37, 決心 1

 

 

 

 

窓から差し込む光が、いつの間にか色を変えている。
シホはその光をぼんやり眺めていたが、喉の渇きを覚えベッドから足を下ろした。
 
今日は、何曜日?
あれから、何日くらい経ったのだろう?
退院してからは毎日、ミリアリアが見舞いと称して尋ねて来てくれた。
入籍を控えて忙しいはずなのに、とシホは思ったが、それを口にする余裕はまだ無かった。
 
 
隊長は、どうしているだろう?
 
アスラン・ザラがオーブに渡るこの時期に副隊長の自分が不在では、副官であるディアッカに全ての負担がかかることもシホには分かっていた。
体と、心の痛みで動けなかったシホを軽々と抱き上げて、病院まで運んでくれたディアッカ・エルスマン。
なるべく負担をかけないようにと、そっと歩いてくれた事もシホには分かっていた。
不真面目で、馴れ馴れしくて、時に傲岸不遜なミリアリアの恋人。
 
しかし、その優しさを垣間見て、シホはミリアリアの気持ちが、少しだけ分かった気がした。
 
 
キッチンに立ち、水を飲む。
もう、体はすっかり良くなっていた。
体に付けられた痣や痕は手首のものを残して消えた。
まだ痛むのは、シホの心だけーー。
イザークの声が、頭に響く。
 
 
 
俺も、お前が好きだ。
 
 
 
シホは溜息をついた。
なぜ、あのタイミングでそんな言葉を口にするのだろう、あの人は。
「…本当に、不器用な人…」
シホはくすりと笑い、同時に驚いた。
まだ、笑えたんだ、私は。
 
涼やかな音に、シホはゆっくりと顔を上げた。
来客を表す、チャイムの音。
ミリアリアだろうか?
シホはモニターを確認し、驚愕に目を見開いた。
 
 
 
 
 
震える手で、紅茶を準備する。
ルームウェアは着替える間もなくそのままだ。
急いで梳かした長い髪は、纏める間もなく流れ落ちるままになっている。

 
「どうぞ。」
ソファに黙って座る男の目の前に、シホはことんとカップを置いた。
「ソーサーが無くてすみません。」
「いや、構わない。俺も家では使わない。」
そんな、どうでもいいような会話を交わし。
シホは、なぜこの不器用な男ーーイザーク・ジュールを部屋に入れてしまったのかと自問しながら、向かいのソファにそっと腰を下ろした。
 
 
 
「…体の方は?」
「もう、大丈夫です。こうして動けていますし。」
甘えてはいけない。期待も、してはいけない。
シホは無表情という仮面を被り、カップに目を向けたまま簡潔に答えた。
「そうか。」
沈黙が、部屋を支配する。
「これを、返しておく。」
ことり、とイザークがテーブルに置いたのは、シホが愛用していた髪留めだった。
「これ…」
「ミリアリアから預かった。…現場に落ちていたのを見つけ、拾っておいたそうだ。」
シホは恐々と髪留めに手を伸ばした。
気を抜けば簡単に蘇る、あの時の記憶。
「そうですか…。わざわざ、ありがとうございます。」
シホは髪留めをそっと握りしめた。
 
 
「…一昨日、犯人が捕まった。」
イザークの言葉に、シホが弾かれたように顔を上げた。
さっと血の気が引いたのが、自分でも分かる。
久しぶりに目にしたイザークは、アイスブルーの瞳でシホをじっと見つめたまま言葉を続けた。
 
「既に除隊申請が通っていて、このままオーブに移住するつもりだったようだ。
書類不備でたまたま本部に現れたところを、ミリアリアとアスハ代表が発見し、検挙に至った。」
「ミリアリアさんと…アスハ代表?」
イザークが渋面をうかべた。
 
「お忍びで、クサナギに乗艦していたらしい。ラクス嬢とミリアリア、あとはディアッカも知っていたらしいがな。
ラクス嬢が暇潰しにと渡したザフトの軍服を着て、ミリアリアにくっついて回っていたそうだ。」
 
「…そう、ですか…。アスハ代表が。」
シホはぼんやりと答えた。
一国の代表が、お忍びでプラントに?
暇潰しに軍服?
普通なら考えられない事だ。
 
「…犯人たちの尋問に関しては、ディアッカが全て一人で行っている。
かなり重い刑が課されるのは間違いないだろう。
このままプラントに留まるという事は、おそらく無理だろうな。」
「…そうですか。」
 
プラントでは、重罪人への処罰として辺境のコロニーでの強制労働がある。
大昔のように奴隷として扱われることはまずないが、定期便などもちろん無い状態で、そこから脱出するのはまず不可能に近い。
シホは、そっと溜息をついた。
 
 
「シホ。」
 
ずっと恋い焦がれていた、もう手の届かないその声。
シホは視線を上げ、アイスブルーの視線を無言で受け止めた。
「もう、隊に戻るつもりはないのか?」
意外な質問に、シホの表情が一瞬変わった。
 
「…そういったことは、まだ考えていませんでした。」
ザフトを、辞める?私が?
シホはぼんやりと紅茶を口に運ぶ。
 
どんなに辛くても、あの二人にされた行為を思い出して恐怖に涙を流しても。
ザフトを辞める、という選択肢など、今までシホにはなかった。
それは、なぜか。
 
 
「…隊長は、その方がいいとお考えですか?」
 
 
今度はイザークの表情が変わった。
「私が隊にいることで、隊長を煩わせるようであれば。除隊や異動も考えます。
遠慮せず仰って下さい。」
 
一度だけでも、キスしてもらえた。
あんなことをされた自分を心配して、こうして何度も足を運んでくれた。
嘘でも同情でも、好きだ、と言ってもらえた。
それだけで、充分ではないか。
隣に立つことはできなくても、それだけで。
 
 
「…ならば遠慮なく言おう。」
イザークはカップをテーブルに置くと、優雅に足を組んだ。
 
「まず、これを受け取れ。」
ソファの脇に置かれた大きな箱をイザークから手渡され、シホは何も考えず蓋を開け、驚きのあまり固まった。
 
 
 
箱の中から現れたのは、ディアッカと同じ色のーー黒服、だった。
 
 
 
 
 
 
 
016

ついにシホの元に現れたイザーク。

頑に心を閉ざすシホの手に与えられたのは、黒服。

イザークの真意は?

 

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2017,7,17up・改稿