どこからか、鳥の鳴き声が聞こえる。
ミリアリアはゆっくりと目を開けた。
目の前には、端正なディアッカの寝顔。
高い天井と大きな窓から差す明るい光。
いつもと違う風景に、ミリアリアはここがフェブラリウスであることを思い出した。
あれだけエザリアと飲んだのに、ミリアリアの頭はスッキリとしていた。
ディアッカのおかげかしら?
ミリアリアは昨夜の情事を思い出し、溜息をついた。
どれだけ深く求められても、求めても、すぐ足りなくなる。
恥ずかしくてディアッカにはとても言えなかったが、ミリアリアもまた、ディアッカに抱かれる事に毎回とてつもない喜びを感じていた。
ディアッカに翻弄されながらも、ミリアリアに染み渡る、愛されている実感。
自分はもう、ひとりではない、という安心感。
愛している、と囁かれるたびに、泣きたくなるほどの幸福感に包まれていることを、どうやって伝えればいいのだろう。
ミリアリアは、ディアッカの寝顔をじっと見つめる。
豪奢な金髪に綺麗な肌、すっと通った鼻梁、薄い綺麗な形の唇。
こんな綺麗な男が、自分の夫になるのだ。
もし、二人の間に子供ができたらーー。
そう考えて、ミリアリアは目を閉じた。
その可能性がほとんどない、ということはすでにディアッカからもタッドからも聞かされていた。
それでも、ナチュラルであるミリアリアにはどこまで当てはまるかわからない。
自然に任せよう。
子供が出来なくても、ミリアリアとディアッカは夫婦になり、家族になるのだ。
ともに支え合って、命が尽きるまで生きて行けばいい。
ミリアリアは、そっとディアッカの唇に自分のそれを重ねた。
すると、ゆっくりとディアッカの目が開き、アメジスト色の綺麗な瞳が現れる。
「おはよう、ディアッカ」
ディアッカはミリアリアを抱き締めた。
「おはよう、ミリィ」
そして今度は、ディアッカの唇がミリアリアのそれに重ねられた。
「お前、随分スッキリしてんな。」
ミリアリアは、着替えを済ませて振り返った。
「え?ああ、昨日飲んだこと?私二日酔いってなったことないの。肝臓が丈夫なのかしらね?」
「…そりゃ、よかった…」
どこかげんなりとしたディアッカの口調に、ミリアリアはくすくす笑った。
「ねぇ、今日はどうするの?アプリリウスには夕方の便で戻るんでしょう?」
「ん?ああ、もう決めてる。」
ディアッカは、ミリアリアの左手を取り、そこに嵌められた指輪にキスを落とした。
「…いつか、行こうと思ってたんだ。」
ディアッカの母、ティナ・エルスマンの墓は、小高い丘の上にあった。
ミリアリアは、用意した花束をそっと墓前に供える。
「…ディアッカ、お母様に似てるのね。」
横に立つディアッカが、驚いたようにミリアリアを振り返った。
「お前、俺の母さんの顔…」
「エザリアさんに、写真見せてもらったの。とっても綺麗な人だった。」
「…俺が、母さんの顔覚えてるって言ったら、お前信じる?」
「…信じるわ。」
ディアッカはティナの墓石を見つめながら、ぽつぽつと語り出した。
「…いつも、俺を膝の上に乗せて歌を歌ってくれた。
外に行く時はいつでも、俺を抱っこして連れてってくれた。」
ミリアリアは黙って聞いている。
「母さんはいつも笑ってたんだけどさ。ある日、泣いてたんだ。
俺を抱きしめて、泣いてた。
それ以降、俺は母さんに会ってない。」
「…うん。」
ディアッカは寂しげに微笑んだ。
「親父と母さんがなんで離婚することになったのか、俺は知りたくもなかったし聞いてもいねぇ。
俺が原因なのか、そうでないのかもわかんねぇし、母さんが死んじまった以上、本当の事なんてわかんねぇしな。」
ミリアリアは、迷った。
エザリアから託された、ティナからディアッカへの言葉。
ティナの本当の気持ち。
ミリアリアは、ディアッカの紫の瞳をじっと見つめた。
伝えよう。今、ここで。
「私、知ってるわ。お母様が、ディアッカとお父様に伝えたかったこと。」
ディアッカがぱちぱちと瞬きをする。
「…ミリィ?」
ミリアリアは、すぅ、と息を吸った。
「お母様は、コペルニクスで亡くなる直前、エザリアさんにこう言ったそうよ。
お父様には、『ごめんなさい』って。
そしてディアッカには、『愛している』と伝えてほしいって。」
ディアッカが瞠目する。
「こんなに愛しているのに一緒にいてあげられない弱い自分、ディアッカから家族を持つ権利を奪った自分を許して欲しい、と伝えて、って。
エザリアさんに言ったそうよ。」
ディアッカは、呆然と立ち尽くしていた。
ミリアリアは、そんなディアッカを抱き締める。
「…ティナさんは、ディアッカを本当に愛していたのよ。
離婚したのは、ディアッカのせいじゃない。
ティナさんの気持ちを楽にしたくて、お父様がそうしただけ。
自分が施した遺伝子操作で、あなたの生殖能力を低下させた自分がどうしても許せなくてティナさんは出て行ったの。
ディアッカが嫌いで、いなくなったわけじゃない。」
「俺は。」
ディアッカが口を開いた。
「俺は…、捨てられた、って。思ってた。」
「違うわ。それは違う。」
ミリアリアはディアッカに回す腕に力を込めた。
「ティナさんはディアッカを愛していた。大好きで、大切に思ってた。
じゃなきゃ、コーディネイターにとってリスクの高い、自然分娩での出産なんて選ばないわ。
ティナさんは、他の選択肢だってあったのに、自分のお腹の中でディアッカを育てたの。
それがどういうことか分かる?」
ディアッカは答えない。
「ディアッカの事を本当に愛していて、生まれて来てくれるのが本当に嬉しかったから。
だって、好きな人との間の子供だもの。
リスクを背負ってでも、自分を犠牲にしてでも、ディアッカをお腹の中で育てたかった。
そんな思いで産んだ子を疎んで捨てる親なんて、いないわ。」
ディアッカの中で、ずっと心の奥底にあった冷たい何かが、音を立てて崩れた。
「ミリィ。サンキュ。」
ディアッカは、自分を抱き締めるミリアリアの細い腰に腕を回した。
「…ディアッカ?」
ディアッカはミリアリアの髪に顔を埋めた。
「俺は、疎まれて、捨てられたわけじゃない。
母さんは、俺が嫌いで出て行ったわけじゃない。
それで、いいんだよな?」
「そうよ。私が保証する。」
ミリアリアは頷いた。
「あとね。お父様も、ティナさんと同じ位、ディアッカを大切に思ってる。それも、忘れないで。」
「…ん。」
ミリアリアは、子供のように返事をするディアッカを見上げて、ふわりと花のように微笑んだ。
ディアッカは、そんなミリアリアの笑顔にまた、恋をする。
「…愛してる。ミリアリア。」
指を顎に添えると、ミリアリアの瞳が閉じられ。
そのままディアッカは、ミリアリアに唇を落とし、深く口付けた。
「…そろそろ、戻る、か。」
ディアッカはミリアリアの手を取った。
「また、来ようね?お母様に会いに。」
「ああ。そうだな。」
ミリアリアは、ティナの墓石をそっと撫でた。
「いつか、お母様にも護り石を持って来ますね。」
小さな声でそう語りかけるミリアリアを、ディアッカは心から愛おしく思った。
「…帰ろう?ディアッカ。」
ミリアリアが振り返り、ディアッカに手を伸ばす。
ディアッカはその手をそっと握りしめ。
二人は手を繋ぎ、墓地を後にした。
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ディアッカを愛し、慈しんでいたティナ。
疎まれて、捨てられたと思っていたディアッカ。
二人の想いを、ミリアリアが繋げます。
2014,7,3up