミリアリアの呼吸が寝息に変わったのを確認し、ディアッカはミリアリアの涙をそっと拭うとベッドを抜け出した。
テーブルに出しっぱなしだったワインを手に取り、自分のグラスに無造作に注ぐ。
そしてミリアリアの使っていたグラスとその周りを片付け、コペルニクスの景色が一望出来る窓辺へと自分のグラスを持って移動した。
 
「まさか、ほんとに来ちまうとはな…」
 
ディアッカは、AAでミリアリアと再会した時の事を思い出した。
 
 
***
 
 
ブリーフィングルームでミリアリアの姿を目にした時、ディアッカの心を様々な感情が通り抜けた。
 
なぜこんな所に居るのか。
なぜオーブの軍服を身に纏っているのか。
なぜ、自分の姿を目にして涙を零すのか。
 
気を利かせたらしいマリューがミリアリアをブリーフィングルームから外へ出した時、自然とディアッカの足も動いていた。
驚いた顔のイザークに「忘れもん」とよく分からない言葉をかけ、ミリアリアの後を追う。
AA艦内の事はまだしっかりと覚えていたディアッカは、すぐにミリアリアの後ろ姿を見つける事が出来た。
ピンクの軍服を纏っていた頃から、しょっちゅう色々な場所で涙を流していたミリアリア。
そして軍服の色が変わっても、その碧い瞳からは同じように涙が零れている。
 
「相変わらず、よく泣くよな、お前」
 
気づけばそんな風に声をかけていた。
「悪かったわね」
以前と変わらぬぶっきらぼうな返事に、今にも溢れそうな想いが苛立ちに代わる。
そして、つい乱暴に抱き寄せ詰問してしまった。
自分は、ミリアリアの何なのかと。
 
 
「…いなくなって、ほしくない人」
 
 
碧い瞳を涙で濡らしたミリアリアの口から出たのは、そんな言葉だった。
それは意地っ張りなミリアリアの、精一杯の素直な言葉。
ディアッカの怒りが、砂のようにさらさらと崩れ、溶けて行く。
「…それって、どういう意味?」
「好きなように解釈すればいいじゃない」
そんなかわいくない台詞を口にしても、もうディアッカの心に怒りは湧いて来なかった。
口ではそう言っていても、自分を見つめるミリアリアの瞳が、表情が、隠しきれない本心を嫌という程物語っていたから。
 
 
「じゃあ、質問変えるわ。ミリアリアは、もう俺の事嫌いになった?お前のやりたい事に反対した俺との関係は、お前の中ではもう過去のもの?」
ディアッカの腕の中で、ぐ、とミリアリアが言葉に詰まるのが分かった。
「簡単な質問だろ?どっち?」
「…あんたってほんとに意地悪よね」
「どこが。イエスかノーかで答えられる簡単な質問にしてやってんだぜ?むしろ優しいだろ」
ディアッカの紫の瞳が、ミリアリアを射すくめる。
ミリアリアの碧い瞳に、また新しい涙がぶわりと溜まった。
 
 
「…簡単に過去の事に出来るほど、あんたの事、軽く考えてたわけじゃないわ」
 
 
震える、声。
大きな瞳に溜まる涙が、今にも零れ落ちそうに揺れる。
 
「無事でいてほしい、って…ずっと思ってた。どうして私はあんたの敵としてこんな所にいるんだろう、って何度も自問した。もしまた会う事が出来たら、あの時の事ちゃんと謝りたい、って思っ、て…」
 
ついに、ミリアリアの瞳からぼろぼろ、と涙が零れた。
ディアッカはミリアリアの後頭部に右手を添えると、そっと自分の肩にそのまま押し付ける。
「会えたじゃん。こうやってさ」
すると、ミリアリアの細い腕がおずおずとディアッカの背中に回された。
「…嫌いになんて、なれるわけないじゃない…。馬鹿じゃないの…?むしろそれは、こっちの台詞よ」
「…俺は、嫌いになった女にこんな真似なんてしねぇけど?」
そう言ってミリアリアを抱く手にぎゅっと力を込めると、それに応じるようにミリアリアの腕にも微かに力がこもった。
 
 
「…あの時は、酷い態度とってごめんなさい…。でも、あんたが本気で心配してくれてるの、ちゃんと分かってたから…」
 
 
やっと素直になった、ディアッカが恋い焦がれ、何より大切に思う腕の中の宝物。
「ミリアリア、俺の事まだ好き?」
その言葉に、びくり、と小さな体が震える。
そして。
 
 
「…好き」
 
 
小さな、それでもはっきりとしたその答えに、ディアッカの胸は熱くなる。
華奢な肩に手をかけ、そっとミリアリアの体を自分から離して顎に手をかけ、自分の方を向かせる。
 
「俺も、お前が好きだ」
 
そこから先は、言葉など必要なく。
誰もいないAAの通路で、二人は抱き合ったまま唇を重ねた。
 
 
***
 
 
ディアッカは眼下に広がるコペルニクスの夜景をぼんやりと眺めた。
明後日ここを出れば、またしばらくミリアリアとこうしてゆっくりする事など出来なくなる。
ミリアリアもそれを分かっているからこそ、あんな風に泣いて縋ったのだろう。
酒の力、というのも多分にあるのだろうが、それでもそのいじらしい姿はディアッカの心を震わせた。
戦争も終わり、これからの事を考える時間も今までよりは増えるはず。
何より、二人の心はまた通じ合ったのだ。
今はただ、この二人きりの時間を楽しもう。
ここから帰っても、ミリアリアが寂しくないように。
 
ディアッカはワインを飲み干すとグラスを片付け、ミリアリアの眠るベッドに戻った。
先程と同じようにミリアリアの隣へ滑り込み、柔らかい体をそっと抱き締める。
 
 
今日の所は、おあずけってわけか。
 
 
すやすやと眠るミリアリアの唇にそっとキスを落とし、ディアッカはひとつ息をつくと目を閉じ、睡魔に身を任せた。
 
 
 
 
 
 
 
007

サブタイトルに迷ったのですが、夜景を見ながらディアッカが再会シーンを回想するのでコレになりました。

第一話の再会シーン、ディアッカバージョンです。

そして、なんだかシリアス風味になって行っている気がする(汗

いやいや、旅はこれからが本番ですよ!!

 
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2014,8,1up