18, エメラルド・ミスト 1

 

 

 

 

「じゃ、あなたたちの婚約に、乾杯。」
 
 
ちりん、とグラスの重なる音が鳴る。
「ありがとうございます。いただきます。」
ミリアリアは、笑顔でグラスを傾けた。
 
 
実は、ミリアリアはそれなりにアルコールには耐性があった。
ジャーナリスト時代に様々な場面で鍛えられたせいもあり、大抵のものは勧められれば飲むことができる。
好んで飲むのは口当たりの良いカクテルが中心だったが、酔いが回るのが遅い体質なのと、飲んでも顔にほとんど出ないせいもあり、昔は随分きつい酒を飲まされたものだ。
 
 
「テキーラが好きだなんて、意外だわ。」
「このオレンジ色が好きなんです。口当たりもいいし。」
にっこりと微笑んだミリアリアの手には、テキーラサンライズ。
バーボンのロックを持つエザリアとは対照的だ。
 
「…あの、差し支えなければお聞きしたいことがあったんです。」
 
ミリアリアの唐突な言葉に、エザリアは興味深そうにアイスブルーの瞳を輝かせた。
「何かしら?」
 
 
「…ディアッカの、お母様の事です。」
 
 
「…ティナの?」
エザリアはまじまじとミリアリアを見つめた。
「ティナさん、と仰るんですか。」
「そうよ。ティナ・エルスマン。
まぁ、確かにタッドにも聞き辛いわよね。
ディアッカはティナの事、ほとんど知らないだろうし。
…いいわ。私の知っている事なら話してあげる。その代わり。」
「え?」
 
 
 
「私の質問にも答えて欲しいの。
ティナの話の後でいいわ。どう?」
 
 
 
ミリアリアは、グラスに残ったテキーラサンライズを一気に飲み干し、頷いた。
「分かりました。私で答えられる事なら何でもお話します。」
エザリアはそっとミリアリアのグラスを取り、新しいグラスを出した。
 
「私のおすすめを作ってあげるわ。さ、何なりと質問をどうぞ?」
 
 
 
「…ティナさんは、なぜディアッカを置いてコペルニクスに?」
ブルーキュラソーを手に取り、エザリアは慣れた手つきでグラスに氷を用意する。
「…あなたは、ティナについてどこまで知ってるの?」
「妊娠中にディアッカの遺伝子を弄った事、ディアッカを自然分娩で出産した事、です。」
「それだけ?」
 
ミリアリアは、直感で悟った。
エザリア・ジュールに嘘はつけない。
 
 
「…産後、妊娠中に行った遺伝子調整が原因でディアッカの生殖能力に問題があると知り、悩んでいた、とお父様から聞きました。
ディアッカが2歳になる頃離婚して、その後コペルニクスでテロに巻き込まれて亡くなったと。」
 
 
エザリアはスコッチをグラスに注ぎ、くるくると混ぜる。
あっという間に、ミリアリアの瞳と同じ、美しい碧のカクテルが出来上がった。

 
「…これは、ドランブイ、って言うスコッチよ。ハーブが入ってるの。それとブルーキュラソー。
あなたの瞳と同じ、綺麗な色でしょ?」
「…いただきます。」
ミリアリアはそっとグラスを受け取り、口を付けた。
甘口の、飲みやすいカクテルだが、かなり度数は高そうだ。
 
 
「エメラルド・ミストって言うのよ。綺麗でしょ?」
 
 
エザリアは自分用にバーボンのロックを手早く作ると、ミリアリアの隣に座った。
 
 
 
「…ティナはタッドとディアッカを愛していたわ。本当に。
だからこそ、自分の胎内で正産期までディアッカを育てたし、彼にたくさんの可能性を与えたくて、あれだけの遺伝子調整をしたんでしょうね。
あれはタッドとティナだから成功したのよ。
イザークですら、あそこまで緻密な調整はしていないわ。」
「そうなんですか?」
「ええ。でもティナはそのせいでディアッカの生殖能力を奪ってしまった、そう思い込んだのよ。
自分の大切な息子から家族を持つ権利を奪ってしまった。
幸せをひとつ奪ってしまった。
ティナはそう言って泣いていたわ。」
エザリアの瞳が翳る。
 
 
「そして、ティナは壊れて行った。
ディアッカの側でその成長を見守りたい。慈しみ、母として愛情を注いであげたい。
でもそれは、自分の罪と向き合い続けること。
タッドも私も、言葉を尽くして励ましたし、話を聞いたわ。
それでも、彼女には背負いきれなかった。」
ミリアリアは胸が締め付けられる思いで話を聞いていた。
こくりと、碧い液体が喉を落ちる。
 
 
「そして、ティナはディアッカを置いてコペルニクスに行ってしまった。
タッドは、ティナの為に離婚という選択をして、彼女の心の負担を減らそうとした。
それでも、彼はティナを連れ戻そうと、仕事の合間に何度もコペルニクスに足を運んだわ。
最後に二人が会ったのは、ティナが亡くなる二日前だった。」
「そんな…!」
ミリアリアは思わず小さく叫んだ。
 
 
「…あの時、私と私の夫もいたのよ、コペルニクスに。
私達も仕事で滞在していたのだけど、夫とティナはたまたま同じ建物内にいたわ。
そして、ブルーコスモスのテロが起きた。」
 
「…まさか…?」
 
エザリアはくすりと笑って、グラスを空にした。
 
 
「そう。ティナとイザークの父親である私の夫は、同じ場所でそれぞれテロに巻き込まれて亡くなったの。」
ミリアリアは絶句した。
 
 
 
「…夫は銃弾を受けて即死。苦しまなかったのが幸いね。
ティナは搬送先の病院で亡くなったの。
私はタッドに連絡だけして、後は夫の遺体に付き添っていたからティナの最期には立ち会えなかった。
でも、意識のあるティナと話はしたわ。」
 
「…ティナさんは、何て…?」
 
エザリアは、空になった自分とミリアリアのグラスに氷を落とすと、バーボンを並々と注いだ。
 
 
「タッドには、ごめんなさい、と。そしてディアッカに、愛している、と。
こんなに愛しているのに一緒にいてあげられない弱い自分、家族を持つ権利を奪った自分を許して欲しいと伝えて、と言われたわ。」
 
 
ミリアリアの瞳から、涙が一粒だけ零れた。
「…泣いてはだめよ。ディアッカが見てる。」
エザリアの小さな声に、ミリアリアは慌てて目頭を押さえた。
 
「…ディアッカには、伝えて無いんですね。」
 
エザリアは内心、ミリアリアの鋭さに舌を巻いた。
「…ええ。流石にタッドには伝えたけどね。
ディアッカは成長するにつれタッドに反抗するようになって行ったから、タッドもティナの事はほとんど話していないんじゃないかしら。」
 
 
ミリアリアはバーボンを煽った。
エメラルド・ミストの甘味が混じったバーボンの、喉が焼けるような刺激に溜息をつく。
 
「最後にひとつ。よろしいですか?」
エザリアは微笑んだ。
「なに?」
 
 
「ティナさんの、誕生日を教えて頂きたいんです。」
 
 
「…理由を聞いても良くて?」
ミリアリアは残りのバーボンを飲み干した。
 
 
「入籍の日を、ティナさんの誕生日にしたいんです。
結婚記念日にすれば一緒にお祝い出来るし、ディアッカもお母様の誕生日を忘れないでしょう?」
 
 
エザリアは、人生で初めて、ナチュラルに負けた、と思った。
この子の優しさ、ディアッカへの愛情は、どこまで深いのだろう。
 
「…4月9日、よ。」
 
ミリアリアはぺこりと頭を下げた。
「ありがとうございます。ディアッカに相談してみます。」
エザリアは、ミリアリアのグラスが空になっているのに気づき、くすりと笑った。
 
 
「あなた、お酒強いのね。私のペースについて来る女の子って初めてだわ。
イザークですら、やっと最近いける口になったのに。」
「体質の問題です。あと私、酔いが回るのが遅いみたいで。」
ミリアリアはまだ少し瞳を潤ませながら、それでもにっこり笑った。
 
 
「…これ、見る?」
エザリアが、脇に置かれたバックから小さなカードケースを取り出した。
 
「…これって、もしかして…?」
 
「ティナよ。私と彼女は、幼馴染だったから。
タッドと結婚するまで、散々惚気話や相談に付き合ったものだわ。」
ミリアリアは、若かりしエザリアの横でにこやかに笑うティナにじっと見入った。
「…ディアッカに、似てますね。綺麗な方…」
 
ディアッカと同じ褐色の肌に、黒曜石のような瞳。
緩いウェーブがかかった髪は、ミリアリアと同じ茶色で。
少し垂れた目と優しい笑顔が、ディアッカのそれを彷彿とさせた。
 
「…ありがとうございます。」
ミリアリアは大切そうに、カードケースに写真をしまい、エザリアに手渡した。
 
 
 
 
 
 
 
016

エメラルド・ミストはほんとに綺麗な青をしたカクテルです!

興味のある方はぜひ検索してみて下さい。

ティナについての話を聞かされ、ディアッカの事を思って心が揺れるミリィ。

まだまだ二人の会話は続きます…。

 

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2014,7,1up