月面旅行2 〜ジャスミンティー〜

 

 

 
「キラ、ありがとう。ここで大丈夫よ」
ミリアリアはスーツケースを手にしたキラを笑顔で振り返った。
「ディアッカ、まだ来てないみたいだね。どうせだし来るまで一緒にいるよ」
嬉しさを隠せないミリアリアに苦笑して、キラはベンチに腰をかけた。
「うん…そうね。プラントって初めてだし、そうしてもらおうかな」
 
 
ここは、プラント・アプリリウスにある宇宙港。
旅の支度を終えたミリアリアは、キラに送ってもらいディアッカとの待ち合わせ場所にやって来ていた。
 
「でも、ほんとに良かったのかしら…。お休みなんてもらっちゃって」
 
どこまでも真面目なミリアリアに、キラは優しく微笑んだ。
「ミリィは普段から働き過ぎなんだから。たまには堂々と休んでいいんじゃない?マリューさんだって、ダメならダメってちゃんと言う人だし気にしないで大丈夫だよ」
キラはAAを出るときの光景を思い出し、自然と笑顔になった。
 
 
マリューにムゥ、マードック。
誰も彼もが笑顔でミリアリアを送り出してくれた。
ミリアリアとディアッカの事は、なんだかんだで皆気にしていたのだ。
先の大戦で傷ついたミリアリアを優しく癒し、いつしか心を通わせたディアッカ。
そんな二人が別れたと聞き、皆一様に驚き、落胆するものもいた。
コーディネイターとナチュラルの壁を、この二人なら取り去れるかもしれない。
他力本願と言われればそれまでだが、そんな期待も、皆の心にはあったのだろう。
ブリーフィングルームを出て行ったミリアリアを追うように姿を消したディアッカが次に戻って来たとき、隣にはにかんだ顔のミリアリアがいるのを見て、AAのクルー達はみな笑顔になったものだった。
 
「ミリアリア、ごめん!…って、な、キラ?」
 
キラの思考は、そこで強引に寸断される。
二人が振り返ると、そこには私服姿のディアッカがスーツケースを片手に驚いた顔で立っていた。
「ディアッカ、遅いよ。ミリィはここに来るの初めてなんだから。ちゃんと待っててあげなきゃダメでしょ?」
苦笑しながら立ち上がったキラの言葉に、ディアッカは気まずげに頭を掻いた。
「悪い。徹夜明けでさ。準備に手間取っちまって」
たぶんイザークのささやかな嫌がらせだろう。
相当な量の仕事を片付けて、それでもミリアリアの元へやって来たディアッカにキラは思わず笑顔になる。
 
「じゃあ、僕は行くね。ディアッカ、ミリィの事よろしくね?…シャトルで寝こけてたら、ミリィに置いてかれちゃうかもよ?」
 
そう言ってディアッカの肩を叩き、呆気に取られるミリアリアに「いってらっしゃい」と手を振ると、キラは特別区画に停めてある小型シャトルへと戻って行った。
 
「あー…ミリアリア、ごめん。遅くなって」
そう言いながらディアッカが振り返ると、そこにはミリアリアの呆れたような笑顔があった。
「忙しかったんでしょ?ならしょうがないわよ。それより、早く荷物預けに行きましょ?もう搭乗出来るみたいだから」
「ああ、そうだな」
ディアッカもほっとしたような笑顔になり、頷いた。
 
 
***
 
 
「コペルニクスまではしばらくかかるわよね?」
シャトルの座席でミリアリアから飲み物を手渡され、ディアッカは意外そうな表情になった。
「ああ。…っていうか、ミリアリア、これ…」
ディアッカが手にしているのは、温かいジャスミンティーだった。
 
 
「徹夜明けなんでしょ?それでコーヒーなんて飲んでたら胃に悪いじゃない。それ飲んで、仮眠でもしてなさいよ。着きそうになったらちゃんと起こしてあげるから」
 
 
ディアッカが遅刻したのを気にしていること。
徹夜明けであろうと、ミリアリアの為なら睡眠など後回しにすること。
だからきっと、黙っていたらコーヒーで無理矢理眠気を飛ばそうとすること。
ミリアリアがそれら全てを見通してジャスミンティーを用意してくれた事に気付かないほど、ディアッカは鈍感ではなかった。
「…何よ。飲まないの?」
「…サンキュ。じゃあこれ飲んだらちょっとだけ寝かせてもらうわ」
意外なほどに素直なディアッカの言葉に、今度はミリアリアが目を丸くする。
 
「…うん」
 
いつも自分の事を後回しにして、ミリアリアを優先してくれるディアッカ。
そんな彼が、今この時だけは自分に甘えてくれている、そんな気がして。
ミリアリアはくすぐったいような想いを胸に、自分も紅茶をこくりと飲んだ。
 
 
***
 
 
こつん。
肩に感じた衝撃に、ミリアリアはそちらに目をやり苦笑した。
目の前には、柔らかい金髪。
思いの外疲れていたらしいディアッカは、ジャスミンティーを飲んだ後程なくして眠りに落ちた。
すぅすぅと気持ちの良さそうな寝息が聞こえる。
 
 
別れる前は、地球にディアッカが会いに来てくれることばかりで。
頻繁ではなかったが、彼の泊まるホテルでミリアリアは何回も朝を迎えた。
しかしその時、先に眠るのは常にミリアリアで、先に目を覚ますのは常にディアッカだった。
限られた時間での逢瀬がそうさせたのかもしれないが、思えばディアッカの寝顔をこんなにじっくりと見たこともミリアリアは初めてで。
それでも、自分の隣で大好きな人が無防備な寝顔を見せてくれていることに、ミリアリアは幸せを感じていた。
…コペルニクスに着いたら、どこに行こうかな。
ミリアリアは頭の中で、コペルニクス出身のキラから聞いた観光名所や有名なお店などを思い出す。
しばらくいろいろ思案していたが、一人ではなかなか決められるものでもなく、ミリアリアはそっとディアッカの柔らかい金髪に頬を寄せた。
まずは宿泊先のホテルに行って、それから決めればいいだろう。
 
 
何より、隣にディアッカがいる。
ミリアリアにはそれだけで充分なのだった。
 
 
 
 
 
 
 

007

やっとシャトルに乗ってくれました…

ツンデレミリィの本領発揮です(笑)

 

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