29, 絶望 2

 

 

 

 

「シホさん…起きてる?」
 
 
シホは天井を見つめたまま、呆然としていた。
両手首に巻かれた包帯が痛々しい。
 
「頭痛はどう?まだ酷い?」
薄紫の瞳が、ゆっくりとミリアリアに向けられた。
 
「薬の、せいだと…思います。」
いつものシホからは考えられない、弱々しい声。
「シホさん…。」
ミリアリアはシホの手をそっと握った。
 
 
「…私には、隊長を想う資格がないんです、もう。」
「そんな事ないわ!」
頭を振るミリアリアに、シホは微笑んだ。
その抜け殻のような表情に、ミリアリアは戦慄する。
 
「負けられない、って思って。縛られていた手首の縄、自力で解きました。
でも、うまく走れなくて…」
「それは、薬のせいであってシホさんのせいじゃないでしょう?」
「…すごく痛くて、怖くて。何か打たれて。」
うわごとのように続くシホの言葉。
ミリアリアはただ、聞くことしかできなかった。
 
 
「…隊長のこと、何度も呼びました。
勝手に口から出てたんです。イザーク、って。
まともに呼んだこともないくせに、おかしな話ですよね。」
「シホさん…。」
 
「あいつらに笑われました。片想いなんじゃないの?って言われて。
自分でもびっくりです。助けになんて、来るわけないのに。
たとえ来たところで、あんな惨めな姿を見られるくらいなら死んだ方がマシなのに。」
 
シホはそう言って、くすくすと笑う。
そして、ふわりとベッドから起き上がった。
 
「シホさん!まだ寝てなきゃだめよ!」
 
 
ディアッカは何をしてるんだろう?
ミリアリアはじりじりしながら、それでもシホの行動を注意深く見守っていた。
シホはミリアリアに背を向け、ソファに置かれた赤い軍服に手を伸ばす。
 
「もうすぐ隊長、ここに来るんでしょう?」
「…え?」
 
シホの言葉に、ミリアリアは言葉を詰まらせた。
「これ以上、軽蔑されたくないんです、私。だから、これ。」
振り返ったシホが手にしたものに目をやり、ミリアリアは驚愕のあまり言葉を失った。
 
 
「…撃ってください。これで、私を。隊長が来る前に。」
 
 
 
そう言ってシホが差し出したのは、拳銃、だった。
 
 
 
「何を…言ってるの?」
シホは、さらりとした長い髪を揺らせ、微笑んだ。
 
 
「隊長が来る前に、私を、殺してください。」
 
 
ミリアリアは危うく悲鳴を上げるところだった。
笑顔を浮かべたシホの瞳は空洞のようで、目の前にいるはずのミリアリアをも見てはいない。
どうしよう?どうしたらいいの?
ああ、ディアッカ…!早く来て!
 
 
「…シホさん、落ち着いて。大丈夫だから。誰もあなたの事を…」
「ごめんなさい。いきなりこんなお願いをしても、出来るわけないですよね。」
被せ気味に発されたシホの言葉に、ミリアリアは戸惑う。
「シホ、さん?」
 
 
がちゃり。
 
 
その音が、拳銃の安全装置を外す時のものだとミリアリアが気づくまで数瞬の間があった。
 
「最初からこうすれば良かったんです。
あなたの手を汚そうとするなんて、私って本当にどうしようもないですね。」
そう言ってうっすら微笑んだシホが、手にした拳銃の先を自らの頭に向けた。
 
「だめえぇっ!!やめて!!」
 
ミリアリアがシホに飛びつくのとほぼ同時に、シホの指が引金にかかった。
 
 
 
 
 
イザークは、相当じりじりしていたらしい。
ディアッカが連絡を入れ、病院の場所を教えると驚くほどの速さで現れた。
 
 
「シホはどこだ?」
 
全身から怒気を漲らせ、イザークがディアッカに尋ねる。
「…落ち着けよ。そんなんであいつのところに行くつもりか?」
「悪いか!?」
「イザーク!いい加減にしろ!」
ディアッカがイザークの腕を掴んだ。
 
 
「…攫われた時と…乱暴された時。薬物を使用されている。鎮静剤も使えないんだ。
よく考えろ。一番辛くて苦しいのは、お前じゃない。シホだ。」
イザークは絶句した。
「お前に知られたくない、言わないで欲しい、と言っていた。
それでも、お前に報告する義務がある、と俺は言った。
頼むから、せめてこれ以上シホを刺激しないでやってくれ。」
「ディアッカ…」
イザークは、ディアッカのただならぬ様子に違和感を感じた。
 
 
「シホは…あの二人に犯されかけた。薬を使われて、拘束されて。」
 
 
イザークは目の前が、ふっと暗くなった気がした。
 
 
「お前、好きなんだろ?シホの事。」
ディアッカの率直すぎる言葉。
イザークは顔を上げ、親友の紫の瞳をじっと見据えた。
「…ああ。好きだ。」
 
その時。
 
 
 
「だめえぇっ!!やめてぇっ!!」
 
 
 
ミリアリアの叫び声と、銃声。
そしてガラスの割れる音が、廊下に立つ二人の耳に飛び込んだ。
 
「ミリィ!しまった、ちくしょう!」
ディアッカが慌てて走りだし、イザークもそれに続いた。
 
 
 
 
 
 
 
016

シホの身に起こった出来事に呆然とするイザーク。

絶望感に耐えられず、錯乱するシホ。

そこへ、ミリアリアの悲鳴が聞こえて…。

 

 

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2014,7,12up