40, マリッジブルー 3

 

 

 

 

「ディアッカ。ごめんなさいね、お待たせして。」
 
イザークとグラスを傾けていたディアッカは、エザリアの声に立ち上がった。
「エザリアさん…。あいつは?」
エザリアは物憂げに微笑んだ。
「…客間にいるわ。連れて帰るんでしょう?もう大丈夫、だと思うわ。」
「…ありがとうございます。」
エザリアの問いかけには答えず、ディアッカは足早に客間へと向かった。
 
 
 
「ミリアリア」
窓からぼんやりと外を眺めていたミリアリアは、その声に振り返った。
「ディアッカ…」
つかつかとミリアリアに近付き、ディアッカはミリアリアの前に立った。
 
 
「…結婚、やめたいのか?」
 
 
ミリアリアの目が見開かれた。
 
「…え…?」
「関係ないんだろ?だったらもういいじゃん。お前は帰れよ。…俺、今日ここに泊まるから。」
「ど、どうして?」
ディアッカの紫の瞳が、ミリアリアから逸らされる。
その瞳に宿るのは…苛立ちなのか、悲しみなのか。
 
 
「一人がいいんだろ?」
 
 
ミリアリアは答えられない。
ディアッカが、返事を待つかのようにミリアリアに視線を戻す。
 
しばらくそのまま、二人は見つめ合い。
溜息をついたディアッカが背中を向け、客間を出て行くのを、ミリアリアは呆然と見送った。
 
 
 
 
「この馬鹿者。」
ふらりと戻ってきたディアッカに、イザークはそれだけ言って目を逸らした。
「悪い。あいつに車回してやってくんない?で、俺今日ここ泊めて?」
「…いいのか?それで」
「いいんだよ。何があったか俺には言いたくないって言うんだから、どうしようもねぇだろ。
変に一緒にいて、こじれたくもねぇしな。」
「…分かった。車を回そう。」
この、あまのじゃくめ。
イザークは内心そう呟き、部屋を出て行った。
 
 
ディアッカは、ソファに沈み込むように座り、ゆるゆると息を吐いた。
言い過ぎた自覚はあるが、口から出たものは取り消しようがない。
 
あいつに、一体何があったんだろう。
アリーからは、かつて自分と付き合っていたシェリーから暴言を吐かれた、としか聞いていない。
しかも、シェリーは現在アリーの婚約者だというから、さすがのディアッカも複雑な気分だった。
シェリーの両親は、確かそこそこ大きな会社を経営している。
ディアッカとは遺伝子の適合率の問題もあり、そう言った話にはならなかったようだが、今回のアリーとの話はどう見ても婚姻統制による政略結婚だろう。
 
「恋愛と結婚は、別、か。」
 
シェリーが言ったのだろうか。ミリアリアに。
確かに、プラントで蔓延していた婚姻統制による愛情の伴わない結婚なら、それもありえるだろう。
ディアッカとて、ミリアリアに出会う前はそういう考えを持つ一人だった。
いや、恋愛自体に興味も無かった。
 
子孫を残せなくとも、性欲が消えるわけでは無い。
女を抱くのは、一時の快楽のため。
中には稀に気の合う女や体の相性が悪くない女もいた。
そうやって、日々を楽しく過ごして行けばいい。
先のことは、その時が来たら考える。
そう、思っていた。
 
 
しかし、今は違う。
ミリアリアという、自分の命よりも大切と言っていい存在を見つけてしまった今。
この手に抱くのは、もうミリアリア以外現れないだろう。
 
…それこそ、子供でも出来ない限り。
 
そんなことを考え、ふっ、とディアッカは笑った。
自分の生殖能力が著しく低いことは、検査で証明済みだ。
すでにミリアリアも承知している。
子供が欲しい、と思ったことなどなかったが、もしミリアリアとの間に子供が出来たら…。
「…ないものねだりだな。」
ディアッカはそう呟き、首を振った。
 
 
 
「ディアッカ。ミリアリアは車を待たずにこの家を出たようだ。」
部屋に戻ったイザークの言葉に、ディアッカはソファから跳ね起きた。
「あいつ…こんな時間に、一人で帰ったのかよ?!」
「心配なら、連絡すればいいだろう。彼女も携帯くらい持ち歩いているだろう?」
「…いや、いい。」
頑なな態度を貫くディアッカに、イザークは溜息をついた。
「…客間を用意した。そちらへ移動しろ。」
「ああ。サンキュ。エザリアさんにもお礼言わなきゃな。」
「…明日のことを考えたらやめた方がいい。今はな。」
ディアッカはその言葉に肩をすくめた。
 
 
 
 
「母上。これをお返しします。」
エザリアの私室。
イザークは耳から外した小型のイヤホンを、ことりとテーブルに置いた。
「結局聞いていたのね。嫌そうな顔をしていたくせに。」
「わざわざ盗聴器のあるあの部屋に彼女を通して、俺にこれを渡して来たのは母上でしょう。
聞かなければ腹を立てるくせに。」
不本意そうなイザークの言葉に、エザリアは軽く笑った。
 
 
「ミリアリアは?」
「問題ないわ。大丈夫。…一杯付き合って?イザーク。」
エザリアは、イザークの為にカクテルを作り始めた。
 
「…ミリアリアの気持ちを知っておいて欲しかったの。ディアッカの親友である、あなたにね。」
エザリアから差し出されたカクテルを受け取ったイザークは、その碧を楽しむ。
まるで彼女の瞳のような、碧。
 
「ディアッカはどうしているの?」
「いつもの客間に。あれだけ啖呵を切ったからには、今日は帰らないでしょう。」
「馬鹿ね…ほんとに。」
「はい」
 
イザークはカクテルを口にしーーそのきつさに目を丸くした。
 
 
「ディアッカにどこまで伝えるかは、あなたに任せるわ。
…あんなに遊んでたくせに、あの子ったら意外に不器用なのね。」
「本気の証でしょう。あいつは遊び慣れている分、本気には慣れてない。」
こほ、と咳をしながら答えるイザークを、エザリアは呆れ顔で見た。
 
「そのカクテル、ミリアリアのお気に入りよ。アイスティーみたいに飲んでたわ。」
「…彼女、本当にナチュラルですか?」
げんなりしたイザークの言葉に、エザリアはくすくすと笑った。
 
 
 
 
 
 
 
016

思わぬディアッカからの言葉に、呆然とするミリアリア。

入籍を前に、二人の心は揺れ動きます。

 

 

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