負けないで 2

 

 

 

 
「おっさん!ちょっとは手加減しろよなー!」
「ナチュラルに手加減されてもいいのか?お前?」
 
 
そんな軽口をたたきながら、ディアッカがミリアリア達のいる方に足を向ける。
「あれ?ミリアリア。」
ディアッカが目を丸くした。
まさかこんなところにミリアリアがいるとは思わなかったのだろう。
純粋に驚いた様子のディアッカを、ミリアリアはなぜか無言で見つめ返し、さっと目を逸らした。
 
「キラ、私これ置いて来ちゃうね。」
 
タオルを手にそそくさとその場を離れるミリアリアを、ディアッカは肩を竦めて見送る。
自分に対してミリアリアが素っ気ないのはいつもの事だ。
それでも、こんな時くらい、一言いたわりの言葉でもくれたって…と少しだけ気分が落ちる。
 
 
 
ミリアリアに対する想いにディアッカが気づいたのは、つい最近の事だった。
あの忌まわしい医務室での出来事をずっと気にしてくれていたらしいミリアリアからの思わぬ謝罪。
そして、それ以来やっと自分の事を名前で呼んでくれるようになった。
 
あの時の罪悪感から名前を呼べずにいた、と。
同じ目線で接する事が出来なかったと聞かされて。
ディアッカは気付けばいつもミリアリアの姿を目で追っていた。
だが、自分と彼女の立場の違いや死んでしまった恋人への思いも充分分かっていたから、からかったりちょっかいを出す事はあっても、それ以上の事はなかなか出来ずにいた。
そしてミリアリアが体調を崩した時、成り行きでディアッカは自室で彼女の看病をした。
 
 
その時から、だろうか。
これは恋なのだ。自分はミリアリアを好きになったのだ、と自覚したのは。
 
 
しかし当のミリアリアは、名前で呼んでくれるようになっただけで相変わらずディアッカに対しては素っ気ない態度のままだった。
たまに優しい言葉や表情を垣間見せる事はあったが、笑顔など滅多に拝む事は出来ない。
まぁ、オーブで死んでしまった彼氏の事を考えれば、それも仕方のない事だろう。
 
恋なんて初めての経験だ。
かつて女に不自由しなかった頃の自分を思い出し、内心苦笑を禁じ得ないディアッカだったが、今はミリアリアが近くにいてくれるだけでいい、と思うようになっていた。
 
 
 
 
「ディアッカ、次は俺と勝負だ。」
「はぁ?!」
いつの間にか後ろに立つアスランにそう告げられ、ディアッカは驚いて振り返った。
「訓練中にあれだけ相手と話が出来るって事は、やっぱりお前、本気出してないだろう?」
「おまっ!ふざけんなよ!見ろこの汗!」
ディアッカの弁明にもアスランは耳を貸さない。
「運動したら汗をかくのは当然だ。…あと5分したら始めるからな。
キラも、よく見ておけよ。」
「おーっ、楽しみぃ!頑張れよ、坊主ども!」
フラガのお気楽な言葉に、ディアッカはがっくりと肩を落とした。
その肩に、ぽふんと背後から何かが当たる。
 
 
「はい。汗くらい拭きなさいよ。」
 
 
ディアッカはぽかんとして、ミリアリアが差し出すタオルに目をやった。
洗いたてのそれはふわふわで、柔軟剤のいい香りがする。
「…いらないの?」
「いや!いる…けど。サンキュ。」
慌ててタオルを受け取るディアッカを、ミリアリアは何か言いたげな表情でじっと見ている。
その光景を見ていたキラが、さりげなくアスランとフラガを少しだけ離れた場所に誘導した。
 
 
「あんたって、強いのね。」
ミリアリアの唐突な言葉に、ディアッカはタオルの間から顔を出した。
「え?ああ、まぁそれなりには。一応アカデミーじゃ体術の成績もそこまで悪くなかったし。」
そんな事を口にしながら、なぜこんなに馬鹿正直に答えているのかと心の中で自分に突っ込みを入れる。
 
 
「…でも、確かに…本気出してない、ように見えるわ。」
 
 
どくん、と心臓の音が外にまで聞こえた気がした。
「…なんでそう思う訳?」
内心の動揺を押し隠し、ディアッカは笑みを顔に張り付けミリアリアにそう問いかける。
「だって、喋ってたじゃない。それに…」
「それに?」
ミリアリアはひと呼吸置くと、ディアッカをまっすぐ見据えた。
 
 
「あんた、ほとんど自分から攻撃してなかったわよね。
気を使ってたのかもしれないけど、相手を倒すための訓練でしょう?今やってたのって。それじゃ意味がないわ。
それに、手加減するのは相手にも失礼よ。」
 
 
ディアッカは言葉を失い、ミリアリアの碧い瞳を見つめた。
ミリアリアはキラと同じく、体術も射撃も未経験だと聞いている。
なのになぜ、そんな事を?
 
 
「でもね…でも…。」
口ごもるミリアリアに、ディアッカははっと我に返った。
「ディアッカ!そろそろ時間だぞ!」
アスランの声。
「おー、今行く」
ディアッカは一瞬だけアスランを振り返り返事をすると、何か言いかけたミリアリアに先を促すよう視線を送り…。
 
次の瞬間、体も思考も固まった。
 
 
目の前のミリアリアは、泣きそうな顔をしてディアッカを見つめていた。
 
 
 
「…負けないで。あんたが負けるところなんて、見たくない。」
 
 
 
「おーい坊主!休憩終わりだってさ」
フラガの声に、ディアッカは現実に引き戻される。
ぼんやり手に持ったままだったタオルを、ミリアリアの手がそっと取り上げた。
「呼んでるわよ。」
いつも通りの、声。
「…ああ。」
そう言ったものの動けないでいるディアッカの顔に、いきなりぼふんとタオルが被せられた。
「おわっ!」
 
 
「そんな風にぼんやりしてると負けちゃうわよ?…頑張ってね、ディアッカ。」
 
 
タオル越しに聞こえた、ミリアリアの小さな声。
少しだけ乱暴にごしごしと顔に残る汗を拭かれ、また唐突にタオルが顔からどかされる。
 
目の前にあったのは、先程とは違う、優しげな笑顔だった。
 
 
 
「ほら、早く行きなさいよ。」
 
とん、と胸を押され、ディアッカはくるりと振り返るとアスランの待つトレーニングスペースに歩き出す。
 
 
『負けないで』
ミリアリアの声が、ディアッカの脳内にこだまする。
 
 
『頑張ってね、ディアッカ。』
ミリアリアの笑顔が、ディアッカを熱くする。
 
 
「…アスラン、悪いけど本気で行くぜ?」
 
歩み寄りながら、不適な笑みを浮かべてディアッカはそう呟く。
後ろは、振り返らなかった。
 
 
 
 
 
 
 
007

初々しい二人に赤面(笑)

この頃は、ディアッカに一貫して距離を置くミリアリア。

でも、だんだんと自分の気持ちに気がつき始めて…。

 

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