負けないで 3

 
 
 
 
 
 
「…すご…。」
キラが思わず発した呟きに、答えるものはいなかった。
フラガすら、真剣な表情でアスランとディアッカを見つめている。
 
 
トレーニングルームには、戦う二人の荒い息遣いだけが響いていた。
時に果敢に攻め、かと思えば冷静に相手の動きを読み隙を狙うアスラン。
ディアッカはそんなアスランの攻撃をかわしつつ、冷静かつトリッキーな攻撃でアスランの動きを攪乱する。
ディアッカの顔から、汗が滴り落ちた。
 
 
勝負は、拮抗していた。
ディアッカの拳が空を切る音が聞こえる。
ミリアリアの鼓動も早まる。
「あいつ…本気、だな」
フラガの言葉にミリアリアは無言で頷いた。
 
 
 
訓練と分かってはいても、ディアッカが戦う姿を見るのは怖い。
致命的なものではないにしろ、攻撃を受け表情を歪ませるディアッカを見るのは怖い。
それでも、負けないでほしい。
負けたら、もう会えないから。
 
これが本物の戦闘だったら、一度の敗北は一生の別れに繋がりかねない。
もう会えないなんて、ミリアリアは嫌だった。
だから、ディアッカに伝えたのだ。
「負けないで」と。
 
 
鈍い音が響き、アスランの足がディアッカの腿を捉える。
「っく…」
ディアッカが苦しげな声を漏らした。
「ディアーー」
小さく声を上げたミリアリアだったが、キラがそっとそれを制する。
 
ディアッカの表情が変わった。
きっ、とアスランを見据える、獰猛さを秘めた紫の瞳。
ミリアリアの胸が、どきりと跳ねる。
 
 
「その程度で…油断してんじゃねーぞ!」
 
 
ディアッカがアスランの胸元に手を伸ばした。
「う…わ!」
アスランの体が宙に舞い。
あっという間にその体は床に叩き付けられ、ディアッカに腕を捩じり上げられていた。
 
 
 
「そこまでだ!坊主ども!」
 
 
 
フラガが終了を宣言する。
ディアッカはすぐにアスランの手を離し、ふぅ、と息をついて立ち上がる。
 
「…ディアッカ、お前…」
 
床に転がったまま呆然とするアスランを、ディアッカは引っ張り起こした。
「…本気でやったぜ?これでいいんだろ?」
にやりと笑うディアッカの前髪から、ぽたり、と汗が落ちる。
「…イザークにはとても言えないな。」
悔しそうなアスランの言葉に、ディアッカは思わず苦笑した。
 
 
 
「…おつかれさま。」
 
ふわり、とタオルを頭にかけられる。
いつの間にか、ミリアリアがディアッカのそばまでやって来ていた。
「さっきのタオル、ランドリーに持っていくから。新しいタオル使って。」
「あ、おい、ミリアリア!」
ミリアリアは微かに微笑むと近くにいたアスランにもタオルを渡し、笑顔でねぎらいの言葉をかけた後トレーニングルームを出て行った。
 
 
 
 
「トール…。私、どうしたらいいのかな…。」
ミリアリアは、AAの展望室で星を見ていた。
もう自分をごまかす事などできそうにない。
トールを亡くして間もないのに、ディアッカに惹かれてしまっている心。
ザフトの軍人で、コーディネイターで。
この戦争が終われば、互いにどうなるかも分からないのに。
 
 
私、ディアッカの事がーー。
 
 
「ミリアリア」
 
不意に背後から聞こえた低い声に、ミリアリアはびくりと体を強張らせる。
ぎぎぎ、と音がしそうなぎこちない動きで振り返ると、やはりそこにはディアッカの姿があった。
 
「…な、に?」
落ち着け、落ち着くのよ私。
ミリアリアはそう自分を叱咤し、ディアッカと向かい合う。
「今日…サンキュ。いろいろと。」
ミリアリアは首を傾げた。
「…タオルの事?あんなの別に…」
 
 
「頑張って、って言ってくれただろ?あと、負けないで、って。」
 
 
紫の瞳が、ミリアリアを射すくめる。
…嘘は、つけない。
ミリアリアは、目を逸らす事が出来なかった。
口が勝手に、言葉を紡ぐ。
 
 
「私の前で、負けないで。MS戦でも、訓練でもなんでも。」
「…え?」
ディアッカが微かに目を見開く。
「いなくなっちゃいそうで怖いの。」
「ミリアリア?」
 
 
「もう、いなくなるのはいやなの。」
 
 
トール、ごめんね。許して。
でも私は、この人に嘘はつけない。
この想いに気づいてしまったから、嘘はつきたくない。
 
 
ミリアリアの碧い瞳から、ぽろりと涙が落ちた。
ディアッカの手が伸ばされ、そっとミリアリアの頬に触れる。
その手がなぜ震えているのか、ミリアリアにはわからなかった。
 
 
 
「…いなくならない。こんな情勢だから、確約は出来ねぇけど。でも、努力する。それは約束する。」
「…嘘でも、確約しなさいよ…」
 
 
また一粒、ミリアリアの瞳から涙が零れ落ちた。
ディアッカの指が、そっとその涙を拭う。
そして、いつかのように体を抱き寄せられた。
 
 
「…俺、自惚れてもいいの?」
「…勝手にしたら?」
 
 
嘘はつけなくても、意地は張れる。
トールへの罪悪感。ディアッカへの想い。
ミリアリアの頭はぐちゃぐちゃで。
上手く気持ちを伝えられない事が悔しくて、ミリアリアはまた涙を零した。
 
ディアッカは柔らかく微笑むと、そっとミリアリアの顔を上向かせた。
 
 
「じゃあ、自惚れたままにしとくわ。」
「…勝手、に…」
 
 
そっと重ねられたディアッカの唇のせいで、ミリアリアは言いかけた言葉を最後まで紡ぐ事が出来なかった。
 
 
 
 
 
 
 

007

ぴぷ様、リクエストありがとうございました!

ご希望の内容に沿ったお話になっていればいいのですが…(汗

AAを舞台にしてみましたが、書いていくうちに二人のターニングポイント的なお話が出来上がりました。

やっと自分の感情を認めたミリィですが、やっぱり意地っ張りなところがまたかわいい(笑)

決定的な言葉はまだ交わしていませんが、二人の想いが通じ合った瞬間、です。

なんだか初々しい二人に、書いていて照れました(笑)

 

 

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2015,2,2改稿