「では、行ってくる。隊の事は任せたぞ、シホ。」
ジュール隊の隊長室。
アスランはラクスの元へ、ディアッカはクサナギに向かい、ここにはシホとイザークだけが残っていた。
イザークは、キサカの件について国防委員会幹部から説明を求められ、出頭するところだった。
「お一人でよろしいのですか?」
「ああ。今回は明らかに俺のミスだからな。ただ説明を求められているだけだ。心配ない。」
「そう、ですか。」
シホは目を伏せた。
ガトーショコラの一件以来、シホとイザークの間に進展はない。
逆に、シホはイザークと少しだけ距離を置くようになっていた。
あのキスの意味も、イザークの曖昧な物言いも、シホにはよくわからない。
はっきりしているのは、シホのイザークに対する想いだけ。
隊長にとって、自分は何なのだろう。
そしてシホには、気になることがあった。
先ほどの件の調査で展望室に駆けつけた際、そこにいるはずのない人物の姿を見たのだ。
シホは両親からの遺伝子調整によって、ずば抜けた聴力と視力を与えられている。
断言はできないが、彼らは少なくともこの先数年単位の話で、ジュール隊の近くに配属されないはずだ。
では、なぜあの場に『あの二人』が?
「…シホ。」
ぼんやりしていたシホはハッと顔を上げた。
「はい!なん…でしょうか?」
イザークの綺麗な顔が思いのほか至近距離にあり、シホは一瞬動揺する。
「その…先日は、悪かった。」
「…はい?」
「お前が熱で倒れた時だ。いきなり…その…」
シホの顔がだんだん赤くなった。
あの時のキス、のことを言っているのだと分かったからだ。
そして、悲しくなる。
謝るくらいなら、なぜ?
「…なぜ、謝るんですか?」
イザークが弾かれたように顔を上げる。
「なんとも思っていない私に、成り行きでキスしたんですか?それとも同情で?興味本位で?
だから謝ってるんですか?」
「おい、シホ…」
イザークの戸惑った表情に、シホは苛立ちを感じた。
なんで、そんな顔をされなきゃいけないの。
戸惑ってるのは、私の方なのに。
「謝られるくらいなら、いっそなかったことにして頂いた方がましです!」
シホは、理由のわからない怒りに支配されていた。
この1ヶ月、一喜一憂していた自分が馬鹿みたいで。
一緒に食べたガトーショコラはとても美味しかった。
イザークも珍しく柔らかい笑顔を浮かべてくれて、それだけでシホは天にも昇る気持ちだった。
だがそれも単なる社交辞令のようなものだったのかと思うと、情けなくてシホの目頭が熱くなる。
そのまま踵を返し、シホはイザークに背を向けた。
「…もう、いいです。すみません。何かあればご連絡します。」
「シホ、待て!」
「嫌です!」
今は、顔を見られたくない。
シホがイザークにこんな口を聞くのは初めてだった。
それでも、嫌なものは嫌だった。
こんな、みっともない泣き顔を見られたくないから。
「シホ!」
早足でその場を立ち去ろうとするシホの肩を、イザークが掴んだ。
そのまま力任せに振り向かせる。
「話を聞…」
イザークの言葉が途中で途切れた。
「…離して、ください…」
シホは、泣いていた。
ディアッカのものとは少しだけ違う紫の瞳から、ぽろぽろと涙が零れ落ちる。
イザークの手から、力が抜けた。
その機を逃さず、シホはさっとイザークから離れると、軍服の袖で乱暴に涙を拭った。
「…バレンタインの事も、何もかも、忘れて下さい。」
シホは一気にそれだけ言うと、今度こそその場を走り去った。
イザークはシホの走り去る姿をただ見ながら、呆然と立ち尽くしていた。
ディアッカとキサカは、クサナギで今後について話し合っていた。
すると、ポケットの中でディアッカの携帯が震えた。
「…シホ?」
何かあったのだろうか。
ディアッカはキサカに一礼すると、ミリアリアに「シホから。ちょっと出てくる。」とだけ言い残し、部屋を出た。
「シホ、どうした?」
『…急にごめんなさい。今いいかしら?』
どこか覇気のないシホの声に、ディアッカは違和感を感じた。
「ああ。何かあったのか?」
少し間が空く。
『ケイン・ワットとソチ・ギュネイル。覚えてる?』
ディアッカは記憶を手繰る。
「…確か、あれだよな?ジュール隊が再編成されたばっかの時、問題起こしてイザークに切られたって言う…」
『薬物乱用に新兵への乱暴と恐喝。ああ、女性に対してよ?
大きな罪状はそのくらいかしらね。』
「…薬使って、レイプ?」
『そう。』
ディアッカは溜息をついた。
「イザークが一番嫌うタイプだなそりゃ…。
俺も軍事裁判終わったばっかであんま覚えてねぇけど、確か赤から降格になったよな、そいつら?
で、辺境の宙域警備隊かどっかに飛ばされたって…」
『…でも、さっきいたのよ、その二人。』
「は?どこに?」
『展望室に駆けつけた時に見かけたの。赤と緑をそれぞれ着ていた。』
「赤と、緑?」
キサカの目撃した人影も、赤と緑。
『どうかした?』
「…キサカさんも、銃撃された時に見てるんだ。赤と緑の人影を、展望室付近で。」
核心に触れぬまま続く会話。
しかし、この二人の間であれば、それだけでも充分だった。
『…隊長本人に手は出せなくても、警備していたオーブの重鎮にもしもの事があればただではすまないわ。
しかも今回、襲撃は失敗に終わってる。
もし彼らが隊長の事を逆恨みしているのなら、今後も何があるか分からない。』
「シホ?」
『隊長に、気をつけるように伝えてくれる?』
常にイザークのそばに影のように寄り添うシホの意外な言葉に、ディアッカはやはり違和感を感じる。
「お前…どこにいるんだ?」
『少し、調べてみるから。隊長は国防委員会に呼ばれて出かけてる。…じゃあ、よろしく。』
「おい、シホ…」
通話は、そこで切れた。
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ディアッカとシホの明け透けな会話、不快に感じた方がいたらすみません…。軍人同士なので、こんな感じなんです(汗
シホへの気持ちをうまく伝えられないイザークと、イザークの気持ちが分からず混乱するシホ。
そしてシホが懸念しているのは、ソチとケインの、イザークへの逆恨み。
2014,7,8up