25,逆恨み

 

 

 

 
「では、行ってくる。隊の事は任せたぞ、シホ。」
 
ジュール隊の隊長室。
アスランはラクスの元へ、ディアッカはクサナギに向かい、ここにはシホとイザークだけが残っていた。
イザークは、キサカの件について国防委員会幹部から説明を求められ、出頭するところだった。
 
「お一人でよろしいのですか?」
「ああ。今回は明らかに俺のミスだからな。ただ説明を求められているだけだ。心配ない。」
「そう、ですか。」
シホは目を伏せた。
 
 
 
ガトーショコラの一件以来、シホとイザークの間に進展はない。
逆に、シホはイザークと少しだけ距離を置くようになっていた。
あのキスの意味も、イザークの曖昧な物言いも、シホにはよくわからない。
はっきりしているのは、シホのイザークに対する想いだけ。
 
隊長にとって、自分は何なのだろう。
 
 
そしてシホには、気になることがあった。
先ほどの件の調査で展望室に駆けつけた際、そこにいるはずのない人物の姿を見たのだ。
 
 
シホは両親からの遺伝子調整によって、ずば抜けた聴力と視力を与えられている。
断言はできないが、彼らは少なくともこの先数年単位の話で、ジュール隊の近くに配属されないはずだ。
 
では、なぜあの場に『あの二人』が?
 
 
 
「…シホ。」
 
ぼんやりしていたシホはハッと顔を上げた。
「はい!なん…でしょうか?」
イザークの綺麗な顔が思いのほか至近距離にあり、シホは一瞬動揺する。
 
「その…先日は、悪かった。」
「…はい?」
「お前が熱で倒れた時だ。いきなり…その…」
 
 
シホの顔がだんだん赤くなった。
あの時のキス、のことを言っているのだと分かったからだ。
そして、悲しくなる。
謝るくらいなら、なぜ?
 
 
 
「…なぜ、謝るんですか?」
 
 
 
イザークが弾かれたように顔を上げる。
「なんとも思っていない私に、成り行きでキスしたんですか?それとも同情で?興味本位で?
だから謝ってるんですか?」
「おい、シホ…」
 
イザークの戸惑った表情に、シホは苛立ちを感じた。
 
なんで、そんな顔をされなきゃいけないの。
戸惑ってるのは、私の方なのに。
 
 
「謝られるくらいなら、いっそなかったことにして頂いた方がましです!」
 
 
シホは、理由のわからない怒りに支配されていた。
この1ヶ月、一喜一憂していた自分が馬鹿みたいで。
一緒に食べたガトーショコラはとても美味しかった。
イザークも珍しく柔らかい笑顔を浮かべてくれて、それだけでシホは天にも昇る気持ちだった。
 
だがそれも単なる社交辞令のようなものだったのかと思うと、情けなくてシホの目頭が熱くなる。
そのまま踵を返し、シホはイザークに背を向けた。
 
 
「…もう、いいです。すみません。何かあればご連絡します。」
「シホ、待て!」
「嫌です!」
 
 
今は、顔を見られたくない。
シホがイザークにこんな口を聞くのは初めてだった。
それでも、嫌なものは嫌だった。
 
こんな、みっともない泣き顔を見られたくないから。
 
 
「シホ!」
早足でその場を立ち去ろうとするシホの肩を、イザークが掴んだ。
そのまま力任せに振り向かせる。
 
「話を聞…」
イザークの言葉が途中で途切れた。
 
 
「…離して、ください…」
 
 
シホは、泣いていた。
ディアッカのものとは少しだけ違う紫の瞳から、ぽろぽろと涙が零れ落ちる。
イザークの手から、力が抜けた。
その機を逃さず、シホはさっとイザークから離れると、軍服の袖で乱暴に涙を拭った。
 
 
「…バレンタインの事も、何もかも、忘れて下さい。」
 
 
シホは一気にそれだけ言うと、今度こそその場を走り去った。
イザークはシホの走り去る姿をただ見ながら、呆然と立ち尽くしていた。
 
 
 
 
ディアッカとキサカは、クサナギで今後について話し合っていた。
すると、ポケットの中でディアッカの携帯が震えた。
「…シホ?」
何かあったのだろうか。
ディアッカはキサカに一礼すると、ミリアリアに「シホから。ちょっと出てくる。」とだけ言い残し、部屋を出た。
 
「シホ、どうした?」
『…急にごめんなさい。今いいかしら?』
どこか覇気のないシホの声に、ディアッカは違和感を感じた。
「ああ。何かあったのか?」
少し間が空く。
 
 
『ケイン・ワットとソチ・ギュネイル。覚えてる?』
 
 
ディアッカは記憶を手繰る。
「…確か、あれだよな?ジュール隊が再編成されたばっかの時、問題起こしてイザークに切られたって言う…」
『薬物乱用に新兵への乱暴と恐喝。ああ、女性に対してよ?
大きな罪状はそのくらいかしらね。』
「…薬使って、レイプ?」
『そう。』
ディアッカは溜息をついた。
 
「イザークが一番嫌うタイプだなそりゃ…。
俺も軍事裁判終わったばっかであんま覚えてねぇけど、確か赤から降格になったよな、そいつら?
で、辺境の宙域警備隊かどっかに飛ばされたって…」
 
 
『…でも、さっきいたのよ、その二人。』
「は?どこに?」
『展望室に駆けつけた時に見かけたの。赤と緑をそれぞれ着ていた。』
 
「赤と、緑?」
 
キサカの目撃した人影も、赤と緑。
『どうかした?』
「…キサカさんも、銃撃された時に見てるんだ。赤と緑の人影を、展望室付近で。」
 
 
核心に触れぬまま続く会話。
しかし、この二人の間であれば、それだけでも充分だった。
 
 
 
『…隊長本人に手は出せなくても、警備していたオーブの重鎮にもしもの事があればただではすまないわ。
しかも今回、襲撃は失敗に終わってる。
もし彼らが隊長の事を逆恨みしているのなら、今後も何があるか分からない。』
「シホ?」
『隊長に、気をつけるように伝えてくれる?』
常にイザークのそばに影のように寄り添うシホの意外な言葉に、ディアッカはやはり違和感を感じる。
 
「お前…どこにいるんだ?」
『少し、調べてみるから。隊長は国防委員会に呼ばれて出かけてる。…じゃあ、よろしく。』
「おい、シホ…」
 
 
通話は、そこで切れた。
 
 
 
 
 
 
 
016

ディアッカとシホの明け透けな会話、不快に感じた方がいたらすみません…。軍人同士なので、こんな感じなんです(汗

シホへの気持ちをうまく伝えられないイザークと、イザークの気持ちが分からず混乱するシホ。

そしてシホが懸念しているのは、ソチとケインの、イザークへの逆恨み。

 

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