30, 慟哭

 

 

 

 
「ミリアリア!!」
ディアッカは病室に飛び込み、目の前の光景に言葉を失った。
 
 
床にへたり込み、長い髪を乱して虚ろな目をするシホ。
その隣にはミリアリアが、拳銃を持つシホの右手を両手で抑えながら必死にしがみついていた。
先程の銃声で天井の照明器具が割れたのだろう。
二人の近くにはガラスの破片。
「ディアッカ!!」
ミリアリアの目に涙が浮かぶ。
 
シホは、そんな二人の声をぼんやりと聞いていた。
コーディネーターとナチュラルでありながら、一度は別離の道を選びながらも愛を育み、あと半月もすれば正式に結婚する二人。
互いの名を呼ぶ声からも感じ取れる、互いに対する信頼と愛情。
それは、シホが渇望したもの。
でも、もうそれを望む資格すら失ったのだ。自分は。
 
 
「シホ!」
 
 
空耳に違いない、とシホは思った。
ミリアリアを呼ぶディアッカの声が羨ましくて、自分に都合のいい空耳が聞こえたに違いない、と。
ミリアリアが自分から離れるのを感じ、シホは微かに身じろいだ。
拳銃はまだ、手の中にある。
今度こそーー。
 
「シホ。」
 
すぐ近くから聞こえた声に、びくりとシホの体が震える。
ミリアリアのものではない大きな温かい手が、シホの手からそっと拳銃を奪い取った。
「こっちを向け、シホ。」
その声に、シホはガラス玉のような虚ろな瞳をそっとそちらに向ける。
 
 
そこには、何度も名を呼び助けを求めた、シホの大切な人。
 
イザーク・ジュールの姿があった。
 
 
 
 
「たい…ちょう…」
 
自分に向けられた薄紫の瞳はひどく虚ろで。
いつもの凛とした空気はどこにもない。
まるで別人のようなシホの肩に、イザークはそっと手をかけた。
ディアッカが涙ぐむミリアリアを促し、そっと部屋を出て行くのが視界の端に映る。
 
「離して…ください」
シホの震える声。
「ディアッカから話は聞いた。…すまなかった。俺が油断していた。」
「離して」
「シホ!」
壊れたおもちゃの様に同じ言葉を繰り返すシホ。
イザークはただ無心で、シホを抱き締めた。
そうしなければ、シホが消えてしまう気がして。
 
 
「離して!触らないで!」
 
 
イザークの腕の中で、力なく暴れるシホ。
「落ち着け!無理をするな!」
「汚い、ですから。私…。」
イザークはシホの言葉に驚き、そしてぎりり、と唇を噛み締めた。
 
男性経験の無いであろうシホがされた行為。
薬物投与までされ、その体と心の痛みはどれほどのものか。
「私、汚いんです。だからもう、隊長のそばにいる資格も無いんです。
あなたを想う資格も無いんです。」
「だから、死のうとしたのか。」
びくり、とシホが体を震わせる。
 
 
「シホ。よく聞け。」
イザークはシホを抱き締めたまま、そっと頭を撫でた。
 
「やっと分かった。自分の気持ちが。
時間がかかってしまったが、それをお前に伝えようと思っていた。」
シホは体を強張らせたまま、黙っている。
 
 
 
「俺も、お前が好きだ。」
 
 
 
シホの目に、ゆっくりと感情が戻って来る。
 
「お前は汚れてなどいない。
俺はお前を、そんな風に思わない。
どんな事があっても、お前がお前であることに変わりはない。だから…」
 
「やめてください!」
 
シホが体を捩り、イザークの腕から抜け出した。
「私が何をされたか、分かってるんですか?同情なんていりません!」
「シホ!違う!」
シホの瞳から、また感情が消えた。
 
 
「…犯人の事も、検挙の必要はありません。今回の事で彼らも満足したはずですから。
私も訴えるつもりはありません。」
「ふざけるな!そんな事ができるわけないだろう!」
「もういいんです。これ以上あなたを悲しませたくないんです。」
無表情なままのシホの目から、涙が零れた。
「…シホ…」
シホはふらりと立ち上がった。
 
 
「隊長が死ぬなと言うなら死にません。命令ですから。
拳銃もお預けします。
だからもう、私に構わないで下さい。」
 
イザークの目が見開かれる。
 
 
「…頭痛が酷いんです。体も痛いんです。
申し訳ありませんが、出て行っていただけますか。
詳しい事情なら、私を診察したドクターかエルスマンに聞いて下さい。」
 
 
うつろな目のまま、シホはイザークに背を向けた。
 
 
「…シホ…」
イザークの言葉に、シホは答えなかった。
 
 
 
 
ディアッカが手配したのだろう。
職員が駆けつけ、代わりにイザークが部屋を出て行く気配がする。
ドアの閉まる音を聞いて、シホは言われるがままにベッドに戻り、声を殺して泣いた。
 
 
 
 
「悪かった。お前にシホを任せっきりにした俺の責任だ。」
エアカーで本部に向かいながら、助手席で俯くミリアリアの手をディアッカは握りしめた。
「…私、何にもできなかった…」
ぽつりとミリアリアが呟く。
「何言ってんだよ。お前がいなかったら、ここまで早くシホを動かせなかった。
シホも、お前にだから気を許してあそこまでしたんだろ。
充分、助けになってくれてる。」
ミリアリアは、ディアッカの手をぎゅっと握りしめた。
「うん…」
ちょうど信号にぶつかり、車が停まる。
 
「ミリィ」
 
ディアッカは身を乗り出し、顔をあげたミリアリアの唇を塞いだ。
軽く触れるだけで唇を離し、頬にも同じように唇を落とす。
「な…ちょっと…」
ミリアリアの頬がぱぁっと赤らむ。
 
 
「流石に俺もキツイからさ。元気もらったの。」
「…ディアッカ…」
 
 
「姫さんとこ、行くんだろ?ドックまで送ってく。」
「…うん。」
信号が青に変わる。
ディアッカはゆっくりと車を発信させた。
 
 
 
 
 
 
 

016

錯乱するシホを宥めるイザーク。

やっと自覚したシホへの想いを伝えますが、それを受け止める事の出来ないシホ。

通い合ったはずの二人の想いは、この先どうなって行くのでしょう…。

 

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2014,7,12up