39, 乱される心 1

 

 

 

 
ぽかぽかと暖かい、初めて経験するプラントの春。
ミリアリア・ハウは一人自宅で、深い溜息をついた。
 
目の前には、婚姻届。
 
そこには自分と、婚約者であるディアッカ・エルスマンの名がすでに記入されていた。
証人の欄にはラクス・クラインとイザーク・ジュールの署名がある。
そして入籍は3日後。
あと3日したら、ミリアリア・ハウはミリアリア・エルスマンになるのだ。
 
 
プラントの医療を集約した都市、フェブラリウス市長にして自らも遺伝子学の権威である現評議会委員を父に持つディアッカは、ザフトの黒服をその身に纏うエリート将校。
豪奢な金髪にアメジストの色の瞳、きめ細かい褐色の肌。
歳を重ねるに連れ出てきた落ち着きは、その端正な容姿にも現れている。
 
 
そして、周りはそれとなく隠しているが、かつての派手な女性関係。
ミリアリアは4月に入ってから度々、ディアッカの元恋人たちに会う機会があった。
そしてその度、内心いたたまれない思いをしているのだが、ディアッカにそれを言う事はしなかったし出来なかった。
私は私。気にしない。
そう思うようにはしていても、ミリアリアは少しづつ不安に侵されて行った。
 
 
 
「…はぁ。支度しなきゃ。」
 
ミリアリアとディアッカは今夜、ジュール家のパーティーに招待されていた。
ホストはエザリア・ジュール。
ミリアリアをすっかり気に入ったエザリアが、イザークを介して声をかけてくれたのだ。
あと少しでディアッカが本部から帰ってくる。
やっと愛する人と名実ともに一緒になれるのに、どうしてこんなに心がざわつくんだろう。
説明できない思いと漠然とした不安を抱えながら、ミリアリアはクローゼットを開けドレスを選び始めた。
 
 
 
 
「ミリアリア。よく来てくれたわね!ディアッカも。」
エザリア・ジュールは笑顔で二人を迎えてくれた。
 
「お招きありがとうございます、エザリアさん。」
淡いオレンジのドレスを纏ったミリアリアは、にっこり微笑んでそう挨拶した。
「ディアッカ、イザークは?」
「俺が出て来た時には、まだ会議中でした。終わり次第こちらへ向かうとのことです。」
エザリアの相変わらずな息子への溺愛ぶりに苦笑しながらディアッカがそう答えると、エザリアもそれに気づいたのだろう、少し気まずげに微笑んだ。
 
「あの子ったら…自分の副官がこんなに可愛らしいお嫁さんをもらうのに、何の焦りも感じてないのかしら?」
 
その言葉に、二人は同時に同じ人物を思い浮かべ、曖昧な微笑みを顔に浮かべた。
 
 
「今日、忙しかったの?」
カクテルを片手に、ミリアリアはディアッカを見上げた。
「ん?なんで?」
「…イザーク、いないから。」
「あいつは隊長だし、色々あるんだよ。評議会議員への推薦て話も出てるしな。」
ミリアリアは驚いた。
「イザークが?」
「ん。まぁ世襲制ってのもあるし、あれだけ実績があれば自然とそうなるだろ。」
そう言って無邪気に笑うディアッカ。
 
世襲制。それはディアッカにも当てはまるのだろうか?
だとしたら今後、ディアッカはどうするつもりなの?
そう言えば、将来の事とかまだなんにも話した事無かったな…。
 
ミリアリアは内心のもやもやをひた隠し、カクテルを口に運んだ。
 
 
 
「ディアッカ!久しぶりだな!」
その声に二人が振り返ると、ディアッカとそれ程歳の変わらぬ青年が笑顔で立っていた。
「アリー?久しぶりじゃん!」
ディアッカが笑顔になる。
「ミリィ、こいつはアルフォンス・ジュール。イザークの従兄弟にあたる。」
「アリーでいいよ。よろしく。」
 
アリーのからかうような視線に、ミリアリアは慌てて笑顔を作り、挨拶をした。
 
「ミリアリア・ハウです。よろしくお願いします。」
 
「…ディアッカ、お前にしちゃずいぶんかわいい子じゃん。
女の趣味、変わったんじゃねーの?」
「そう。かわいいだろ?手出すなよ。やらねーからな。」
イザークの従兄弟にしてはずいぶん明け透けな性格のようだと思いながら、ミリアリアはディアッカの隣で二人のやりとりを聞いていた。
久々の再会なのか、ディアッカはとても楽しそうに笑っている。
 
 
女の趣味、変わったんじゃねーの?
 
 
先程のアリーの言葉が、ミリアリアの胸に突き刺さる。
確かに、以前会ったディアッカの元彼女も、ここ最近やたら遭遇する元彼女たちもとても綺麗な人揃いだった。
ディアッカは、こんな自分でも好きだと言ってくれるけど。
私のどこがいいの?
 
前にも聞いたはずなのに、そしてきちんとディアッカも答えてくれたのに。
どうしてもそんな思いが胸から離れない。
 
ナチュラルとコーディネイターを比べる事自体馬鹿らしいと思うミリアリアだったが、今日はなぜかじくじくと心が痛んだ。
 
「ディアッカ、私飲み物取ってくるね。この辺に居てね。」
 
 
ミリアリアは堪らず、ディアッカにそれだけ言ってその場を離れた。
 
 
 
「なぁ、ほんとにお前、変わったよな。」
 
アリーの言葉に、ディアッカはきょとんとした顔を向けた。
 
「は?何が?」
 
 
アリーは、ディアッカがアカデミーに入る前からの友人だった。
栗色の髪に緑の瞳。
イザークとは趣が違うが、眉目秀麗なのはジュール家の血なのか。
 
「あれだけナチュラル嫌いで、連れてる女は派手揃い、どこか冷めた目で世間を見てたお前が、さ。
あのナチュラルの子に向ける視線も表情も、俺の見たことないものばっかだし。」
「…ナチュラルでも、コーディネイターより優れたやつだってたくさんいるって知っちまったからな。
現にあいつは、機械工学のエキスパートだ。」
「そうそう、聞いたぜ?語学もいけるんだって?」
いつの間に噂になっていたのだろう。ディアッカは苦笑した。
 
「まぁな。つーか、なんでそんな事知ってんだよ?」
「…お前さぁ。無自覚過ぎ。」
「何が?」
 
アリーは呆れたような表情で、溜息を付いた。
彼女の事、ちゃんと守ってやれよ?女の嫉妬は馬鹿に出来ねぇんだからな?」
「…はぁ?」
ディアッカは、またきょとんとして首を捻った。
「あ、やべぇ。連れを待たせてるんだ。じゃあな、ディアッカ。」
「ああ。またな。」
 
 
アリーが急ぎ足でディアッカの元を離れる。
ディアッカは息をつくと、ミリアリアの姿を探した。
が、見当たらない。
「あいつ…どこ行ったんだ?」
ディアッカはミリアリアを探し、会場内を歩き始めた。
 
 
 
 
 
 
 
016

不安な事って、何回でも確かめたくなってしまう。

そういうのって、ありませんか?

 

 

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